わたあめ

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10/17/2024, 11:43:57 PM

わしは古物商をやっている。いらなくなった物を売ってもらって、キレイにして別の人に売る商売だ。今風に言うとリサイクルショップってやつだ。
最近、『思い出の買取始めました』って貼り紙を出したんだよ。それが結構な評判でよくお客さんが来るようになったんだ。
どうやるかって?そりゃぁ企業秘密ってやつだ。まあ、簡単に説明するとお客さんに思い出話をしてもらってその記憶を取り出して思い出の玉にするんだな。もちろん売ってもらった思い出はお客さんの物じゃなくなるから、記憶から消えてしまう。
さあ、お客さんがやってきた。早速お話を聞こうじゃないか。

なに、好きな女の子に告白したけど上手くいかなかったって。
そりゃ残念だったな。しかし、こりゃいい。初夏の白桃の様なきれいな色をしている。良い思い出の玉になりそうだ。
ところでお客さん、その子を好きだった気持ちやドキドキした気持ちもなくなるがいいかい?
おや、もう少し考えるって?わかったよ、売りたくなったらまた来てくれ。

次は小学生の坊主だな。
なになに、サッカーでレギュラーになれなかったって。そりゃぁ辛かったな。休みの日も返上して練習したのにな。これも良い色だ。真夏の空の色だな。
ところで坊主、思い出と一緒に頑張って練習した事やお母さんやお父さんが応援してくれた思い出も無くなっちまうけど、構わないかい?
それは嫌だって?それじゃあ買い取れないんだよ。すまんな坊主。

お店の中をちらちら覗いている女性がいるな。
奥さん、どうした?話だけでも聞こうじゃないか。
なに、詐欺に遭ったって?そりゃ災難だったな。しかし、金木犀の様なきれいな色をしているよ。
奥さん、詐欺に遭った後の警戒心や家族が助けてくれた思い出なんかも,なくなっちまうけどいいかい?
やっぱり辞めるって?そうかい、そうかい。

評判はいいんだけどな、売るって言ってくるお客さんがなかなかいないんだよ。困ったねぇ。
さて、次はお前さんの話を聞かせてくれるかい?

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お題:忘れたくても忘れられない

10/16/2024, 11:54:59 PM

『終の住処』
昭子は引っ越しが終わった新しい部屋を見まわしてそう思った。

昨年の冬、夫が他界した。子ども達もそれぞれに家庭をもち、家を出て行った。孫たちも大きくなり泊まりに来ることも減ってきた。
残された家は昭子ひとりで暮らすには広過ぎた。家族との思い出の詰まった家と離れる事に寂しさがなかったわけではない。ただ、家族との思い出の詰まった家にひとりでいる事もまた寂しかった。

引っ越しを決めて、家の中の物を整理した。夫が使っていたゴルフバッグ、数回しか使わなかった一眼レフカメラ。息子の部活道具や趣味ではじめたギター。娘が若い頃に着ていた洋服やかばんたち。夫の物と子ども達のものばかり。自分の物はいつも使っている身の周りのもの程度だ。子ども達に連絡すると処分していいと言われたので、業者に依頼して全て持っていってもらった。

新しい住居に運んだ物は、昭子の身の回りの物と家族の思い出、それと夫の位牌くらいだ。大きな家具も家電もコンパクトなものに買い替えた。昭子の終の住処は静かで冷たい感じがした。

しばらくぼんやりしていると雲間からやわらかな春の陽射しが部屋に注ぎ込んできた。
「ここにロッキングチェアーを置こう」
昭子はいつか何かで見た海外のインテリアを思い出していた。
そこで本を読んだり、音楽を聴いて過ごそう。そばにはサイドテーブルと観葉植物を置こう。
この光に包まれて、日々を慎ましやかに過ごしていくのも悪くない。
やわらかな光が昭子の門出を祝福しているようだった。

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お題:やわらかな光

10/16/2024, 10:26:45 AM

「さあ、狩りに出かけよう」
大鷹のダイヤは翼を広げゆったりと巣から飛び出した。
ダイヤは冬の狩りが好きだった。ピンと張り詰めた空気が心地よく、他の季節に比べて視界がクリアだ。
風に身を任せ上空をゆっくり旋回する。じっくりと獲物を探す。
こちらに気付いていないようだ。狙いを定める。
「今だ」
大きく翼を広げ、力強く羽ばたく。
獲物に向かい一直線に急降下。相手に逃げる隙を与えない。
鋭い鉤爪でがっしりと捕まえる。
一瞬の出来事だ。
ダイヤは満足そうに大きく羽ばたき巣に戻っていく。

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お題:鋭い眼差し

10/15/2024, 6:33:28 AM

母親のオユンは今年初めて卵を産んだ。
卵を産んで約一月、オユンのお腹の下で卵の中の雛たちが動き出している。オユンはどきどきしながら卵の様子を伺っている。そばでは父親のバトも雛たちの誕生を今か今かと待ち構えている。
コツコツと内側から殻を叩く音が聞こえる。殻の一部分にヒビが入る。小さなかわいいくちばしが覗く。続いて頭。つぶらな瞳がオユンを見つめる。オユンが優しく微笑むと雛は殻から這い出してきた。オユンはこの雛に『リグジン』と名前をつけた。
隣の卵も微かに動き出した。全身で殻を破ろうとしているのか卵全体が激しく動いている。バトは卵が巣から飛び出してしまうのではないかと気が気ではない。パリッと音を立てて殻が割れた。元気な雛が動いている。バトはこの雛に『ジグメ』と名前をつけた。
もうひとつの卵はなかなか動かない。リグジンは卵の様子をじっと見守っている。ジグメはなんとか卵を動かそうとしている。バトとオユンも心配になって外側から殻を叩いてみる。しばらくすると内側から弱々しく叩き返す音がする。
「大丈夫。この子も元気に出てくるわ。みんなで見守りましょう」とオユンは言う。
それから数時間、殻にヒビが入った。みんなが見守る中、そっと外の様子を伺うように顔を出す。
「早く出ておいでよ。一緒に遊ぼう」ジグメが大きな声で呼びかける。その声につられて、3羽目も殻から抜け出した。バトとオユンはこの雛に『ミカキ』と名前をつけた。ミカキの右の翼は左の羽に比べて小さく弱々しかった。


雛たちの誕生から2ヶ月が経った。子どもたちは両親近くてすくすくと成長している。
餌も上手にとれるようになったし、沼での泳ぎも陸の移動も素早くなった。ふわふわだった羽毛もしっかりしてきた。
「そろそろ飛ぶ練習をする時期じゃないか」とバトとオユンは相談している。

天気もよく風もない日を選んで子どもたちの飛行練習が始まった。
まずはバトが飛び立つ姿を見せる。
1番気合いが入っているのがやんちゃなジグメだ。これまでだって羽ばたきたくて仕方がなかった。羽ばたきに必要な筋力トレーニングにも余念がない。
「ぼく、飛んでみる!」
そう言って思いっきり羽を動かす。だが、父親のように空へ飛び立つ事ができない。何度も何度も羽を動かす。ふと身体が水から離れる感覚があった。「あ、浮いた」そう思ったのも束の間はまた身体が水についた。
「今できたよ。見た?」
興奮してバトに話しかけてくる。バトは力強く頷く。

「さあ、飛んでみましょう」オユンの掛け声と共にリグジンが羽を動かす。やはり最初はうまく身体が持ち上がらない。
「もう少し羽を前に向けるといいわよ」オユンのアドバイスに従うとふわりと空に浮いた。驚いているリグジンにオユンはにっこりと微笑んだ。

ミカキは、両親や兄弟や他の仲間たちの飛ぶ姿をじっくりと観察している。力いっぱい羽を動かしたり、羽の向きを変えたりいろいろな工夫をしている。バトとオユンも代わる代わるミカキのそばに行きアドバイスをしたり、飛ぶ姿を見せたりした。
結局この日、ミカキは空に飛び上がることができなかった。

夜、寝床についてもリグジンとジグメは大興奮だ。
「すごかったよね」「飛ぶって楽しいね」
隣でミカキはぎゅっとくちばしを閉じた。
自分だけ飛べなかった。飛べる気が全然しなかった。もし飛べなかったらどうしよう。不安で押しつぶされそうだ。リグジンとジグメが眠りについてもミカキは眠れなかった。そっと起き出して羽を動かしてみる。仲間たちが飛び立つ様子を頭の中で何度も何度も思い返す。


翌日もみんなで飛行練習だ。
リグジンとジグメは要領を得たようで昨日より長く飛ぶ事ができるようになった。両親の合図に合わせてタイミングよく飛べるよになった。
両親や兄弟たちはミカキのそばで何度も飛ぶ様子を見せている。
ミカキは昨日に引き続き仲間たちの動きを観察している。
仲間たちを見ていると空に浮かび上がるタイミングがあるようだ。風を読み、自分の身体に耳を澄ませる。
「今だ!」
ミカキはそう思うと力強く羽を動かした。
身体が宙に浮く。もう一度、もう一度とミカキは無我夢中で羽を動かす。身体どんどん高くなる。
「やったー」「ミカキ、飛んでるよ!」
ジグメとリグジンが下で歓声をあげている。

「飛ぶってなんて気持ちいいんだろう」
実際にはほんの数秒の事だ。それでもミカキにとってはとてつもなく長い時間に感じた。

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お題:高く高く

10/14/2024, 3:02:55 AM

「子どものように」と言うと楽しそうな感じがするけれど、
実際に「子どものように」してみても楽しくない。
それは私が子どもではなくなってしまったから。


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お題:子どものように

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