「ハッピーバースデー葉瀬(ようせ)」
上を見上げると黒髪の少年がこちらを覗き込んでいる。
何、ハッピーバースデー?
「誕生日おめでとう、もう君✕✕歳だよね」
結構年取ったよねぇ?と笑いながら話しかけてくる。
「まぁ俺の中ではまだ10にもなってないけど。まだまだ赤ちゃんだねぇ」
目が笑ってない。よしよし、と頭を撫でられる。
何急に。
「君に誕生日プレゼントを渡そうと思って」
はいこれ、と顔の前に出されたのは片手に収まる程度の小さな箱。
「鏡だよ」
鏡?
「身だしなみとか大事でしょ?常に持ち歩いてチェックしなよ」
開ける前にネタバレするやつ居るかよ。
「それがここに居るんだよねぇ。実用性あるからいいでしょ?本当は鏡って題名、違う話書きたかったけど我慢して書いたんだから受け取ってね」
なんでそこまでしてくれたの。
「だって君、誕生日でしょ?」
なんて雑な理由なんだ、と考える。
「君には、俺に叶えられないことを叶えてほしいんだよ」
ぐいっ、と両頬を捕まれて顔を向かせられる。
「君は、俺の鏡なんだから」
「...ん」
目を覚ますと、いつもの天井。
(さっきのは夢......あれ?どんな夢見てたんだっけ)
体を起こすとカタン、と何かが落ちる。
「......?」
片手に収まる程度の小さな箱。その中には綺麗な青い装飾が施された鏡が入っていた。
お題 「鏡」
出演 葉瀬
夏。学校が終わって、がら空きの電車内で椅子に座る真人(まひと)と陽太(ひなた)。
「今日すっごい暑かったよねー」
「うん...」
「暑すぎて体育とか死ぬかと思った~」
「ん......」
「......真人眠い?」
陽太が聞くと「ん......」と静かに返事が来た。
「そっか」
「...ん...」
ん、しか言わなくなった彼は、もうほとんど目が開いていなかった。珍しいな、と陽太はぼんやり考える。
(疲れてたのかな)
なんて事を思っていると、左側に少しだけ圧がかかる。陽太は目だけ動かすと真人が眠っているのが確認できた。
(真人が寝てる......一つ前くらいで起こそうかな)
陽太は向かいの窓の向こう側を眺めて思っていた。
『_____......まもなく終点です』
陽太は、ぱちっと目を開ける。
まずい、やってしまった!
陽太は真人を起こすはずが、自分も一緒に寝てしまったのだった。
「ま、真人起きて!終点!」
「んー…...は゛?終点?」
真人をゆさゆさと揺すり起こす。眠い目を擦り、『終点』という言葉で覚醒し始めた。
「え゛?陽太も寝てたのか」
「ほんとーーーに、ごめーーん」
ぱんっ、と両手を合わせる。はぁ、と溜め息をつく。
「仕方ない。俺だって寝てたからな」
「申し訳なーーい」
数分後、電車が停止して真人と陽太は駅へと降りた。
「次の出発はー......一時間半後か」
「一時間半!!?」
おーまいがー!と陽太は空を仰ぐ。
「歩いて帰ってたらそれ以上かかるし、待つか」
「おーまじかー!!その前に俺達溶けちゃうよぉー!」
「静かにしろ、余計暑くなる」
陽太は頭を抱えて地面に叫ぶ。すると真人は何かを見つけたようだ。
「......お、陽太」
「何真人!」
「このあつーい待ち時間を打破する物があるぞ」
その発言に陽太は顔を上げる。ぴっ、と指差した先には『氷』と書かれた旗が揺れていた。
「.........かき氷っ!!?」
「そ」
暑いし食おう、と真人が言い終わるか終わらないかの内に、陽太はその旗に向かって駆け出していた。
「おまっ...!走るな!!!転ぶぞ!!!」
「真人早く早く!!」
気づいた時には既に陽太は旗の真下に居た。両手を、ぶんぶんと勢いよく振っている。
「はぁ......先頼むなよ!!」
真人は溜め息をつき、駆け足で向かう。
彼の口角は少しだけ上がっていた。
お題 「終点」
出演 陽太 真人
それは、本当に偶然だった。
いつも通り営業していた時のこと。
「いらっしゃいませ」
背が高く、髪色が明るい男性がやって来た。
「あの、友人の誕生日に『いつもありがとう』って花束を渡したいんですけど、オススメの花ってありますか...?」
「ございますよ、少々お待ちください」
言葉(ことは)はカウンターの下から、本を取り出して見せた。
「『感謝』の意味が含まれている花はこの辺りですね。白いダリアはよくブーケの主役などに使用されてるんですよ」
「へぇ.........ん?」
男性は少し目線を上げると、驚いた顔をした。
「...もしかして、言葉ちゃん?」
「えっ、えぇ、そうですけど...」
「やっぱり!俺だよ俺!拓也(たくや)!ほら、高校の時一緒だった!」
「拓也君っ?」
言葉も驚いて目を丸くする。なんとその男性は高校時代、同じクラスだった拓也だったのだ。
「久しぶり!元気だった?」
「うん元気だよ、拓也君は?」
「俺も元気だよ。いや、まさかこんな所で会うとは」
「私も驚いたよ」
まさか拓也君が覚えてるなんて、と心の中で思った。
高校時代、彼はクラスの中心的な存在だった。運動が得意で勉強もそこそこ出来る、サッカー部に所属していてファンが居たと聞いていた。そんな彼に憧れていたのも事実だ。
でも私の事なんてすっかり忘れて、いや名前すら知られていないと思っていた。
「そっか、花屋さんなんだ...」
「拓也君は何をしているの?」
「俺は...仕事内容はちょっと言えないけど、まぁ在宅ワーク中ってところかな」
「そうなんだね......あ、花束のことなんだけど」
「あっ、ごめん。花束.........うん、いいね。このダリア?...を使った花束お願いしてもいい?」
「うん、任せてね」
言葉は自信ありげに言って、花を包みに行った。
花を包み終え、花言葉を一通り説明すると拓也は大事そうに花を抱えた。
帰り際に「また来るね」と手を振って去っていった。
それから拓也は言葉がやっている花屋に何度も足を運んだ。
友達のお祝い、母へのプレゼント、とその度に花を買いに来ていた。
「いつもありがとう」
「こっちこそありがとう!俺、言葉ちゃんのおかげで花言葉にちょっと詳しくなったんだよね~」
「そうなの!なんだか誇らしいな」
そう言うとお互い笑顔になった。
たわいもない話をして、二人で笑う。
(拓也君の笑った顔......素敵、太陽みたい)
これが最近の言葉の楽しみになっていた。
そうやって拓也が通い始めて二年が経とうとしていた。花屋は沢山あるのに、わざわざここに来てくれているのは自分と同じく話すのが楽しみになっているからなのかな、と考えたいた。
(今度拓也君が来たら、お茶でも誘ってみようかな)
なんてことをぼんやりと考えていた。
しかし、拓也は突然お店に来なくなった。
今月は仕事が忙しいのかな、などと考えていた。
来る日も来る日も、拓也をお店で待ち続ける言葉。
そうして数ヶ月が過ぎてしまった。
(...もしかして事故にあったのかな...まさか病気に...?もう来てはくれないのかな...)
そう不安に考えていると、軽快にベルが鳴った。
「いらっしゃいませ......あ」
背の高い、見慣れた明るい髪に言葉はパッと顔を明るくする。
「拓也君...!久しぶ、り......」
手を上げて声をかけた時、言葉は拓也の隣にいる女の人に気がついた。
「久しぶり、言葉ちゃん」
「え、えぇ......えっと、隣の方は...」
「俺の彼女なんだ」
拓也はニコッと笑う。
「初めまして、秋(あき)です」
秋は軽く頭を下げる。言葉も連れて頭を下げた。
「可愛いだろ~?料理めっちゃ得意なんだよ」
「ちょ、誰にでもそれ言うの止めてよ...!恥ずかしいじゃん...!」
「えー、だって事実だからさ」
「じっ......だとしても止めてよ...」
「すみません」と秋は言葉に謝る。
「あ、そうだそうだ。言葉ちゃん花束お願いしてもいい?」
「...ぁ、うん。何か希望あるかな?」
「向日葵、お願い出来るかな。出来れば三本」
三本の向日葵。これを知らない花屋はいない。
「わかった、三本ね」
「ありがとう」
「...三本ってなんか意味あるの?」
秋が拓也に聞く。
「ん?内緒!葉瀬(ようせ)に聞くといいんじゃね?」
「......なんか変な意味じゃないよね?」
「違うって!俺はちゃーんと意味知ってて選んでるから!」
言葉は、ちらりと二人の様子を伺う。
(初めて、見たな。拓也君のあんな顔)
「......お待たせしました」
「あ、言葉ちゃんありがとう!また来るね」
「うん、また」
軽快にベルが鳴る。
店を出た二人はなにやら仲良さそうに帰っていく。
(...彼女、いたのね)
カウンターに手をついてしゃがみこむ。
期待しなきゃよかったな、と言葉は一人小さく丸くなっていた。
お題 「太陽」
出演 言葉 拓也 秋
「明日って何か予定ある?」
隣に座っていた葉瀬(ようせ)が突然話しかける。
「明日?...ちょっと用事済ませるくらいかな」
「じゃあ早く終わる?」
「うん、まぁ......え、何?」
「えっとね」
葉瀬は距離を詰めて玲人(れいと)にスマホの中身を見せる。
そこにはページいっぱいに『花火大会~2024~』と書かれていた。
「明日花火大会やるらしくて、良かったら一緒に行きたいなーって。屋台とか出るらしいし」
「...うーん......」
「あ、嫌だったり用事長引きそうだったら無理しなくていいよ。ここからでも十分見えるし」
玲人は返事を迷った。正直、人混みは嫌いだ。あのごった返すような中を歩きたくはない。すごく面倒だ。
それに最近は一歩外へ出ただけで灼熱の暑さに見舞われる。
そう、玲人の脳内には大きく『行きたくない』の文字が表示されていた。しかし。
(...でも、葉瀬が誘ってくれてるしなぁ...たまには行ってみてもいいのかなぁ。夏祭りでーと...とか、そういうのやってこなかったし)
と、二つが葛藤していた。しかしそんな葛藤を壊したのはやはり、葉瀬であった。
「.........玲人、人混み苦手でしょ?無理して行く必要ないよ」
「...いや、それどっちだよ。一緒に行かなくていいの?」
「えぇ~......じゃあ...絶対行こうよ?」
「疑問系かよ」
「うっ...っじゃあもし明日晴れたら、絶対行こうね!!」
はい、約束!と玲人の手を使って半ば強引に指切りをした。
「よし!じゃあ明日絶対ね!」
「晴れたらね」
「うん!私お風呂入ってくるわ。絶対だよ!」
「はいはい、絶対絶対」
脱衣所へ向かう葉瀬を横目に、玲人はスマホを開く。
そして明日の用事と行っていた乾電池の購入を、ネットショッピングで済ませた。
(外出るの嫌だし、人混みも好きじゃないけど......ま、絶対って言われたら仕方ないか)
と一人楽しみにしていた。
お題 「明日、もし晴れたら」
出演 玲人 葉瀬
「書けない...」
パソコンを前に自室で頭を抱えていた。
俺は趣味で小説を書いている。誰かに見て貰おうとかで始めたわけではない。ただの自己満足だった。
しかしある時、この話を誰かに見てほしい。読んで感想が欲しいと思うようになっていた。
そこで俺は、一日一つお題が出るアプリを使って話を投稿し、読んで貰おうと思っていた。
最初は順調だった。毎日、一つ話を書いて満足していた。
しかしそれも最初の内だけだった。それだけでは満足がいかず、もっと読みたいを求めるようになった。
あ、増えてる。もっと増えてる!と。
だが、最近は伸びも悪く、良い話を書けている気がしなかった。
「もっと面白い話にしないと......あれ、こっちの方が反応良いからこういう話の方がいいのかな...」
数字ばかり気にして、純粋に書きたいという気持ちを失いつつあったのだ。
(...駄目だ。これじゃ可笑しい)
俺はどんどん自分を追い込んだ。
(もっと、もっと面白い、良い話を)
だから、
「もう、駄目だ」
一人になったのだ。
「...ん」
そして目を覚ますと、俺は列車の中にいたのだった。
お題 「だから、一人でいたい。」