「たぁだぁいまぁ」
ちょっと不思議なイントネーションで、扉を開けたのは葉瀬(ようせ)だった。
「おかえり。...なんか機嫌良さそうだね」
「うふ」
にやっ、と笑う葉瀬の手には紙袋がぶら下がっていた。
「何それ?」
「アロマキャンドルだよ」
あとで開けてみてね、と言って葉瀬は手を洗いに行った。玲人は手渡された袋をまじまじと見る。可愛い包装が施された二つのそれは、葉瀬にも玲人にも似合わない物だった。
「...リンゴ?これ本当にアロマキャンドル?」
玲人はアロマキャンドルを取り出して見つめる。袋から出したアロマキャンドルは本物のリンゴそっくりで思わず、悪戯か?と葉瀬を疑った。
「ふふん、そう言うと思ってました~」
葉瀬は、その言葉を待ってました!と言わんばかりに嬉しそうにする。
「そのお店さ、本物そっくりに作ることで有名なんだよ」
「へー...にしてもなんで急に?」
葉瀬の突拍子もない買い物には大体理由がある。前にも急にミカンやキウイフルーツを買ってきて玲人を困惑させていた。
「ん、と最近玲人忙しくてあんまり寝れてないでしょ?リラックスして寝てほしいってなって、アロマキャンドルとかどうかなって思ってさ」
葉瀬はさも当然かのように理由を述べた。
「...はぁ__ぁぁ...」
葉瀬の思いの大きさに玲人は上手く言い表せず、頭を抱えて大きな溜め息をついた。
「...もしかして何も無い方が寝られる感じ?それだったら、えっと、誰かに譲るとか」
「しなくていい...その、嬉しくて」
玲人は顔を手で隠し、目線が下がる。
「ふふっ、そっか!私も嬉しいなぁ」
葉瀬も両手で口元を覆い、笑う。
「...そういえば、なんで二つあるの?」
「実はこのアロマキャンドル、山口さんが旅行行ってきたらしくてお土産に貰った」
「...ん?俺のために買ってきたんじゃないの?」
「あぁ、ははっ」
「『ははっ』!?は!?俺のためはついで!?」
「...うふっ」
「おい!」
なんだよー!!と玲人は頬を膨らまし、葉瀬をぽこぽこと殴る。そんな玲人を見て葉瀬は笑う。
「うそうそ、冗談!貰ったのは本当だけど、私も玲人のために買ったから!」
あはは!と葉瀬は悪戯っぽく笑った。
「もー...」
「ふふっ、今日使う?」
「あー...いや。今日は貰った方にしよう。感想はやく伝えた方がいいし。これは明日にしよう?」
「なんで明日?」
「えっと...明後日二人とも休みだよね?」
「うん」
玲人は楽しみそうに笑って葉瀬に言う。
「明後日はゆっくり寝られるから、明日にしよう」
「...え?えっ」
「お昼まで寝てられるでしょ?」
「あっ、あー、そういうことね...」
ははは、と顔をひきつらせながら葉瀬は笑った。
玲人はリンゴのキャンドルを抱え、首を傾げてそんな葉瀬を見ていた。
お題 「キャンドル」
出演 葉瀬 玲人
「今年はお正月に帰省するの?」
夕食中、玲人(れいと)は葉瀬(ようせ)に聞く。
「んー...今年はいいかな。去年したし」
「何か言われなかったの?」
「めっちゃ帰ってくるように説得されたけど、仕事が忙しいからって誤魔化した」
「そっか」
「ん」
葉瀬は何事もなかったかのように夕食を食べ進める。
「...あ、今年も鍋しよ」
「鍋?うん、いいよ。後で二人の予定聞いておこうか」
「あ、うん。それもいいんだけどさ、二人でもしたいな」
「ふたり」
少し照れる玲人を見て葉瀬は微笑む。
「いいでしょ?初めて鍋やった時は四人だったから」
「そっか...葉瀬ちゃんの初鍋...懐かしいね」
「ね、皆私のお皿にどんどんお肉入れるから消費するの大変だったんだよ~?」
「だって葉瀬ちゃん全然食べないからさ」
「どのくらい食べていいかあんまり分かんなくてさ」
「だから俺らでどんどん入れたんだよね」
玲人は思い出して笑う。
「またやろうね、四人でも二人でもね」
「うん」
お題 「たくさんの想い出」
出演 葉瀬 玲人
「もうすぐ冬だね」
玲人(れいと)は空を見上げながら言う。拓也(たくや)と秋(あき)にじゃんけんで負けて、二人はコンビニまで歩いていた。
「寒くなってきたよね~」
「ねー、葉瀬(ようせ)ちゃんはこの冬何かするの?」
「え?......んー、いつも通り...?」
葉瀬がぼんやり空を見つめて答える。玲人はパッと葉瀬の方を見る。
「いつも通り...!?え?もっと何か無いの?スキー行くとか、スケートするとか、おせち爆食いするとか!」
「おせち爆食いだけ何か可笑しくない??」
「気のせい」
「そっかー」
葉瀬は、む、と考えたが特に思い浮かばないらしく何も言うことは無かった。
「...冬って、楽しいこといっぱいあるじゃん。折角ならしようよ。そういうこと」
玲人は葉瀬をチラリと見て話す。「おおー、いいねー」と葉瀬は未だに上の空だ。
「話聞いてる?」
「聞いている聞いている」
「じゃあ俺が何て言ったか分かるよね」
「わかるわかる。何かしようぜ、って言ったよね」
「要約しすぎじゃない?」
「大体いっしょでしょ?」
それでも葉瀬は上の空から戻ってこない。
「......冬さ、四人で鍋しない?」
唐突に発した玲人の言葉に、葉瀬はパチッと現実に戻る。
「四人で?」
「そう、四人で」
「...私そういうのやったこと無いから、わかんないんだけど...」
「俺らで教えるから大丈夫」
「...鍋って何鍋するの?闇鍋?火鍋?」
「初めての鍋が闇鍋とか火鍋はまずいよ」
ちゃんこ鍋とか寄せ鍋にしよ?と玲人は微笑む。
「食材とかさ、一緒に買いに行こうよ。初めてなんでしょ?」
「うん」
「じゃあ帰ったら二人にも話して、日程決めよう」
そう言うと二人は早足でコンビニへと向かったのだ。
お題「冬になったら」
出演 葉瀬 玲人
「真人(まひと)!こっちこっち!」
彼は手招きして、真人を呼び寄せる。
「今日アイス食べて帰るんでしょ?新作?だっけ、ボリボリ君のミント味!」
どんな味なんだろーな!と彼は笑う。真人はその様子をただ眺める。
「真人が誘ってくれなきゃ、ミント味は見逃してたね~ありがとう真人クン!☺」
彼は歩きながら真人の隣でくだらない話を続ける。真人もそれに何か言うことなく、聞いている。
「でねー、小島がー...あ、真人靴紐縛る?じゃあ俺先に行ってるネ😁」
彼は真人に手を上げて、横断歩道を渡り始める。真人はそれを見て己の靴紐を縛ろうとする。
すると、横断歩道を渡っているはずの彼がこちらを振り返って笑う。
「なんで止めてくれなかったノ?」
彼は冷たく笑って言った。
「君がアノ日、俺ヲ止めてくれたラ死なずに済んだのに」
彼の目には光が宿っていない。
「君ガあの日、アイスを食ベニ俺をサソわなきゃ死ナズにスんだノに」
彼の体がゆっくりと溶けていく。
「キみガ」
オレノトモダチじゃなきゃヨカッタノニね
「っは...!.........は......は...」
真人はバチッと目が覚めた。いつもの天井が見える。息も出来るし、声も出る。左からうっすら月の明かりが入っている。
首を触ると、じっとりとした汗をかいていたのがわかった。
もう何度目だろうか。彼の、陽太(ひなた)との分岐点を見るのは。
戻れないと分かっているからこそ、真人は後悔して後悔して夢を見る。
一つでも何かが違えば彼は死なずに済んだのだろうか、と無限に続く問いに解を求めている。
いわば無理数を整数にしようとする事と同じ。
不可能なのだ。それも一生。
死んで陽太に聞いたってきっと分からない。パラレルワールドにでも行かない限り、きっと。
「............」
真人は横を向いて、部屋を見渡す。
質素な棚に、机の上にあるノートパソコン、布団を敷いて床で横になる陽太___...?
(...あ、そうか。アイツは帰ってきたんだっけ)
数日前の陽太を思い出す。幽霊から蘇ったらしい陽太は、突然真人の前に現れた。流れで部屋に押し入り、結局共に住むことになった陽太。
はっきり言って可笑しな話だ。陽太は一度死んでいるのだから。きっと、コイツは陽太じゃないはずなんだ。
だけど、真人はそれでも良かった。もう一度会えるなら、たとえ本物の陽太でなくても。
(おかしいよなぁ…俺も、お前も...)
真人はぼんやりと考える。残念ながら今の彼には、正常な判断は無理そうだ。
今の水分不足な真人には水を飲むことを勧める。そうすればきっと、彼だって今の状況がおかしいことに気づくから。
でも一度離れ離れを経験した彼は、気づいたとしても目を瞑るのだろう。残酷だね。
お題「はなればなれ」
出演 真人 陽太
葉瀬(ようせ)は眩しさで目が覚める。キョロ、と目を動かすとカーテンの隙間から太陽が見えて、思わず目を瞑る。
何時だ、と昨日スマホを置いた辺りを手で触る。固い感触がしてそれを持ち上げ、電源をつける。時刻は午前6時ちょっと前。
まだ寝られる、とスマホを閉じて、光が差し込むカーテンを閉めようとする。
しかし、ベッドから出ることは出来なかった。
後ろにくっついた彼が、葉瀬のお腹に手を回していたのだ。おかげで葉瀬はベッドから動けない。
仕方なく寝返りを打って、彼を正面から抱きしめるように眠る。寝返りを打つ時は慎重に。
そうやって自分と同じくらいで、肩幅が少し大きい彼を抱き枕代わりにした。
葉瀬はそのまま、瞼を閉じて意識を落とした。
お題 「一筋の光」
出演 葉瀬 玲人