うまくいかない日は誰にでもあると思っている。
牛乳を買い忘れたり、傘を持ってないのに雨が降ったり、なんでもないところでつまづいて転んだり。
今日はきっとそんな日だったのだろうと。
だから。
「藍佑(あいすけ)のマグカップ割っちゃったんだ...」
手が滑るなんて普段しないことをしてしまうんだよ。
「え、大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫だけれど......ごめんね。折角ルームシェアする記念に買ったやつなのに...」
足元には大小様々に散った破片があった。
「あー...まぁ、そういうこともあるよね。新聞と軍手持ってくるよ」
そう言って彼は後ろを向く。
ペアとまでは言い難いが色違いの二つの物が壊れるといい気がしない。しかも相手の物だと尚更。
「............」
割れた藍佑の青いマグカップを見て、ボクもいつかこんな風に壊してしまう時が来るのだろうかと柄にもなく考えてしまった。
何か間違えた時、今まで積み重ねてきたものが急に無くなった時、こうやって彼はボクの手によって割れてしまうのかと。
そんな風に考えてしまうのは、ボクが彼に友人以上の感情を抱いてしまっているからで__...
「山吹(やまぶき)」
ふと我に返って顔をあげるとそこには、色違いのボクの黄色いマグカップを持った藍佑がいた。
「...藍佑?」
藍佑はそれを手から離す。
次の瞬間、部屋にガチャンッ、と割れた音が響いた。
藍佑はボクのマグカップを、その割れたマグカップの上に落としたのだ。
驚いて下を見ると、ボクのマグカップも藍佑のマグカップ同様割れていた。
「ほら、これでおあいこ」
藍佑は何気ない顔でそう言うと割れた二つのマグカップを片付け始めた。
「後で新しいの買いに行こ」
そう言う藍佑の表情は、マグカップに注がれていて読めなかった。
ボクも、どういう事を思っていいのか分からなかった。
しかしわざとマグカップを割ったのには流石に、危ないよと伝えた。
お題 「マグカップ」
出演 山吹 藍佑
「どうして、俺達は列車の中に居るんですか?」
俺は目の前に座る車掌さんに話しかける。
深く帽子を被っていて、その表情は読み取れない。
「...どこか停まったりしないんですか?」
..._____...沈黙。
(この車掌話す気あるのか?)
話しかけたのだから返してほしいものだ。無視は良くないと思う、俺はね。
「...あのー...」
「あの人は人生を列車か何かだと思われてます。前の車両に行くほど新しくなり、後ろの車両に行くほど古くなります。最後尾の車両は世界が歪んでいるため入れません」
「...ということは、あの人って人の中に俺達が生きてるってこと?」
「どうなのでしょうか。詳細は知らされていません」
俺はふと窓の外を見る。
雨が降り始めた。
お題 「どうしてこの世界は」
道を歩いていると、綺麗な水溜まりがあった。
水溜まりにはカーブミラーと空が映っている。
曇り空の背景にカーブミラーに映った青空が
とても綺麗だった。
お題 「水溜まりに映る空」
「忘れないで」
そう言って手渡されたのは僕と雪(ゆき)の写った一枚の写真。
僕は雪からの贈り物を、大事に胸にしまっていた。
最後の最後まで。
「...____機体008号の停止を確認。機体017号業務を引き継ぎます」
目の前で動かなくなった機体008号、名称「吹雪(ふぶき)」。停止原因は機体の劣化と思われる。
不法投棄防止のために吹雪を担ぐ。
その時何か紙が落ちた。
色褪せた写真だった。
拾い上げてみると、そこには吹雪とその製作者と思われる人間が写っていた。
お題 「約束だよ」
出演 吹雪 雪 夜
「葉瀬(ようせ)」
「ん、何?」
「俺はその玲人(れいと)さんって人知らないけどさ、葉瀬のこと結構好きだと思う」
「...ん?何急に」
「告白、諦めてんだろ」
雪(ゆき)のその一言でテーブルの空気がスッと止まる。周りの話し声がやけにうるさくて、自分が一人世界に取り残されたようだった。
葉瀬は口をつけかけていたビールジョッキを机の上にゴトン、と置いて目を逸らす。
「...だって、玲人のタイプは私じゃないんだよ」
「タイプとか関係無いし。俺が海斗(かいと)に告白の返事する時とおんなじこと言ってやろうか」
「いや聞きたくない」
「『好きなんでしょ?なら好きって言っちゃえばいいじゃん!』『絶対大丈夫!言え早よ!付き合え!』」
「あぁ~~聞きたくない~~~」
葉瀬は耳を塞いで机に突っ伏した。
「雪の鬼ぃ...悪魔ぁ...人でなしぃ...」
「なんとでも言えよ」
「.........だって雪と海斗は、もう海斗が雪に告白してその返事だったじゃん...」
うぅ...とお酒のせいで涙腺が緩んだせいか目に涙が浮かんでくる。
「じゃあ俺が二人のこと両想いかどうか見ようか」
「......いやそれは駄目。玲人は雪のタイプまんまじゃん。年上で危ない...危ないのかな...?とにかく駄目」
「俺、一応彼氏いるんだけど?」
「それでも来るものがあったらヤダァ!」
イヤァァ、と今度は頭を抱える。
「......もしフラれたら、私諦めきれないよ。ズルズル引きずりたくない...だからやだ」
「............葉瀬、いざとなれば手放す勇気も必要だぞ」
「それが無いから告白したくないのぉー」
「大丈夫だ。もし引きずるようならさ、もう一回告白すればいいだけだ」
「......またフラれたら?」
「その時はその時だ。とりあえず当たって砕けろ」
葉瀬はその言葉を聞いてまた唸る。
いつか彼女が、手放してしまう恐怖よりも誰にも取られたくない独占欲が勝った時、やっと気持ちを言えるのだろうと雪は気づいた。
お題 「手放す勇気」
出演 葉瀬 雪 玲人(名前のみ) 海斗(名前のみ)