「ただいまー」
「お。......おかえりんごスタ~★」
葉瀬(ようせ)は声を聞くと玄関へと向かい、帰ってきた玲人(れいと)を出迎えた。
「これ、引き出物。飴らしいから後で食べよ」
「飴ちゃん~」
今日、玲人は学生時代の数少ない友人の結婚式に出席していた。そして引き出物は飴らしい。
玲人が服を着替えてソファに座り、葉瀬は飴を口に入れながら結婚式の話を静かに聞いていた。
「それでね!新婦さんめっちゃ綺麗だった!新郎の......あ、俺の友達な。その新郎がサプライズで手紙俺達に読んでくれてさ、感動した~」
玲人が嬉しそうに話すのを、葉瀬は時々相槌を打って聞く。
「なんか......結婚っていいなぁ、って」
玲人がポツリと呟く。葉瀬は「じゃあ結婚する?」と言い続ける。
「まぁ、その前にプロポーズだよね」
スッ、と葉瀬が玲人の手を取って目を閉じて、手の甲に軽く口づける。
唇を静かに離し、玲人の目を見る。
「ただ玲人だけを見てると誓うから、私と結婚してくれませんか」
「はい」
玲人は考えるよりも先に承諾の言葉が口から出た。一瞬、部屋に静寂が訪れる。
「......へ。え、嬉しい。え、えー!?ちょっと待って!言っちゃった!!待って綺麗な夜景とかなんか見えるとこで雰囲気作って言おうと思ってたら!!わあぁ!?」
葉瀬は顔を真っ赤にして心が追いつかないのか言葉を発してなんとか気持ちを落ち着かせようとした。
「待って待って待って、もう一回していい!?その...めっちゃカッコよく言いたい...!」
「今でも、十分カッコよかった、よ?」
「ぐっ...!そうなのか......」
「......じゃあもう一回は、俺が言っていい...?今のは俺が承諾したから、今度は葉瀬からの承諾貰いたい...」
話していく内に玲人も段々顔が赤くなっていく。
「が、頑張って今年中には言うから...!」
「ぁ、ぇ......わかっ、た...」
葉瀬はこれからいつ玲人にプロポーズされるか、ドキドキしながら過ごす日々が始まるのだった。
お題 「ただ君だけ」
出演 葉瀬 玲人
「......ふんっ...!」
背伸びをして見るが、指先が触れるだけで掴めない。今日はお互いに仕事だったため、レトルト食品で済まそうという話になったのだ。
「...っ...あと、ちょっと...!」
玲人(れいと)はぷるぷると腕を伸ばし、棚の上に置いたレトルトカレーに手を伸ばす。
その時背中から少し圧迫感がして、ひょいっとカレーが宙に浮いてトン、と横に置かれる。
「はい」
どーぞ、と顔を覗き込んできたのは葉瀬(ようせ)だった。
「............」
「あれ、これだったよね?もしかして間違えた?」
「...合ってる。ありがとう」
玲人は顔をしかめる。
そう玲人は彼女である葉瀬よりも背が低いのだ。決して彼の身長が低いわけではない。ただ葉瀬の身長が平均よりも高いだけだ。
「......ぐ」
玲人は悔しそうに拳を握る。葉瀬は気にもせず、届かないなら私に言ってね、と追撃を食らわした。
(...悔しい、けど)
玲人は先程の背中からの圧迫感を思い出す。
(............いやダメでしょ!)
少しだけ、ああやって後ろから来られても悪くないと少し考えてしまった自分の頭を軽くごつ、と殴った。
お題 「届かない......」
出演 玲人 葉瀬
(......言っちゃったな)
葉瀬(ようせ)はベッドに寝転がり、天井を見る。
そう何を隠そうこの女は、数日前4人で遊園地に遊びに行った帰り道に玲人(れいと)に告白してしまったのだ。
今は実感が湧かず、天井を見てぼんやりタイム。
(...玲人めっちゃビックリしてたな。そりゃそうか、予想外の人に告られたんだもんな。うん)
ごろり、と天井からクローゼットへと視線を移す。
(.........マジの恋愛って本当にラブソングみたいに上手くはいかないんだなぁ。現実で「好き」って無責任に言ったら関係も危うくなってるし、それが出来る人って凄いんだなぁ...今の心情を一文字で表してやろうか?無だよ)
葉瀬は伸ばした腕の先の手で、ちまちまと指遊びをしてそれを見つめる。
(......なんか曲でも聴きたいけど、今は刺さるからラブソングは聞けない......いや、共感できるからいいのか...?)
「...どうしようかなぁ......」
葉瀬は真っ白な部屋にポツリと呟いた。
お題 「ラブソング」
出演 葉瀬
「藍佑(あいすけ)~?これ見てくれるかな?」
「..............」
山吹(やまぶき)は藍佑を床に正座させて、白がまばらに付いている己のTシャツを見せる。
「これ、何かわかるよね?」
「...ティッシュです......」
「そうだね、なんでこんなに付いてるか分かるよね?」
山吹はにこにこと笑顔で藍佑に聞く。藍佑は、やっちゃった...という顔で小さくなる。
「ボクいつも言ってるよね、ポケットの中は確認してねって。何回目かな?」
「...3回目です」
「違うよ、4回目」
間違えた...と藍佑は気まずさから目と顔を少し逸らす。
「藍佑、ごめんなさいは?」
「...ごめんなさい」
すると藍佑の頰がガッ、と掴まれてグッ、と山吹の方に向けられる。
「こういうのは、目を見て言うんだよ。もう1回だね」
「...ぅ...ご、ごめんなひゃい...」
そう言うと山吹は「よく出来ました」とパッと手を離す。
「じゃああそこにある洗濯物のティッシュ取って、もう1回回してね」
「はい...」
「ボクは代わりにお風呂掃除やっておくね」
そして山吹は洗面所へと消えていった。
藍佑がいつも笑顔の山吹が怖いと思ったのは、初めてだった。
お題 「すれ違う瞳」
出演 山吹 藍佑
「今日はここに居たんだね藍佑(あいすけ)」
「ん」
ぱっと顔を上げるとサラサラショートヘアの彼がこちらを覗き込んでいる。
「何を飲んでるの?」
「イチゴミルクティー」
「美味しそうだね!ボクも何か買えばよかったなぁ」
彼はすとっ、と当たり前のように藍佑の隣に座った。
「一口飲む?美味しいよ」
「......!?い、いいのかい?」
「うん、一口でしょ」
はい、と彼にミルクティーを差し出す。彼はそれを受け取るが飲もうか飲まんまいか迷っているようだった。
「飲まないの?」
「い、いや、飲むよ」
ちゅー、と一口飲むと何故か口にミルクティーを一度含んでから飲み干した。
「......ありがとう」
「美味しかった?」
「あ、あぁ美味しかったよ」
「なら良かった」
藍佑は彼からミルクティーを返してもらう。
彼の目が何故か泳いでいるのを藍佑は見逃さなかった。
「もしかして好きな味じゃなかった?」
「え?いや、そんなことはないよ。美味しかったさ!」
(...まさか僕が口つけてたのが嫌だった?)
「......委員長って潔癖症?」
「えっと......そんなことはないよ?」
「ふーん...」
ならなんでだろうな...と藍佑はぼんやり考えながら再び飲み始めようとする。
(......委員長が口つけたやつ。僕も口つけるってことは...あれ、これもしかして間接キ)
そこまで考えて藍佑は思考を止めた。なに、男同士で飲み回しなんてよくあることだろ、普通のこと。いや友達居なかったから分からないけど。
(普通のこと......)
「飲まないのかい?」
隣から急に声をかけられてビクッ、と肩を震わせる。
「えっと...要らないならボクが貰ってもいいかな?」
「......いや飲む。僕が買ったやつだし」
「そっか」
藍佑はそっぽを向いてイチゴミルクティーの紙パックを吸い上げる。
(......味わからな。さっきまで美味しかったんだけど。どんな味だっけ...)
それから昼休みが終わるまで、二人は黙ったままだった。
お題 「sweet memories」
出演 藍佑 山吹