「雪(ゆき)さんの名字ってなんですか?」
「.........朝岡...」
「朝岡雪さん!素敵なお名前ですね!なんか青っぽい感じがして...」
「.........」
「あ、次です!雪さんの好きな食べ物ってなんですか?」
「......なんでも良いだろ...」
「いえ!やっぱり定番中の定番ですよね、これは聞いておかないと!」
俺は心の中でため息をつく。もう二週間もこれだ。俺がバイトの休憩中、この海斗(かいと)という男に質問責めされる。
最初は、健気だなぁとしか思わなかったが、二週間も続けば嫌気が差してくる。
「次はですね...」
「なぁ」
俺の呼び掛けに反応するようにこちらを向く。
「ちょっとしつこいんだよ。初対面にしては馴れ馴れし過ぎないか」
ぴたり、と彼の動きが止まる。
しばらくしたのち、彼が先に口を開く。
「そう、ですよね…...すみません、一人で盛り上がっちゃって...」
彼は段々とうつむきかげんになる。
「あの......もう来ませんから!!!すみませんでした!!」
「え?は、ちょ」
俺が止める間もなく、彼は店から出ていってしまった。
(...少し、冷たくしすぎたかも)
俺は少しだけ後悔したが、切り替えて店の作業へと戻っていった。
お題 「澄んだ瞳」
出演 雪 海斗
「あ、ねぇ型抜きやってる。しない?」
「珍しいね。うん、やろう」
俺達は一人一枚ずつ、傘模様の型を取っていた。
「.........」
「.........」
やっている間は二人とも集中して無言のままだった。
俺が傘のハンドル部分を取っていた時、ぺき、と音がして割れた。
「あ」
「わっ」
俺が思わず声を出すと隣の肩がビクッ、と動き、ぺき、と音がした。
「......割れちゃった」
「...なんかごめん」
「ん?あぁ!お嬢ちゃん惜しかったね!またやってくれよ!」
ほれ!と屋台の人は飴をくれた。
「うぅ......悔し...」
「あはは…」
俺達は飴を放る。昔ながらの苺味が口の中に広がった。
「お、射的ある。次あれやろ~」
「ん、いいねー」
彼女が指差す屋台に、二人で向かっていった。
お題 「お祭り」
出演 玲人 葉瀬
「おそろいが欲しい?」
お皿を洗いながら、私はお風呂の準備をする彼に聞き返す。
「うん、お揃い良いなーって」
「なんで急に?」
「玲人(れいと)さ、イルカのキーホルダー付けてたんだけどお揃いなんだって。葉瀬(ようせ)と」
ふーん、と軽く聞き流して尋ねる。
「でも私達、もう結構おそろいあるよね?」
ほら、と洗っていたマグカップを見せる。
これは色違いで買ったおそろいのマグカップである。ちなみに私が緑色、彼が赤色。
「うん、そう......そうなんだけどさ...!」
「?」
両手で何か持つようなポーズをとっている。なんのポーズなんだろう?
「なんか身につける物が欲しいの!」
「......見せつけたいの?」
「そう!!」
なんだ、そういうことか、と納得した。
「なら今度の休みに見に行く?」
「見に行く!」
うーん、何が良いかな、ブレスレットとかどうかな、あとで一緒に調べようかな、とぼんやり考える。
おそろいが欲しいと言われた時、私も同じ気持ちになったのは......またあとで言おうかな。
お題 「今一番欲しいもの」
出演 秋 拓也 玲人 葉瀬
今日は、葉瀬(ようせ)の要望で水族館に来ている。
普段なら、玲人(れいと)はどこ行きたい?と聞いてくるのだが、珍しく葉瀬が『水族館に行きたい』と言ったのだ。
そんな彼女は今、ジンベイザメをまじまじと見ている。
「...そろそろ次行く?」
「ん?うん、行く」
俺が声をかけると彼女はこちらを向いて歩き出した。
彼女はじっと見るのが好きらしい。前にその事について聞くと、『うーん、だって好きなものはずっと見てたいじゃん?』と言っていた。
次は熱帯魚エリアに来た。葉瀬はエンゼルフィッシュを目で追っている。
「......綺麗?」
俺がそう聞くと、ハッと我に返ったように「うん、綺麗だよ」と答えた。
「...玲人はどれ好きとかある?」
「うーん......あ、あの白っぽい子綺麗だね」
「あれ?...ハタタテハゼだって~、ハゼ科のト......あ、隠れた...」
あれー...?と岩の間を覗き込む。
「おーい...おーい......駄目だ、奥行っちゃった」
「ちょっとビビりなのかもね」
「かもね......あ、そろそろ次行く?」
「うん、次ってクラゲエリア?」
「そうそうクラゲ~」
そうやって俺達は水族館を一周した。
イルカショーも見たし、ペンギンの散歩も見た。エサやり体験だって出来た。
そして最後と言えば。
「あ、おみやげ見ていこうよ」
「いいね~何あるかな?」
俺はおみやげコーナーで見つけたクマノミが描いてある栞を買った。
「葉瀬は何買ったの?」
「え、あー......いや、まだ」
「あれ?そうなんだ。あ、ごめんこれ持っててくれない?お手洗い行ってくる」
「あ、うん」
(葉瀬買ったかな.........ん?)
俺が戻ってくると、何かを持って唸っている。
「.........やっぱ止め」
「葉瀬」
「うわっ!な、何玲人...」
「それ何?」
俺は葉瀬の手に持っているものを指す。
「あ、えっと…」
「...キーホルダー?」
そう聞くと気まずそうに目を逸らした。
よく見るとそれはイルカのペアキーホルダーで。
「えっと............お、揃いでつけたい、なって」
顔を上げると葉瀬が恥ずかしいのか、口元を手で隠している。
「.........嫌なら」
「いいね、つけようよ」
俺は葉瀬が言い切る前に食い込むように返事した。
「え、ちょ、いいの?」
「いいよいいよ」
戸惑う彼女の前に人差し指を立てる。
「お揃いなんて、これからもっと増えてくんだから」
「...玲人、今日は付き合ってくれてありがとう」
「全然いいよ。俺も楽しかった。普段俺ばっかり好きなところ行ってるから、葉瀬の好きなもの知れて嬉しいよ」
「......なら良かった、かな...?」
「また来ようね」
「うん」
そう返事する彼女の瞳には俺が映っていた。
お題 「視線の先には」
出演 玲人 葉瀬
「え、雪(ゆき)って『あの』実(みのる)と付き合ってるの...?」
大学の食堂。俺はスパゲティを、葉瀬(ようせ)はカレーを食べていた。
「え?うん。それがどうしたんだよ」
恋愛の話になり俺が実と付き合っていることを話すと、葉瀬は渋そうな顔をした。そして恐る恐る口を開き、
「......悪いことは言わないからさ、別れた方がいいよ。実と」
そう言った。
「...は?え、何急に。脅し?」
「いや本当にアイツは止めた方がいい。冗談とかじゃなくてさ」
葉瀬は運びかけていたスプーンを皿に下ろす。そしてキョロキョロと辺りを確認したのち、少し身を乗り出して小声で話す。
「.........その、実ってさ、女遊び激しいって噂あるんだよ」
...まさか。
「......葉瀬、言っていい冗談と悪い冗談あるから」
「だから冗談じゃなくて」
「っ止めろってば!」
少し声を張ってしまったかもしれない。そんなことは気にせず、葉瀬を睨む。
「...っご、ごめん」
「もう言わないって約束して」
「もう言わない。ごめん」
「......いいよ」
葉瀬はカレーの皿を見つめて動かない。俺は我に返って、冷たい空気を壊した。
「もういいから、カレー冷めるし食べよう。な?」
「...うん」
そう言って俺達は再び食事を始める。
「...雪、最後にこれだけ言わせてくれ」
「ん?」
「雪が......雪が幸せならそれでいいけど、時々でいいから自分の事客観的に見てね」
なんて話してたのが一年くらい前。
あの時、ちゃんと葉瀬の話を聞いておけば良かったのかもしれない。
今日は俺と実の一年記念日。早く帰ってきてって、ちゃんと言ったのに。
実は俺じゃなくて、他の人を選んだ。
ビリ、ビリ
一つ一つ、料理をラップで包んでいく。
「......ぅ...」
ぽた、ぽた、と机に涙が落ちる。
「うぅ......ぅ...っ......ぅう...」
脱力して、床に座り込む。
(...俺、実のどこが好きだっけ)
ぼんやり考えてみた。
俺ばっかりが好きだったみたいだな。そういえば実から名前で呼ばれたのっていつだっけ。
「はは......わかんないや......」
なんて考えていたのが実が帰ってくる四時間前の話。
お題 「終わりにしよう」
出演 雪 葉瀬 実