スープ

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2/22/2023, 2:29:04 PM

みんないつも違う顔をしている。今まで沢山の人に会ったけれど、同じ顔の人なんていないし、同じ人の中に同じ表情を探すこともできない。優しい目をしたあの人もまばたきの間は悪魔になった。悪魔になれる。それはきっと悪いことじゃない。心の流動性なんてよく言われる。だけども少し寂しくなる。だってみんないつも違う顔をしている。もう二度とあの人の優しい表情には出会えないのか。大嫌いなあいつの大嫌いな顔を憎めないのか。寂しくなるのは少しだけだ。
昔から変わらないものが好きだった。太陽をみていた。太陽は変わらなかった。しょうもないおっさんの信念みたいに下品を煌々と巻き散らかすばかりだ。それだけで少しは心が落ち着いた。今日は朝から天気が良かった。天気の良いことの何が良いのかは分からない。太陽はやはり太陽のようだった。それはそれは下品だった。だけどずっとみていた。それでも段々変な胸騒ぎが始まって、部屋から手鏡と新聞紙を持ってきた。太陽の下品を一つに集めた。小学生ぶりだったな。新聞紙が燃えていく様はたしかに美しかった。太陽なんかよりずっと良く見えた。全部が灰になって火が虚空に逃げるとすごく悲しくなった。虚しいというよりは悲しいの方が適切だった。手鏡で自分の顔を見てみた。限りない笑みがそこにはあった。いつも違う顔をしていた。一番しょうもないのは自分だった。手鏡を置いて太陽を直視した。下品さだけが伝わってきた。

1/17/2023, 2:36:23 PM

木枯らし2号は直にやってきた。息子が死に、悲しみに沈んだ老夫婦には病の影が迫り。円安の日本。そんな物語のメタファーではなしに木枯らし2号はやってきたのだ。最も、多くの人間は木枯らしに興味なんて無い。気象庁の長だって木枯らしの好きな食べ物や嫌いな色、恋愛経験や将来の夢について知っているわけではない。だから今日は彼ら(彼女ら)について知っていることを少しだけでも共有しておこうと思う。
『木枯らしに関する研究結果』
筆者は長年木枯らしについての研究を重ねてきたが先日、或る友人の仲介の下、木枯らし3号との対談が実現した。如何なる学問も論より証拠、筆者の必死の研究も当人の証言には及ばない物である。そこで本レポートでは3号との対談の一部を抜粋し註釈を加えながら掲載しようと思う。何はともあれ多くの研究課題が解消され研究が大きく進歩したことは喜ばしい限りである。また対談に関わって頂いた木枯らし3号、友人Aをはじめとした全ての関係者の方々にはこの場を借りて感謝を申し上げたい。以下対談抜粋。

―宜しくお願いします。
木枯らし3号(以下3号)「はい。宜しくお願いします」

中略

―3号はどこで生まれたのですか。
 3号、得意そうに微笑む。
3号「実は木枯らしは皆同じ場所で生まれるのです。   同じ環境で生まれ、同じ環境で幼少を過ごす。      木枯らしたちは皆兄弟のようなものです。」

―では木枯らしが日本にやってくる順番というのは   どのように決まるのでしょうか。
 微笑みが固まる。鼻を触り真剣な眼差しになる。  
3号「成人した順番というのが本来です。しかし今年       は少し勝手が違いました。」



今日はここまで 木枯らし

1/4/2023, 4:56:28 AM

初日の出は見なかった。見られなかった訳ではない。私は太陽が嫌いだから初日の出なんか見てやらないんだ。ただ存在しているだけで崇められ、頼んでもないのに図々しく燃え上がって。それで嬉しそうに張り切ってる太陽。大嫌いだ。うるさい。
私の好きなものは何かって聞かれたら困る。嫌いだよ何もかも。全部を嫌ってる私自身も嫌いだし、それを若者特有の閉塞感みたいな言葉で片付ける大人も嫌い。私が生きている数少ない理由はお腹が空くからなんだろうなって思う。何を好いても嫌っても時間が経てばお腹は空くし空腹を満たすには食べるしか無い。食べるには生きるしかない。ダイエット?そういうの一番嫌い。馬鹿みたい。今日の朝食は冷凍パスタにする。おせちは自分じゃ作れないしスーパーのは売り切れてた。冷凍庫からボロネーゼだけを取り出して電子レンジに突っ込み「あたためスタート」を押す。いつも思うけど電子レンジの光はどこか春の陽光に似ている。だからといってレンジが嫌いな訳ではない。むしろ感謝しているといってもいい。母の形見。母は太陽が大好きだった。雨の日は機嫌が悪い位だった。そしてとても優しい人だった。二年前火事で死んだ。チーーーン。ボロネーゼができた。死んだ人に構っていても仕方がない。それでも母を思い出して唯一太陽の良いところを一つあげるなら奴は毎日昇る。明日の日の出は見ようかなと思った。ボロネーゼは別に美味しくはなかった。

12/30/2022, 11:25:09 AM

そこら辺のぶっとい木にぶら下がってミンミンミンミンミンミンミンミン歌ってるのが俺らの一年ていうか一週、或いは一生。そんな風に思われちゃ困るなあ。確かに俺らが君たちの前で夏の風物詩にされるのはたった一週間かもしれない。けれど君たちは土地や家柄や収入に関わらず絶えずアンダーグラウンドを見つめなければいけない。その対象は何も蝉に限った話ではないんだ。いややめておこう。説教臭いのは好みじゃない。ただ俺は土の下で静かに夢を見ている仲間のことを忘れてほしくなかっただけなんだ。だって17年だぜ。17年。ずっと土の下で夢を見てたんだ。死んでいった奴らも数え切れない。それでもやっぱり今年の夏のためにずっと我慢し続けていたんだ。少し位は主張してもいいだろ。一生の98%を準備に費やした俺の話だ。少し位はね。まあいいや、ともかく今年は本当に良い年だったよ。仲間たちと歌った時間。太陽光線、突然降ってきた夕立。忘れないだろうなあ。それじゃあまた17年後。その時は俺の子供がまた世話になる。



一年を振り返る
ジュウシチネンゼミは木に定住しないかも。

12/18/2022, 6:08:58 AM

素晴らしい朝が訪れたようだ。新聞配達バイクのエンジン音、顔に射す太陽光線の温度、なにより朝だよと私を起こす母の声。その全てが私に朝を伝える。おはようの代わりにコケコッコーと叫んでみた。返事はなかった。だからという訳ではないけどそれから程無く二度寝した。次に聞いたのは案の定怒鳴り声だった。体を起こして寝室から出て、しっかり手すりに掴まって階段を降りた。
「朝ごはんは昨日のカレーよ」
たしかにいい匂いがする。わくわくと椅子に座ったときについた右手がスプーンを落としてしまった。床が畳だから金属音はしなかった。母は匙を静かに拾い上げてこう尋ねた。
「やっぱりチキンカレーが食べたい?」
私はチキンカレーが大好きだったけど、別に。って答えた。



とりとめがない話
とりとめもない話

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