#見つめられると
貴方に見つめられるたび、心臓が嫌に騒ぐ。
それは、あの瞳の中に自分だけが映っているという事実に、どうしようもなく満たされるからか。
――それとも、この醜く歪んだ独占欲を、貴方に見抜かれてしまう気がしているからか。
その瞳の奥を、塗り潰してしまいたい。
他の何も、誰も、入り込む余地なんてないくらいに。
そうしてしまえたなら、きっと安心できるのに。
それなのに、貴方に見つめられるほど、逃げ場がなくなる。
この感情の輪郭を、指先でなぞられるような錯覚に襲われて、
今すぐ目を逸らしたくなる。
欲しくて堪らないくせに、知られるのが怖い。
満たしたいくせに、壊れてしまいそうで手が出せない。
こんな矛盾を抱えたまま、
それでもなお、貴方の視線を求めてしまう自分が――
どうしようもない程救いようがなく。狂っていると思う。
#My Heart
貴方の笑顔ひとつで、世界の輪郭が少しだけ歪む。
どうしてそんなふうに、何でもない顔で乱してくるの。
ねえ、今、何を考えているの。
その沈黙の奥にあるものを、全部知りたい。
触れてはいけないところまで、静かに手を伸ばしてしまいそうで怖い。
優しくしてくれるたびに、
少しずつ壊れていく。
それでもいいと思ってしまう自分が、いちばん恐ろしい。
貴方の言葉ひとつ、視線ひとつ、
そのすべてが、内側を支配していく。
心の支配者(ruler of my heart)。
こんな名前を与えてしまえば、もう戻れないのに。
逃げたいはずなのに、
本当は、もっと深く沈んでいきたい。
だからどうか、気づかないで。
この歪んだ願いも、
どうしようもなく、貴方に囚われていることも。
#ないものねだり
貴方は、ないものねだりが上手すぎる。
ショッピングに行けば、決まって期間限定や、値札の重たいアクセサリーに目を奪われる。
手に入りにくいものほど価値があると、疑いもせず信じているみたいに。
そして、強請る。
拒まれないと知っている声音で。
壊れない関係を前提にした、甘えきった手つきで。
今日は服を見繕ってくれると言っていた。
その言葉ひとつで、どれだけ期待を持たせたかも知らないで。
視線はずっと商品に向いたまま。
隣にいる存在など、最初から必要とされていないかのように。
それでも金を出す。
望まれる形でしか、ここに居られないから。
ほら、また笑っている。
手に入れた“物”に満足して。
それでも、
貴方の口から零れる「愛してる」を求めてしまう。
滑稽だ。
手に入らないものばかり欲しがるのは、どちらなんだろうか。
貴方か。
——それとも。
#好きじゃなのに
昔から、人を信じるという事がよく分からなかった。
温い水みたいに、
触れた端から形を失っていくものだと思っていたから。
最後まで残るのは、いつも自分だけだった。
それを寂しいと感じる前に、そういうものだと覚えてしまった。
それでも、人の幸せを祈る自分は、嫌いじゃなかった。
むしろ、そういう自分でいられることに、どこか安堵していた。
滑稽だと思う。
他人から見れば、過剰な自己愛に過ぎないのだろう。
けれど、それは削ぎ落とすことのできない本質だった。
自分のことしか愛せない。
だから、貴方を好きになることは、きっとない。
――なのに。
貴方に想われているこの状態が、
どうしようもなく、甘くて、やめられない。
貴方が好いてくれる限り、
まだ、正常な人間でいられる気がする。
どうか、このまま。
触れれば壊れてしまう本当の形に、気づかないままで。
この歪さに、名前が与えられてしまう前の時間が、
静かに、永遠に続けばいい。
#ところにより雨
どうしてか、この一帯だけ雨が降っていた。
さっきまでの空が嘘みたいに、静かに、確かに濡れていく。
予報にはなかったはずなのに、傘なんて持ってきていないのに。
濡れること自体は、嫌いじゃない。
けれど今日に限って、それが妙に心に触れた。
肩を叩かれる。
振り返るより先に、澄んだ声が届く。
雨音のノイズに紛れることなく、まっすぐに耳の奥へと落ちてくる。
「ところにより雨、だって」
翳された傘の内側で、
悴んだ指先に、ゆっくりと血が巡る。
ところにより、なんて。
こんな曖昧な線引きでは足りない。
いっそ、このまま強く降り続けばいい。
境界なんて消してしまうくらいに。
そうしたら、きっと貴方は
今みたいに、理由もなく隣にいてくれる。
――それだけでいい、と言えたらよかったのに。
もし許されるのなら、
この雨ごと、貴方を引き留めたい。
濡れてしまえばいい。
戻れなくなるくらいに。
そのまま静かに、
ふたりで、同じ深さまで沈んでいけたなら。