誰もがみんな+花束
誰もがみんな、幸せだとは限らない。そう痛感したのは大学生になって叔父が経営する花屋でバイトし始めてからのこと。「花屋に寄る」って行為は、どっちかと言うと多くのお客さんにとっては非日常的な出来事で、記念日やら卒業やら誕生日やら「おめでとう」と言われるイベントと結びついていることが多い。だから楽しそうに笑顔でお花を選びにくる方は多いし、そんな晴々とした顔を見て幸せな気持ちをお裾分けしてもらうことも少なくはない。花は日々を彩り、大切な日には寄り添ってくれる。ただ、そんなに良いものばかりという訳ではない。
FAXで送られてきた注文書の指示通りに白の花を選び取り、あまり華美にならないようにそっと包む。うん、自分にしては上出来。ただ、この慎ましくも綺麗な花束を贈られた本人は見ることができないと思うと胸が痛む。どうか、安らかにと願いつつ、完成させたことを叔父に伝えて作業場を整えて売り場に戻る。
「いらっしゃいませ。」
5限終わりだろうか、パソコンが入っていそうなずっしりとしたリュックを背負った常連の川崎さんがやってきた。おそらく同い年で、自分と服の趣味が似ている、仲良くなりたい人。そりゃお給料を貰っているから仕事として接客はするが、プライベートでも仲良くなりたいとなればそれは話が別だろう。だから攻め方が分からない。相手は人見知りらしく、あまり踏み込めないような空気はある。ただ穴が空いてしまうと感じるほどに視線は感じるし、嫌われてるわけではないと信じたいのだが。
「今日は、えっと、花束を作ってほしくて…予算はこのくらいで…色も形もおまかせでお願いできますか。」
拙くても一生懸命に話をしようとしてくれる姿勢にほっとしながら相槌を打つ。いつ渡すかなど希望を聞いてから、この花はいかがでしょうか、こういう風にしても綺麗ですよと説明をする。大まかな方向性を決め終えて花束作成に移る。花束を作る時は大抵作り終える時間を伝えてまたその時間に来てもらうという方式をとることが多いが、今日は川崎さん以外にお客さんもいないし、何より川崎さんはいつも他の花を見たりして時間を潰していることが多い。まぁ、一応聞くけど。
「今日もいつも通りここで待たれますか?」
「はい。あの、今日は作るところ見ててもいいですか?」
「…もちろん、いいですけど。」
ただのバイトだし、知識もそこまでないから花を扱うのを見られるとなると多少は緊張する。いつもより丁寧に、でも迅速に。あぁ、でもこの時間も悪くはないな。川崎さんの大きな目がぱちぱちと瞬きをしながら綺麗な花々を捉える。そういえば、この人は何のためにこの花屋に来ているのだろうか。花がもともと好きだったという訳ではないみたいだし、日常的に植物を育てているような人でもこんなに高頻度では訪れてこない。冷やかしというわけでも、雑談をしたいわけでもないらしい。でも、別になんでもいい。この人がここを訪れて、生きていて、会えて、自分が勝手に元気を貰えるなら、なんでも。しゅるりとリボンを結び最後に全体を少し整える。
「いかがでしょうか。」
「…すごい。ありがとうございます。とても綺麗です。」
花が綻んだように川崎さんの綺麗な顔に笑みが表れて安堵する。少しの沈黙の後、川崎さんはぽつりぽつりと言葉を選びながら話し出した。
「あ、あの…今日実は、自分の誕生日で。えっと、せっかくなら自分も綺麗な花束手元にあったらなって思って…すみません、気持ち悪いですよね…」
そういえば、誰に渡すかと用途を聞けば自分と同性の同い年に渡すとぼかしていたのを思い出した。自分の花束を綺麗と褒めてくれたのを見て素直に嬉しいなと思う。
「いえ、そんなことないですよ。自分の花束で喜んでくれるのはすごく嬉しいです。川崎さん、いつもありがとうございます。」
良くも悪くもいつもの格好で、誕生日当日でも関係なく通学して、少しの疲労を見せながらもこの店に来てくれて。目を見ておめでとうございますと言えて、ありがとうございますと返して、喜んでくれて。これ以上の幸せは無いだろう。誰もがみんな、何かを抱えて人生を全うしている中で、花があることで少しだけでも心穏やかになれたら。美しいものを見て美しいと感じられることに幸せを見出せたらいいな。そして。
「お代はいいので。これを、自分から贈らせてくれませんか。お誕生日おめでとうございます。」
目の前の人が生まれてきてくれたことに感謝して、誰かを愛するという先祖代々から続く人々の営みに気づくことができたなら、自分はとても幸せかもしれない。この幸せを忘れないうちに、あなたが綺麗と言ってくれたこの花束を同じように愛でたいのです、と伝えよう。
勿忘草(わすれなぐさ)
私を忘れないでなんて言う言葉は、何気なくなんて使わない。それは、ちょっとでも忘れてたらやだなぁなんていう俗っぽい束縛なんかじゃない。自分を忘れてしまうかもしれないぐらいの長いお別れにおいて、少しでもこの存在を心に留めておいてほしいというそのささやかなお願いはどんなものよりも愛おしい。
すんと何気なく鼻を鳴らすと奥の方でじんわり涙の味がした。涙脆いのは自分の元からの性格で、だからといっていつも泣いているわけではないんだけど。あぁ、今日はなんかダメな日だな、と思う。冷たい布団と部屋の空気は体温を奪い、まだ明るくならない時間に眠気をどこかへ蹴り飛ばす。携帯を見るのさえ億劫で、早く夢の世界に入りたいのに、どうしても頭が働いてしまうのはあの日をぞんざいに扱ってしまった分のツケが回ってきているのだろう。
「忘れるわけない」なんて当たり前の返答をしたら、あの人はどんなふうに笑ったっけ。その存在のどんな小さなことでもいいから覚えておきたくて、眠る前には決まってあの日を反芻しているくせに、日々淘汰されていく記憶は確実に自分から遠ざかる。何か嫌になってしまう夜も、声が聴きたいとぼんやり思う朝も、何度も乗り越えてきている中で、ふと、涙と共に溢れ出てくるどこにもぶつけられない感情は、愛情は、何になるのだろうか。せめて、嘘でもまた会えるなんて言ってくれたらその希望を胸に馬鹿みたいに幸せに暮らせただろうか。いや、あの人はそんな不確実な約束はしないだろうな。そもそもずっと一緒だと信じていたのが悪かったのだろうか。あまりにもその存在の居心地が良かったから、いなくなるなんていう悪い妄想は無意識のうちに拒否していたんだろう。心構えぐらいしておけばいい、と今なら思える。人はいつしか皆いなくなる…なんて想像を広げても、それならまだいるはずのあの人と会いたいと思ってしまうから逆効果だ。すっかり覚めてしまった目にじんわりと水分が溜まった。
忘れないでなんて、どんな思いで言ったんだろう。忘れてほしくないなら、忘れないようにずっといてくれればいいじゃないか。なぜ、だめなのか。それを聞く前にその温もりを離してしまった自分は本当にダメだ。深くついたため息は思いの外掠れていた。忘れてなんて言ってくれたほうが気が楽なのは分かる。いや、忘れられるわけはないんだけど。
日の出
「日の出がみたいから車出して♡」
目の前のブルーライトに眠さが勝ってきた深夜2時。年越し特有の外の喧騒も幾分マシになってきたその時間帯に届いた1通のLINEに目を奪われる。
なに、いまから?なんて聞かなくても今からなんだろう。取ってつけたような♡だけでは庇いきれない酷い内容。人をなんだと思っているんだ。しかし、彼女の声で再生されると不思議とかわいらしいおねだりのように聞こえて困る。都合良く使われていることなんてわかっている。一昔前の言葉で言えば、自分はアッシーやらなんやらに分類されるんだろう。そんなに広い車でもないし、運転技術に自信があるわけでもないし勝手に運転手にされては困ってしまう。そもそも専用の運転手だとしても、こんな時間にLINE一つで来いって…しかも日の出ってことは結構朝方までじゃん…とかぶつぶつ言いつつも一番暖かいダウンジャケットを探し出して着ている自分には最早笑うことしかできない。
「今日は仕方ないから行ってあげるけどいつも行ってあげるとは限らないからね」と釘を刺しつつ、「30分後ぐらいにそっち着く」と伝えるとすぐに既読がついてOKというかわいらしいキャラのスタンプが送られてきた。洗っておいた彼女専用の暖かいブランケットを棚から出して、靴を履いて外に出た。思っていたよりも冷たい空気が顔中に付き纏う。身震いしながら車に入ってエンジンをつけ、暖房が効き出すのを待たずに発進する。本当なら今頃布団の中なんだけどな。あぁ、もう。本当にわがままだなぁ。そう思いつつも、小悪魔な彼女が、絶対に自分の好意を受け取らない彼女が、誰かのもとに行ってしまわないように今日も迎えに行く。アッシーでもメッシーでもなんとでも言えばいい。今日の日の出を彼女と見れるならそれだけでも幸せだから。彼女が好きなあのバンドの曲をかけた車は、そろそろ眠りにつき始める夜の町を安全運転で走る。
新年
食べ切った蕎麦のどんぶりを洗う彼の平たい背中を見ながら、ザルの水気を拭き取る。「普段は自炊を全くしない」と笑う彼に、「栄養はとりなよ」と他人行儀なアドバイスをする。SNSに疎いくせに山盛りのラーメンの投稿だけは頻繁にあげている彼のストーリー。それを見ていたからこその発言なんだけど、そこまでチェックしていないと思われてる彼にはあまり響かないだろう。2人してリビングに戻り、湯船にお湯が溜まるのを待つ。そろそろ歌番組が始まるとテレビのチャンネルを変え出した姿を端に捉えながら年の瀬に盛り上がるタイムラインを巡回する。また、今年もいつもと変わらない年越しを迎える。
こんな時にしか使わないからといれた貰い物の入浴剤も彼にとってはいつもの年越しのいつものお風呂なんだろうな。白く色が変わった湯の面を撫でながらこの一年をぼんやりと思い返してみる。が、リビングから聞こえてくる彼の歌声に邪魔されて思考が働かない。高音が出づらいその掠れた声に口角があがった自分の姿がお風呂の鏡にうつっているのに気づいて、見られるはずがないのに慌てて顔を戻した。今年もそんなふうに終えていく。2人ともドライヤーを終えてリビングに揃う頃には年越しまであと2時間を切っていた。
彼がお気に入りのお揃いの銘柄のビールで乾杯。自分はすぐに眠くなってしまうのでたった1缶のアルコールを年越しまでちびちびと飲み進める。自分の缶が軽くなる頃には彼は何本目か分からないプルタブを引いていた。よく同じものを飲んでいて飽きないなと思う。飲むよりも食べるほうが好きな自分は、番組が一段落してCMが挟まる間に冷蔵庫からアイスの大福を取り出してきた。寒いけどコタツに入って食べる分には問題ない。いそいそと部屋に戻れば、真横に座っていた彼がわざと体を広げて自分の陣地を小さくしていた。ソファの柔らかい面を背もたれにしてコタツにくるまり体を脱力させながらテレビを見ることができる自分の冬の定位置。そのスポットを善意で半分貸してあげていたのに、図々しくもその8割ほどを独占する彼を少し睨みつけた。きっとふざけて自分の反応を楽しんでいるだけだから、こちらも遠慮なくぐいぐいと体を押して隙間に入り込むと彼は声を上げて笑っていた。いつものくだり、いつもの狭さで夜は進む。さっきのおふざけのせいで近くなった距離の、むやみに動かしづらい左肘を気にしているのもいつものこと。そう言い訳して冬らしい名前のついたアイス大福の一つをもちゃもちゃと食べ進める。
「なぁ、それ一つちょうだい。」
にやにやと笑いながらあと一つしか残ってないそのアイスを指さす彼。いつも寒いのにとアイスを食べる自分を笑っている彼が、甘いものにそこまで興味のない彼が、なぜ?からかっているだけだと即座に判断して「いやだ」と切り捨てる。いつもならすぐに引き下がるはずなのに、今回はなぜかやけにお願いと食い下がってくるから、その熱量に負けて仕方なく残りの一つを渡した。嬉しそうにその一つを食べる彼の姿を見て首を傾げつつも、残りが少なくなってきた缶の残量をまた一口分減らした。
年越しまであと何分というカウントダウンが画面の隅に現れて、あぁ今年ももう終わりかとぼんやりと思っていると横にいる彼が口を開いた。
「もう一年終わるなー。」
酔いが回っていてほとんど眠くなってきたから、うんとかそうだねとか適当な相槌をうってあくびをした自分を気にせずに彼はテレビを観ながら続けた。
「いつまで許される?」
脈略のないその発言を理解しきれず、ゆっくりと彼の方を見ると自然と目が合った。
「いつまで、俺はここで年越していいん?」
その一言を聞いた途端、ぐっと胸が痛んだ。酔いが一気に抜けるように、先程食べたアイスが今更主張してくるように体が段々と冷える感覚があった。いつものふざけた雰囲気はどこへやら、どこか重苦しい雰囲気がのしかかる。
人を家に入れるのに抵抗のある自分にとっても、彼の来訪は毎年待ち侘びていたものだった。学生時代ほど頻繁に顔を合わせることがなくなっても、会う回数が減り年末の一回だけになっても、ここで一緒に年を越して、他愛もない会話をするだらだらとした時間を続けるだけで満たされていた。不意に押し寄せてくる諸々の不安に気を病みそうな時も、年の瀬の忙しい時に時間もお金もかけてわざわざ自分に会いにきてくれる彼のことを思うとゆったりと息をつけた。何年も前から、友達のカテゴリーに収納するにしては少々大きくなりすぎた彼の存在を見て見ぬふりしていた。年を越すたびにまた溢れた引き出しを無理やり閉めて、彼への自分の感情に合う名前を探すのを諦めていた。何よりも傷つくことが、失うことが怖かった。だから、彼の来訪に鬱陶しそうにドアを開ける素振りを見せていたのも、素っ気ない対応をしていたのも、憎まれ口ばかり叩いていたのも、いつまで続くのか不明な学生時代の口約束の終わりが来た時に、なんでもなく振る舞うための予防線。何よりもその終わりに怯えていたのは自分の方で、いつまでこれが許されるかなんて、聞いたら終わる気がして口を噤んでいたのも自分の方だった。そうだったはず。なのに、なぜ?彼の目は綺麗だなとか、久々にこんなにしっかりと顔を合わせたなとか、そういう手前のことには思考を働かせられるのに、肝心の返答までには至らない。いつまで許されるのか。そんなの分かんない。えっと、という意味もない3文字を繰り返す自分に、彼は優しく、重く、口を開く。
「終わりにしてもいい?」
重々しい沈黙に響く掠れた大好きな声は、恐れていた言葉をはっきりと表していた。こう言われた時に「そりゃ、元々そっちが言い出したんだから勝手にしていいよ」なんてよどみなく言うために張ってきた予防線だったはずなのに。実際は涙がじわりと滲む顔を俯いて「うん」と弱々しくも強がる2文字しか発せなかった。いやだ、なんで、おねがい、まだ…湧き上がる言葉はひとつも言葉にできずに、古くなったコタツ布団の端が少しほつれているのをぼうっと見つめていると急にテレビの音量が上がった。いや、どちらもリモコンは操作していないから音量自体は変わらないはずで、ただ中にいる人たちが盛り上がったのだろう。ハッピーニューイヤーと口を揃えて芸能人が笑っている。最悪の年越しを迎えた。
「あ、明けたんか。」
じゃあ、とでも言うように彼は何本目かわからないような缶を持ち上げて自分の方へ差し出す。いつもの新年の乾杯だ。しかし、これが最後の乾杯だと考えてしまうと震える手が缶を持つのを拒否しようとしていた。いつまでも缶を持とうとしない自分を見て、彼も持ち上げていた缶を置いた。
「じゃあ、いい?」
またその彼が発した言葉の意味を汲み取れず、続く言葉を待つ。さっきみたいに真剣な表情をして少し息を吸ってから言葉を紡いだ。
「好きです。付き合ってください。」
エイプリルフールは3ヶ月後だとか、新年早々初嘘は縁起が悪いとか、その言葉を言葉の通り受け入れる前に、何よりもネガティブな性格の自分が顔を出す。だって、そんなはずないじゃないか。自分たちはずっと友達でやってきて、今だって友達で。それ以上の感情を持っていたのは自分だけのはずではないか。ぐるぐると疑問が頭を駆け巡る。でもきっと、いつもみたいにからかっているだけだろうと諦めてしまうと取り返しのつかないことになることは分かっていた。嘘でもいい。ふざけててもいい。恥ずかしくてもいい。深く考えるのはやめよう。ぎこちなくではあるが、彼に伝わるように頷いた。「自分も」と言葉を付け加える。怖くて反応は見れない。
「ほんまに?」
彼の嬉しさが滲む声と背中に回された腕の優しさに気づくと脱力した。それと同時に本当だったのかと気づいて顔が赤くなる。そういえばこんなふうに触れ合ったことだって無かった。肘を合わせるだけで満足していた数分前のことを思うと、やっぱり今の状況は信じられない。どういうことかもあまり理解できていない。
「年越し…これから、どうすんの?」
終わりにするとついさっきまで言っていたのは何だったのか。
「ずっと、この関係じゃないと一緒にいられへんと思ってたから。もし俺が欲出したら終わっちゃうんかなって。」
あぁ、なんだ。同じ悩みを抱えていただけだったと気づくと、無意識に張り詰めていた意識が緩み、どこかのネジがばかになって涙が溢れた。彼はそんな自分の涙を拭いながら、控えめに笑う。
「これからもずっと、一緒に年越ししていい?」
今度こそ本音で、うんと伝える。すると、今度は彼が安心したように涙を流して二人で大泣きした。涙が枯れ、赤くなった目元を笑いあいながら、ほとんど空になった缶で今度こそ乾杯をした。一生続くと錯覚してしまいたくなる幸せな年が始まった。
星に包まれて
まばゆい光、まるで星に包まれているような、そんな錯覚。朝が来たことを嫌でも感じさせる日の光。温度を上げてくれるはずの光だけど、朝の冷たい空気が布団から飛び出た首と顔の温度を奪うから、ギリギリ寒さが勝っている。布団に潜り込んで温かさを充電しつつ、朝の光でだんだん覚醒してきた目は自分以外のもう一人分空いた広い布団を映し出す。少し寂しくなってまた布団から顔を出す。窓から入ってくる冷気に、嫌いなあの苦いにおいが混ざっているのに気づいてベランダの方を見やると、Tシャツにカーディガンだけの軽装で煙を吐く綺麗な後ろ姿が見えた。ソファに乱雑に置いてあるクリーム色の分厚いブランケットを羽織り、少しだけ開いていたその戸を大きく開く。音に気づいて振り返ったその人は、悪戯がバレたようなあどけない子どものように笑った。
「許してや。」
隠れてタバコを吸っているのを咎めるために起きてきたんじゃない。そのことを伝えるためにサンダルを片方だけこちらに渡すように言って、左足でジャンプしながらその細い背中の横まで辿り着く。おかしな動きにまた笑っている人の肩にブランケットをかけて温かさをお裾分け。まだ開き切らない目を鳴らすように日の光を浴び、星に包まれるような優しさを感じてまた目を閉じた。