もんぷ

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9/23/2025, 9:43:57 AM

cloudy

 昨日から気温が急に下がった上に曇ったせいでとてつもなく寒い。朝はあんなに暑かったのにこんな寒くなるなんて罠じゃないの?!なんて悪態をついてみても気温は変わらない。これだけで良いわ、とノースリーブワンピースで出てきた数時間前の自分を恨む。羽織りは日除けだけじゃなくて気温調節にも良いわよなんて教えてくれた姉の言葉を思い返す。だってあんな真夏のあっつい時にも長袖の羽織り着てるような人の言葉なんて信じられる訳ないじゃない。見てるだけで暑苦しいわ。ふと冷えた風が足のスリットからも入ってきて肩を震わせる。なによ、風なんて吹くんじゃないわよ!寒いじゃない!怒りと共にヒールを鳴らす音を大きくしていると、ふと見知った癖毛が歩いているのが見えた。より一層歩くスピードを早めてその天然物のくるくるの茶髪に追いつくと、私が肩を掴むよりも先に彼が振り向いた。おそらく私のヒールの音に気がついていたらしく、誰が来るかは分かっていたと言わんばかりに落ち着いた表情で「おはよう」と挨拶をされた。眠そうな目は長いまつげを上下しながらもこちらを捉えている。
「おはよう。上着を貸しなさい。」



 カフェでコーヒーを口にしていると、窓の外に上機嫌な妹が歩いているのを見つけた。横を歩くのはどこか不思議な空気を纏う人で、顔の雰囲気は綺麗で大人っぽいのに癖毛やら何やらで幼くも見える。噂には聞いていた彼の姿をまじまじと見る。話通りまつ毛長いわね、羨ましい。それはそうと、妹はあんな服持ってたっけ。家を出てからというもの服を貸し借りする頻度は減ったけど、それでもなんとなくの服の好みの感じは知っているからあんな落ち着いた茶色のシャツを持っているとは驚きだ。やたらと派手で露出の多い服を好む彼女で、むしろこの時期に長袖を持っているのがびっくりなのだけれど。彼女は長袖ばかりの私のワードローブに文句を言いつつも気に入ったものは我が物顔で持っていくことも多かったけど、私はというと借りれるような服が少なかったからああいうシンプルな羽織りがあるならありがたいなんて思いながら窓の外を見ていたら前の席に愛しの恋人が帰ってきた。
「ごめん、お待たせ。何見てるのー?」
「ん、あれ。」
「あ!妹さんじゃん。声かけなくて良いの?」
「良いの。デート中みたいだし。それにこっちだってデート中だし放っておける訳ないじゃん?」
「もうー…」
なんて言いながら呆れなんだか照れなんだかで顔を隠す姿がかわいくてこちらも笑みが漏れる。そういえばうちの妹でさえしっかり秋らしいシャツを羽織っていたというのに、目の前のかわいい恋人は今日も今日とて元気に半袖だ。
「…寒くないの?」
「え、全然。むしろ暑くない?」
……元気で何よりだ。

9/22/2025, 12:49:21 PM

虹の架け橋🌈

 空が晴れるまでは一緒にいようと約束して、藍色の空と雨音から目を逸らすように、橙色の照明が仄暗く光る狭い室内で寄せ合った体。朱を奪う紫のように雨が晴れに取って変わり、緑風に流された雨が窓を叩く中で、ただ黄昏れる君を見ていたいというのはやはり贅沢な夢なのだろうか。そして、時が進むのを止めたくなる自分を差し置いて、それは嘲笑うかのように青い空に現れる。

9/21/2025, 10:42:54 AM

既読がつかないメッセージ

 ある日から既読がつかなくなった。既読がつかないと焦るとか言うけど、もう2年も経てばそれは当たり前になって何も思わなくなる。そして、一生既読がつかないメッセージを今日も送る。なんてことない「今日あそこ行ったよ」「あれ食べたけどおいしかった」「あの映画見たよ」とかを送るだけで、ほぼ日記。送らない日もあるけど、時間帯はバラバラになっても大体毎日送る。今日も既読がつかない画面を見て、目を閉じる。もうこれだけ既読がつかないということはとっくにブロックしているだろうに。その事実に気づかないふりをして毎日送る。ある日のこと、何もやる気が起きず、それでも頑張ってやったけどそのどれもがうまくいかなかった。あぁ、本当に自分が嫌いになる一日だったなと総括する。「今日は何もできなかった」と送る。やっぱりその日も既読はつかなかった。見ているはずがないと分かってからはマイナスなことも送るようになった。「気分が上がらない」「何もかも嫌だ」「今日は最悪の日」なんて送ってもやっぱり既読はつかない。分かってる、分かってるのに……気分の浮き沈みはあれど、限界を迎えてしまった。なぜか涙が止まらないし、ベッドから起き上がる気も起こらない。濡れた視界で枕元の携帯を操作し、一番上に留めたトークルームを開く。「あいたい」変換するのも億劫でそのまま送った。今までが嘘のように一瞬で既読がついた。「行くわ」その文字を目で追うのに時間がかかるほど涙が溢れた。

9/19/2025, 1:46:13 PM

秋色

「あんたにはさー、そんな真っピンクよりもこういう秋色のコスメが似合うんじゃない?。」
そういってやたらと鏡の大きい豪華な化粧室で差し出されたのは、色味のおしゃれな茶色がかったオレンジのリップ。詳しいお値段は知らないけど、普段は足を踏み入れることのないような、デパートのコスメコーナーの一角にあるブランドの名前があしらわれているということは、きっと私の財布の中の現金では到底買えないレベルのお品だ。
「いいよ…借りるの悪いし。」
この一塗りでいくら分だろう。そんなことを考えてしまう貧乏性の私のことだから、多分彼女が躊躇いなく塗る面積の十分の一も勿体無くて塗れない。自分が手に持っている、お札を使わずに買えるドラッグストアで手に入れたリップがまるでおもちゃみたいに見えてとても惨めに思えた。
「それ、私に色合わなかったの。ちょっと使っちゃったけどあげる。自分のなら気兼ねなく使えるでしょ?」
「え、いいよ。大丈夫…」
彼女は同じブランドの柔らかいピンクのリップを塗り直しながら尚も私に秋色のそれを差し出した。いくら使わないからと言ってこんな高価なものは貰えない。何度も首を振ったが勢いづいた彼女は止められず、試すだけでもと勧められたので仕方なくティッシュで鮮やかなピンク色を拭き取り、元のベージュの唇に戻す。ぽんぽんと優しい手つきで色が乗せられ、自然に艶が広がっていく。この色自体も、真剣に私の唇を覗き込む彼女の顔も、とても綺麗だ。間近にあるその目元には繊細なラメが光の加減で綺麗な薄ピンクに照らされていた。
「…はい。いいんじゃない、どう?」
彼女がどこか凪いた目で鏡越しの私を見つめたので私も鏡の自分をじっと見つめる。主張しすぎない色なのに急激におしゃれに見えるし、確かに私の肌の色にも合っている。彼女の技法なのかいつもより口の形も綺麗に見えるし、何より大人っぽい。
「うん…綺麗……」
鏡の前でそう呟いて、でも言葉を続けることができなかった。真っピンクと形容されるその発色の良さだけが売りのリップだが、私にとっては自分を認められる唯一の武器だった。幼少期から映画で見るようなプリンセスに憧れ、母に頼み込んで買ってもらった濃いピンクのフリフリのワンピース。その一張羅をうきうきで小学校に着ていったあの日に待っていたのは、思い出したくもない皆の反応。そこで、どうやら私はピンクを身に纏ってはいけない人種なんだなと知った。あの日からピンクを封印した私が、唯一取り入れることができるピンク。それがリップだった。ここだけは、ピンクにしても誰にも馬鹿にされないし笑われない。そう思っていたのに…もちろん、彼女が馬鹿にした訳でも悪意を持っていた訳でもないことは分かる。それでも、やっぱり、すごく、悲しいなぁ…なんて、感情が頭を支配してしまえば表情筋にもそれが直結してしまっていたみたいで。えらく沈んだ顔の私に彼女が気づかない訳も無く詰め寄られる。そして私はあろうことかあの忌まわしいピンクワンピースの日のことからリップのことまで堰が切れたように全てを話してしまった。彼女のその不器用な優しさ故の行為も否定してしまうと考えることにもなってしまうのに。そう気づいたのは、全て話し終えて、彼女が申し訳なさと悲しみに顔を歪め、目元のラメが流れてしまうほど涙を溢していた時のことだった。
「ごめん。本当ごめん…あー、最悪や。本当ごめんな?最低なことしたわ……」
どうやら彼女は私にトラウマを植え付けた有象無象の一人に成り下がることが心底嫌だったらしい。普段は私をあんたなんて雑に呼んだりからかったりもしてくるくせにこういうところではしっかり一線を引いて尊重してくるから憎めない。むしろ、ここまで悲しんで申し訳ないと反省してくれては、こっちがどうしていいか困ってしまう。ここがホテルの一室の化粧室で、私達以外に誰も入ってこない空間で助かった。派手な髪色をした女が地味な風貌の女を前にして号泣している図なんてどう捉えていいか分からないだろうし。夕食を終えて落ちたリップを直して少しだけ散歩をしようなんて言う流れでメイク直しに入ってこんなことになるとは思わなかった。それでもまだ時間はあるし、全く急がないから今はこの愚図っている成人女性の涙が止まることを待つことにしよう。限りなく優しく彼女の華奢な肩を撫でていると、不意に彼女が言葉を漏らし始めた。そこで意外なことを知る。彼女が持つオレンジへの思いは私のピンクのそれとやけに酷似していて、これならいけるかもと買ったリップも鏡の前では似合わなくて諦めたと教えてくれた。いつも明るい彼女が、完成した私の顔を見た時にどこか影のある表情をしていたのはそういうことだったのかと一人で納得が行く。私からしたら彼女の綺麗な顔にはピンクだろうがオレンジだろうが何色を乗せても映えるだろうに、羨ましいと思っていた。でも彼女はオレンジが似合う私が頑なにオレンジを塗らないからずるい、勿体無いと思っていたらしい。お互いにないものねだりだ、と笑い合っては、それを分け合うように悲しみを分かち合う。

 やがて、艶のあるピンクと暖かなオレンジが混ざったお揃いの口で微笑み、当初よりだいぶ遅れた夜の散歩に出かけた。

9/18/2025, 10:23:19 AM

もしも世界が終わるなら

 もしも世界が終わるならどうする。これ以上悲惨なものはない自分の問いに対して、彼は嬉しそうに笑った。彼にとっては世界が終わる悲しみよりも、仕事から解放される嬉しさの方が勝っているようで、可哀想としか言いようがない。まるで理想の老後を尋ねられたように穏やかに微笑み、カーテンを変えるかなぁと間延びした声で答えた。今彼の部屋のカーテンが古くなったから買いに行こうとして、激務で倒れ込むように寝ていた彼を連れ回して家具屋で調達した新しい鮮やかな緑色のカーテン。休みが合ったからとデート気分でるんるんしていた自分とは対になるように家でも車でもほとんど眠っていた彼は疲労を拭えない顔で横を歩いていた。申し訳ないことをしたなぁと思ったから、自分の身長では届かないカーテンを変えてほしいと彼にお願いすることはできなかった。あれから3ヶ月、自分も彼も変えることのできないままカーテンは押入れの奥にしまわれていた。世界が終わってしまう最後の貴重な時間をわざわざカーテンに、とも思ったけど自分との思い出を大切にしてくれている気がして嬉しかった。じゃあ自分はコーヒー淹れたげるね、と彼の最後の日に割り込んで一緒にいることを半ば強引に約束する。世界最後の日、荒廃した外の世界を真緑のカーテンで遮断し、まるで永久にも続くような二人だけの時間をコーヒーと共に過ごそうなんて最高なプランではないだろうか。

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