『お金より大事なもの』
父からの教えがそうであって、僕は違っていた。
父は先月、交通事故で死んで、高校生の僕がこれから生きていくのに十分な遺産が残った。遺産相続するものは僕しかいない。
父は偶然に死んでしまう前から、僕にお金の使い方について、厳しくしつけた。でも、それは僕の考え方にはならなかった。
母方の親類のおじさんは僕を引き取ってくれて、後見人になってくれたが、優しかったおじさんが明らかに遺産目当ての態度に変わったことには驚いた。何かと「必要経費」を口実に通帳からお金を下ろしていく。
友人は優しかったが、優しさの種類が変わった。僕は遊興費のほとんどを支払うようになった。あいつらの笑い声は心底からのものではなく、作っているようにしか見えない。
世界が大きく変わった。不満を抱え不自由ながらも父に守られていた日々から、自由だか後ろ盾のない不安が僕を孤独にさせる。
父が死んだ道路の前に立つ。父は交通事故に遭う瞬間、僕のことを考えただろうか。いや、そんな余裕があったはずがない。「お金より大事なもの」まさか、こんな形で理解させられるとは。
『月夜』
明るいのは月だけ、空は藍色。
以上!
『絆』
「俺とお前の絆はあってないようなものだ。まず、お前は女にだらしない。だから、俺はお前に対して呆れてしまう。次にお前は直ぐに嘘をつく。だから、俺はお前に猜疑心がある。さらに、お前は少しでも嫌なことがあれば逃げようとする。俺はお前に失望してしまう。そういえば、この前、自分の弟がからかわれているところを、お前は助けずヘラヘラしていたな。俺はお前が不甲斐なくて情けない気持ちになったよ。あっ、貸した金返せよ。俺はお前に憤怒に駆られている。言いたくなかったけど、お前は服装がダサい。だからお前を見下してしまう。だから、俺はお前が苦手なうえに、嫌悪感があり、不快に感じ、疎ましく、憎くて、憎悪と軽蔑の気持ちがあり、毛嫌いしている。顔を見るのも嫌だ。だけど、まあ・・・・・・あいつを一緒に殺っちまった以上は切っても切れない縁なわけだ」
『たまには』
うす〜い味のうどんが心に染みる。
仕事帰り、スーパーの袋を抱え急ぎ足でカツカツ靴を鳴らす。
妻は昨晩から発熱が続いている。
勢いよく玄関を開け、これからやることを頭でシュミレーションする。明日は可燃ゴミを出す日だからまとめて、回覧板も隣の家に持ってかねば。ぐるぐると頭の中を動かしながら、リビングのドア開けるーー小学五年生の長男と2つ歳の離れた次男が、大きなエプロンをつけて、ヒソヒソと話し合っている。
「えっ」と思わず声が出てしまい、二人と順に目が合う。
「おかえりー」
曇りのない、ピカピカな声。
「なにしてるの?」
「お母さんの晩ごはんと俺たちの晩ごはん」
引っ込み思案な長男は黙ってうなずく。
「作ってくれてるの?」
『うん』
大きな声と小さな声が重なる。
ゆっくり近づき、キッチンを覗くと、大きな鍋に不釣り合いな少量のうどんの玉とギザギザに切られたネギが入っている。どうやら、こちらは妻の夕食のようだ。次男は既に味噌汁を完成させ、サラダ用の野菜を切っている。どうやら料理に関しては次男の方が器用にこなすようだ。次男はキッチン内を右往左往、騒がしく動き回っているが、長男は、ジッと鍋を見つめ続け、手には希釈用のつゆの容器を力強く握っている。
俺は買ってきたスポーツ飲料や卵を冷蔵庫に収めながら、じっと見守る。
長男が動くーーちょぼちょぼっとつゆを注ぎ込むが、明らかに足りていない。やっと口を開いた長男は俺の顔を覗き込み、「どう?」と聞いてくる。
「うん、いいんじゃないかな。母さんは胃腸も弱っているだろうから、これくらいで丁度いいよ」
こんなの妻は、喜ぶに決まっている。隣からは次男が「お父さん、早く早く塩とコショウをここに振って!」とまくし立てる。
賑やかな夜になったな。
おぼんにうどんと個包装のドーナツを一つ乗せ、長男は慎重に階段を上がっていく。それを後ろから見守りながら続く。
「どう?」長男の質問はいつもシンプルだ。
走ってきた次男が、「おれ、さっき味見したけど、味しなかった」
妻の穏やかな表情は崩れることない。
「たまには、こんなうどんが食べたくなるよ。優しい味。ありがとう。」
長男の顔から真っ赤なポカポカが滲み出ている。
『大好きな君に』
ピンと姿勢の良い後ろ姿が印象的だ。もう直ぐ終わる。
「卒業式、最近は凝ってるね。ブラスバンド部の生演奏があるんだもん」
今日は次男の卒業式で、夫婦ともに高校まで来たのだが、感染症拡大予防のため、生徒一人に対して参列できる保護者も一人までと人数制限が設けられていた。カメラ撮影が苦手な妻は式の参列を遠慮してくれ、図書室に準備されたライブ配信を視聴した。
式後、最後のホームルーム参観のため合流した廊下で、
「ああ、私も生で見たかった。映像は飛ぶし、音声も聞き取りづらかった。在校生の子、送辞なんて言ってたの?」と笑いながらも不満をぶつけてくる。
「頑張ったよな」
「うん。本当にね」
次男は自身が目指す専門性のために、これまでの友人は一人もいない市外の高校を選んだ。始発に乗るため早朝に家を出て、遅く疲れて帰ってくる生活を三年間やり切った。親から見ても時間に追われ、高校生活を満喫しているように見えなかった。稀に愚痴っぽくなることもあったが、その苦労の割に弱音を吐くことが本当に少なかった。後に妻から聞いた話では、次男を苦しめていたのは人間関係だった。それもかなり複雑に入り組んでいて、逃げ場のない……だから、次男は最後まで逃げず、その場所で終わりが来るのをただひたすら待った。そして、今日、晴れて解放されるのだ。
「あいつ、すげーよな」
「うん」
「俺、あいつのこと尊敬する」
「うん」
「俺、あいつめっちゃ大好き」
「ふふ、当たり前でしょ、私たちの子なんだから」
時間をかけて作り上げられた箱庭からの脱出。
さあ、卒業祝いに何を贈ろうか。