『たまには』
うす〜い味のうどんが心に染みる。
仕事帰り、スーパーの袋を抱え急ぎ足でカツカツ靴を鳴らす。
妻は昨晩から発熱が続いている。
勢いよく玄関を開け、これからやることを頭でシュミレーションする。明日は可燃ゴミを出す日だからまとめて、回覧板も隣の家に持ってかねば。ぐるぐると頭の中を動かしながら、リビングのドア開けるーー小学五年生の長男と2つ歳の離れた次男が、大きなエプロンをつけて、ヒソヒソと話し合っている。
「えっ」と思わず声が出てしまい、二人と順に目が合う。
「おかえりー」
曇りのない、ピカピカな声。
「なにしてるの?」
「お母さんの晩ごはんと俺たちの晩ごはん」
引っ込み思案な長男は黙ってうなずく。
「作ってくれてるの?」
『うん』
大きな声と小さな声が重なる。
ゆっくり近づき、キッチンを覗くと、大きな鍋に不釣り合いな少量のうどんの玉とギザギザに切られたネギが入っている。どうやら、こちらは妻の夕食のようだ。次男は既に味噌汁を完成させ、サラダ用の野菜を切っている。どうやら料理に関しては次男の方が器用にこなすようだ。次男はキッチン内を右往左往、騒がしく動き回っているが、長男は、ジッと鍋を見つめ続け、手には希釈用のつゆの容器を力強く握っている。
俺は買ってきたスポーツ飲料や卵を冷蔵庫に収めながら、じっと見守る。
長男が動くーーちょぼちょぼっとつゆを注ぎ込むが、明らかに足りていない。やっと口を開いた長男は俺の顔を覗き込み、「どう?」と聞いてくる。
「うん、いいんじゃないかな。母さんは胃腸も弱っているだろうから、これくらいで丁度いいよ」
こんなの妻は、喜ぶに決まっている。隣からは次男が「お父さん、早く早く塩とコショウをここに振って!」とまくし立てる。
賑やかな夜になったな。
おぼんにうどんと個包装のドーナツを一つ乗せ、長男は慎重に階段を上がっていく。それを後ろから見守りながら続く。
「どう?」長男の質問はいつもシンプルだ。
走ってきた次男が、「おれ、さっき味見したけど、味しなかった」
妻の穏やかな表情は崩れることない。
「たまには、こんなうどんが食べたくなるよ。優しい味。ありがとう。」
長男の顔から真っ赤なポカポカが滲み出ている。
3/5/2026, 1:18:33 PM