こひる

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3/3/2026, 1:19:17 PM

『ひなまつり』

ふっくらやわらかなウナギが乗ったちらし寿司が、たまらない。

女子が、かあちゃんしかいないうちでは、ひなまつりとは縁がなかったが、近年、三月三日は特別な日になっている。かあちゃんの子供の頃は、家に雛人形を飾り、ご馳走を食べたそうだ。あのちょっと怖い人形に病気や災いを移すためだとネットで読んだが、昔の人の考えや風習はなんだか極端だなと思う。だけど、なにかと理由をつけ、ご馳走様を食べるっていう習慣には大賛成だ。

ある時期から、三月三日になると、ウナギが乗ったちらし寿司が夕食に登場するようになった。近所のスーパーで、ひなまつりフェアと銘打ちスイーツや食材が彩り並ぶのを見て、かあちゃんなりに思うところがあったのだろう。
かあちゃんは、買ってきたウナギに直接、水道水をかけ、身に付いているタレを洗い落とす。それから、フライパンに皮を下に乗せ、お酒をかけて蒸し焼きにする。一度、タレが美味いのになぜそんなことするのかと聞いてみると、「輸入ものは匂いが独特で硬いから、こうやってやわらかくするのよ」なるほどーーとまでは思わなかったが、美味しさには変わりない。
絶妙な加減の酢飯にはたくさんの具材が混ぜ込まれ、甘い錦糸卵がたっぷり、その上には大きめにカットされた主役のウナギが鎮座する。あゝ美味い、これ好き。
かあちゃんは口いっぱいに頬張る俺を見て、ニコニコしていた。
忘れていた翌年の三月三日の食卓にちらし寿司が出てきたときは、定番化したのだなと嬉しくなった。

俺の気持ちが華やかな気持ちになる春の日。

3/2/2026, 1:24:06 PM

『たった1つの希望』

9回裏ツーアウト、ランナー二・三塁。スコアは1-2。
異様な緊張感が漂うグラウンドに、キュッと引き締めた顔のアイツがバッターボックスに入る。今日は、自慢の打撃が鳴りを潜めている。
眩い夏、最後の大会。汗水流しユニフォームをどろどろにしながら必死に白球を追いかけた三年間、俺たちは勝ちを知らない。ただ弱かった。それでも、名門校に負けないくらい、毎日休まずに練習を続けた。同じ運動場を使うサッカー部のヤツらは大笑いしながら、どうすれば大技を決めることができるかで盛り上がっていた。陸上部は、顧問の先生にバレないように手を抜く方法を話し合っていた。
俺たちは大技も練習のサボりかたも覚えなかった。地味でつまらない練習の積み重ねが、平凡な自分たちを高みに連れていってくれると信じていた。その中でも、アイツはひたむきにバットを振り続けた。努力の天才だった。公式戦で勝ちがないチームで、アイツだけは通算打率が3割を超え、夏の大会直前にはホームランも記録している。他のメンバーではできないことでも、アイツなら何かを起こしてくれそうな気がする。

カキーン
打球はきれいな弧を描いて左中間にーー

頼む、抜けてくれ!
お前と俺たちの夏がここで終わっていいはずがない。

3/1/2026, 12:13:57 PM

『欲望』

パチパチ、子気味良い音とともに、切れ目を入れたウィンナーに焼き目がついていく。
プシュッ、缶ビールを喉に乱暴に流し込む。
ウィンナーはフライパンからおろさず、箸を伸ばす。
「たまらんーー」

バサッ、背中からベッドに倒れ込む。
目を閉じるが、興奮気味な頭が、まだ何かを欲している。スマートフォンでネットショッピングを開く。
このマンガとこのスニーカーはどうしても欲しい。悩む、悩む、悩む・・・・・・「買っちゃえ!!」
何か、途中から買うか買わないかじゃなく、どうせなら全巻揃えたほうがいいとか、バリエーションでもう一足、色違いを買ってしまおうかとか考えていた。

掛け時計を見てから、両足を天井に振り上げて、「よっと」勢いよくベッドから起き上がる。キッチンの棚からカップ焼きそばを取り出し、ポットの湯が沸くまでに、プシュッ、二本目の缶ビールを開ける。ゴクッ、ゴクゴクーーもう、待ってられないとスナック菓子の袋を開け、バリッボリッバリッ
3分タイマーをフライング気味に止め、手つきよくカップ焼きそばのお湯を切り、冷蔵庫から取り出したマヨネーズを迷わず八往復半。天かすも投げ入れる!
プシュッ!プシュッ!!
「あっ、ドーナツあったな」

ベッドに飛び込み、スマートフォンで動画サイトでお気に入りを開く、、、

「んあっ、また寝てたのか、頭痛すごっ。明日、仕事とか嘘だろ・・・・・・てか、日付変わってんじゃん、晩飯食ってねーし」
ングッ、ングッ、卵かけご飯二杯を無我夢中にかけ込む。

明日、頭を抱えて後悔するかもしれないけど、今は知らん。

2/28/2026, 12:38:56 PM

『遠くの街へ』

菜の花のあなたへ

引っ越しされたと知ったときは、とても寂しい気持ちでした。
しかし、お優しいあなたのことですから、私に心配をかけまいとしてくれたことは理解しております。

そちらは、ここより少し温かいから、二月には菜の花が咲くことでしょう。あなたのような菜の花がたくさん。

その街は、あなたをちゃんと受け入れてくれていますか?つらいときは、いつでも連絡してきてくださいね。
少し遠いので、直ぐに駆けつけることができないのが、申し訳ないのですが、そのうち必ず会いに行きますから、待っていてください。

とりあえず、あなたが居なくなった日から今日まで分の爪を送っておきます。どうか私を扱うように触れてください。

あっ、サプライズをお楽しみに。

2/27/2026, 12:34:27 PM

『現実逃避』

ある日、兄から手紙が届いた。不吉な予感しかない。

「拝啓

梅のつぼみが顔を出し、春の訪れを感じる季節となりました。
二郎様におかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます。

さて、私こと一郎は本日、四十五歳になりました。

世の中では、四捨五入され、「アラフィフ」という言葉でグッと五十歳に寄せられてしまいます。
あなたは、まだ若くこれからのご活躍が期待されますが、その後、御昇進などありましたでしょうか。
私は持病の影響により、体調に波があり、日によっては思うように動けないことがあります。コンビニのアルバイトは契約の更新がなく、先日退職となりました。

近年、私自身の体力は明らかに低下してきてますが、健康に対する意識は高まっています。
あなたは、昔から身体が丈夫でしたから、ご心配はないと思いますが、なるべく長くご健康でいてください、そうでなければ私が困ります。
誠に情けない限りですが、現在、十分な食事をとることができておりません。

これからどのように生きていくべきかを自問自答する毎日でありましたが、最近になって、私には小説家が向いているのではないかと思い至りました。
よく語り合ったあなたのことです、私の才能にもお気づきだったことでしょう。

つきましては、最後にもう一度だけご相談させてください。
執筆に必要なパソコン購入費用についてご支援をお願いできないでしょうか。

あなたの健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

敬具

令和八年二月二十七日
                     一郎
二郎様                    

追伸、
パソコンは何ギガバイトが適切ですか?
私たち兄弟間で、おもしろエピソードなど何か思い出されることはありませんか?
二人で集めたビックリマンシールはまだ保管していますか?私のものも混ざっていませんか?       」


ああ、今日は、にいちゃんの誕生日だな。

にいちゃん、現実を見なよ。

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