【何気ないふり】
「おっと、ごめんね」
そう言って彼女は小さな男の子の進路を塞いだ。男の子はぽかんとして彼女を見上げるが、彼女の方は急ぎ足にその場を去る。すると、「まーくん、そっちダメよ!」と母親らしき声に、まーくんと呼ばれた子供は振り向いた。
(あーあー、ダメよじゃダメなんだよな、ポジティブワードで呼びかけたほうがいい、こっちにおいでとか、ママのところに来てとか)
彼女はそんなことを考えながら早足に歩いている。次の交差点で、すみません、と言いながら一番信号機に近い場所に立つ。信号待ちの人は横一列に並んでいるが、彼女の隣の一人、高校生らしい制服の少女だけはスマートフォンをいじっていた。信号が青に変わる。彼女は爪先で一回だけトン、とリズムを取ってから歩き出した。すると、スマートフォンをいじっていた少女はハッとしたように顔を上げて、慌てて横断歩道を渡る。
(左右見なよって)
もしも彼女を見ている人がいるならば、彼女がいつも誰かの進行を阻害したり、変更させたりしていることに気付くだろう。
高校三年生の春に車に撥ねられてからこちら、彼女には、事故の導線が見えていた。それが死に直結するかどうかは別として、その導線は誰かの足元から伸びており、そのまま導線の上を歩いていくと、大なり小なり事故に遭う。そんなことを誰かに相談してみようものなら、それこそ精神科か心療内科を勧められてしまうだろう。大学受験のストレスが、入学後に爆発したとか、そんなことを言われて。
なので、彼女は誰にも言わず、ただ何気ないふりをして導線を消すことにしている。正義感なんてものではなく、目の前で事故られて、その目撃者になるのが面倒なだけだ。とはいえ、シンプルな導線のときに限られる。ぐちゃぐちゃに絡まっている場合は、何をどうしたって事故は起こる。
だから、今日も可能な限りで、さり気なく事故を防止する。少なくとも大学に着くまでは、平穏無事な時間を過ごすために。
【ハッピーエンド】
度重なる様々な社会的要因によって、国民の生活水準が下落した少し未来のこと。自殺率は最大を叩き出し、離職率や無職の人間の数も毎年更新され、中小どころか大企業ですら倒産してしまったような頃のこと。
追い詰められた時の政治家が提案したある“保護プログラム”が物議を醸したが、国民に根付いてしまった。
「検査完了です、七十パーセント進行。記録の上、ご自身の部屋へどうぞ」
「……ども」
多千花菜白は検査用のガウンを着込み直した。指の動きは短くなってきた分覚束ない。ガウンが必要ないほど、全身はもう獣毛に覆われていた。胸にあった乳首が腹に動き、いくつにも増えていたのに気付いたのはいつ頃だったろうか。短い尻尾も生えて座りにくいことこの上ない。耳も随分上の方に動いてしまった。
“低適性者保護プログラム”の仕組みは、十歳から二十歳までの間に何度もある適性検査で、現在想定される産業への適性、及び社会の構成員としての適性を試される。より平易に言うなら、何かの職業に適正があるのか、過剰な悲観性や他者への加害性が一定値より低くないかを確認するものだ。値が低ければ低いほど「適性がない」という判定になる。
多千花は、職業の適正は程々にあった。しかし就職して二年もしないうちに、元々あった口が上手く回らないところや、表情の暗さをあげつらい、クビにすると恫喝され続けて心身を持ち崩した。改めて構成員適性を検査されたところ、社会性に著しい低適性を記録してしまった。更生プログラムへの参加か、保護プログラム適用か。選ぶことができたが、多千花にはもう、社会に人間として生きる気力はなかった。
“低適性者保護プログラム”は、人間を一定の哺乳類に変えることで、愛玩動物や家畜としての利用価値を見出し、社会参加させるものだ。四回の講座受講と、二親等までの家族の同意を必要とするが、多千花には音信不通行方不明の母親しかいなかったので、自身の同意だけで済んだ。プログラムに参加すると、変異が完了するまでは最後の監獄と呼ばれる保護プログラム実行施設で生活することになる。
職能に関する資格を取ることや、政治家としての活動など、社会参加のためと思われる活動はできないが、読書やオンライン動画の閲覧、ゲームなどの各種娯楽は許され、また変化の度合いが七十五パーセントを越えるまでは、談話室の利用も可能と、最後の人生を謳歌することが出来る。勿論そこで満たされない者もいるが、最終的に行き着く先は同じだ。
多千花も読書に勤しんでいた。変異後も飼い主となる人間が許可すれば、こうした娯楽に触れることは可能だが、それでも能動的にできるのは今のうちだと、長いこと積んでいた本を読破している。時折耐え難い空腹に襲われ、食堂で配給食を貪っているが、それは変化の度合いが深まれば深まるほど起こってくることだった。好きなだけ読み、好きなだけ食べ、眠る。毎日投与される薬を受け入れることで苦しみは薄れた。一度だけ、多千花を職場で恫喝した上司が警察官に付き添われて面会に来たが、どうやら多千花にしたことが社会的に罪に問われることになったらしい。それでも、動悸が止まらず、自分の方に付き添ってくれた保護師が手を繋いでくれていた。
「検査完了です。九十パーセントを越えました。これから居住を観察檻へ移します」
はい、と答えようとした声は、うぉう、という獣の声だった。多千花は鏡に映る自分を見る。少し前からまっすぐに立てなくなり、がに股でのろのろと歩くしかできなくなった。もうすぐすべてが終わると思うと、そんなのろのろ歩きでも不満はない。太くなった首に電極付きの首輪が取り付けられて、いよいよ獣になるのだと思うと、安心があった。
「シロ、シロ起きて」
優しい声に起こされる。薄くまぶたを持ち上げると、時乃が「おはよ」と声を掛けてきた。
「学校行くよ」
シロの主人となったのは、ある一家だった。不登校になった小学生の娘の時乃のお守りとして選ばれ、寄り添って生きることになった。時乃はシロを可愛がり、ある日散歩に連れ出したときに、いじめをしてきた面々と鉢合わせて、彼らが脱兎の如く逃げたのを見て、シロを学校に連れていくと言い出した。
“保護プログラム”によって変異した半獣は、その知能が人並であることから、盲導犬などの役割につくことも多く、また主人となった人間と、対象施設等の同意があれば、同行することもできた。
何もできなかった自分が、一人の女の子を救えてるかもしれない。それだけで、シロは己が人間の生を終えたことに、悔いなど一つもなくなってしまったのだった。
【見つめられると】BL
「何?」
「な……なんでもないです」
同じ会社、同じ部署、お互い内勤職。十歳下の中途採用の樫野貴元。彼の視線は鋭い。三白眼、険しい眉、聞けば大学時代までアマチュアプロレスでそれなりに活躍していたらしい。あまり口数の多くない彼が飲み会で喋らされていたのはそのくらいの内容だった。
(それと、同性愛者、なんだっけか)
結婚や彼女の話をあまりに持ちかけられたせいか、彼は、とても気が重そうに、女性に感じるところはない、男の方が好きです、と、静かに答えた。昭和体質の自社だが、それが藪蛇だったことは分かったらしい。その場にいた誰もが、ただ、申し訳ないと謝罪した。そして以降は誰もその話題には触れない。巻き込みで若い女性社員に対してもやらなくなったので、ある意味良かったのかもしれなかった。
(でも、こう熱心に見つめられると、多少イタズラしてみたくなるような……)
それが、いわゆるセクハラに当たるとわかっていてやりたがってしまう自分を馬鹿だなぁ、ガキだなぁと思っている。
(惚れてるのか、と聞いたら、なんと答えるんだろうな……)
考えるに留める。こういうところが妻だった人との離婚を招いた気もする。いつまでも子供っぽい自分は、きりりとした真面目な彼女と合わなかったのだろう。娘はそろそろ高校生、円満に後腐れなく離婚したので、養育費も支払っているし、娘は彼女の家に住んでいるが、ちょくちょく顔を出す。三人で食事に行くこともある。お互い、一つ屋根の下にいなければ、それで穏やかに過ごせている仲だ。
彼とならどうだろうか、と対面の席に座って、忙しなくマウスを動かす樫野を見る。生真面目で、納期も守る。何故彼がデザイン事務所などで働こうと思ったのかは知らないし、それが合ってないわけでもない。見やすい文字の配置、目立たせるものを目立たせ、細かい情報はまとめる力。引き締まったデザインを作らせると上手い。ポロシャツとジーパンで、足元は大抵スニーカー。酒は少し飲むが、煙草はやらない。スポーツ刈りで、投げられて少し潰れの癖でもついたような耳が特徴的だ。
「長家さん」
声を掛けられて、長家は眼鏡の向こうから少し眠たい目を持ち上げる。
「……なんですか?」
「君の真似」
うぐ、と向こうで息を詰めた。
事務所の中の、ポスターやビラなど広告をメインとする部署は、長家と樫野の二人だけだ。営業は朝夕にしか訪れず、事務アシスタント達もおやつ時や郵便、宅配でもない限り寄ってこない。ずっと二人きりだ。
「樫野くんさ」
そう思ったら、留めていたものが口に出ていた。
「そんなに見つめられると、僕、何かなって思っちゃうよ」
【My Heart】
この国の王位継承には三つのクエストがある。
一つ、国を出て全体が己の三倍以上大きな魔物を狩ること。
一つ、三つ以上の国から土産を持ち帰ること。
一つ、立会人となる人間から、とある言葉を引き出すこと。
十二人の王子はそれぞれに旅立ち、引き連れた騎士の一団と共に期限内にクエストを終えてくる必要があった。それを、王子遠征という。
「……というのに、スーリ坊っちゃんは何をなさってるんです?」
乳母が浮かない顔で肩を落とす。齢十五のスーリ王子は第七王子として生を受けた。第四王妃の子、ちびのスーリとあだ名される彼は、他の王子に比べて背が低く、赤毛でそばかすがあった。いつでも朗らかに笑い、民草に優しく人気はあるが、騎士団からは信用がない。何しろ彼の戦いの術はすばしこく走り回り、後ろから相手を突くものだ。騎士団は正々堂々を掲げている。スーリの戦い方に文句こそ言わないが、それなら力でぶつかり合ってくる第一王子ディオネや、第五王子レポレスを立てる。
「ああ、アザリア、悪いんだけどこの書簡を下で待たせてる御者に持って行って」
スーリは机から顔をあげると、畳んだ便箋を封筒に収め、封蝋を押した。そして心配そうに眉を寄せる乳母を他所に、再びデスクに向かう。
「坊っちゃん、いいんですか、王位継承に遅れを取ってらっしゃるんですよ」
「あー、うん、分かってる。でも今やるべきことだからさ」
いつも通りの柔らかな笑顔。仕方ないわねぇと乳母は階下に降りて御者に手紙を渡す。すると、御者は恭しく頷いて、飛び出すように馬車を駆っていった。
既に他の王子達は国を出ている。末弟の第十二王子でさえ、お付きの小隊を引き連れて、隣国には差し掛かっている頃だろう。
「スーリ様、御機嫌よう」
乳母が部屋に戻った頃、宰相がドアをノックした。乳母が恐る恐る扉を開くと、厳しい顔の宰相は眉をギュッと顰めながら、手にしていた紙を机に広げる。スーリもそれを覗き込んだ。そして、うん、と一つ頷く。
「こちらで少し修正いたしました。……ご慧眼です、すぐに用意を」
「いや、出来れば配備は三日待ってほしい。さっき手紙を出したばかりなんだ。準備だけしてもらえるかい、僕だとあんまり言うことを聞いてもらえないからさ」
左様で、と呟く宰相の顔が青褪めていた。乳母は対象的にニコニコと笑っているスーリと見比べて、首を傾げるしかない。宰相は再び紙を手にして懐に押し込むと、一言挨拶をして出て言ってしまった。
「スーリ様、あれは……」
「アザリア」
不可解な行動に目を瞬かせる乳母に、スーリは慈しむような柔らかで優しい表情を向ける。
「君の子供達を皆、僕の別室に招待するよ。どうか聞いておくれ、お菓子もたくさん用意するから」
三日後、城はざわめきに満ちていた。御者に扮した斥候が山一つ向こうの国へ向かったところ、その国の軍が山間を行軍している姿を見たのだという。また行き先の街でもこの行軍が国へ攻め込むものであるとすぐに話題を聞くことができてしまった。
「静かに、準備は整っております」
と、宰相は騎士団の集まる訓練所で厳かに告げた。宰相付の使用人達が、騎士団の団長達に書簡を配る。
「兵の配置はこのように。装備品は全て確認済みです、各団長に従い、すぐに対応に向かってください」
しかし騎士団の最高位である騎士団長が声を上げた。
「了承しかねる! 宰相殿にその権限はないはずだ!」
そうだそうだとあちこちで声が上がるが、そこに国王が現れた。途端に、場は静まり返る。
「この件はスーリが調べた。その書簡にもスーリのサインがある。宰相殿はその手伝いをしたに過ぎない」
ぐるり、と王は睥睨する。その目に多少の怒りがあるのを見て取れた団員達は、びくりと身を竦ませた。
「スーリには権限がある。そうだな?」
「……すぐ、支度いたします」
騎士団長の震えた声とともに、再び訓練所はざわめき出した。装備を取り、騎士達が出ていく。それを見送りながら、スーリは物陰からちらりと顔を覗かせた。王の背後、馬小屋の影から、静かに立ち去ろうとする。
「スーリ」
と、王は静かに話しかける。
「私とて予見していなかったわけではない。国の伝統の行事である以上、警備は手薄になる」
しかしな、と背を向けたまま、言葉を続けた。
「お前の方が早くに気付いてくれた。だがあとは私に任せて、お前は遠征に出なさい」
スーリは小隊を連れて、小山程のドラゴンの頭と、三つの国から金の羽根を持つ鶏と、非常に芳しいぶどう酒と、不思議な音のする笛を持ち帰った。それらは他の王子達に比べると見劣りのするものだったが、最後のクエストをクリアしたのは、スーリだけだった。
立会人になったのは、騎士団長だった。
「我が国が守られ、他の十一王子が帰る場所があるのも、全てスーリ王子の準備あってこそ。私は我が心より、スーリ王子の王位継承を推薦いたします」
王子達は顔を見合わせる。一体何が起きているのか、分からなかったのだ。何故だと疑問に首を傾げ、スーリを問い質す。しかしスーリだけは、ニコニコといつものように朗らかに笑っているのだった。
【ないものねだり】BL
「しかし意外でした、Kaedeさんとカルノ選手がご友人というのは」
「ええ、よく言われます。僕にとっては得難い友人で、今でもプライベートでよく会ってますよ」
Kaedeは屈託のない笑顔で司会者に応えている。カルノと呼ばれた覆面レスラーは、日頃着ることのないスーツ姿で緊張していた。人前に出ること自体には然程抵抗も緊張もないが、自分の言動次第で人気アイドルグループ“Euphoria”のKaedeの株を落としかねない。
バラエティ番組の、バトン式のインタビューコーナー。前回のゲストがKaedeを指名したらしい。ゲストは必ず一人誰かを連れてきて、その誰かと会話することが望まれる。例えば前からファンだった相手や、話してみたかったという人物、或いはジャンルを越えた知人だったり、家族を連れてきたりと、ゲストの連れてくる相手の内容は問われない。ただ、極力同じグループやチームの人間ではないほうが良いとはされるらしい。
だからって、アイドルが覆面レスラーを選ぶなんて、とカルノは依頼された時には頭を抱えた。
「カルノ選手はKaedeさんとの出会いを憶えていらっしゃいますか?」
「えー、あ、そうですね」
ちら、とKaedeを窺う。あ、懐かしい話? と相槌を打つ目は優しい。だが、どこか濁ったものが見えた。多分本当のことを話してはいけないんだろうと察して、カルノは半分だけ本当のことを話すことにした。
「中学に入学してすぐ、同じクラス、同じ班になった、というのがきっかけです。たまたま同じゲームをやっていて、話が弾んでしまって」
「当時流行ってたシリーズ物だったんですけど、同じところで躓いてて」
と、Kaedeが引き受けた。そうなんですねー、と分かってるんだか分かってないんだか分からない返事のあと、その頃からずっと交友を続けているのか、という問いが続く。
カルノはまた、ちらりとKaedeを窺った。笑顔に嘘はなさそうで、今の回答で大丈夫そうだ、と判断する。
「周輔っ」
のし、と背中に重み。番組の収録の後、Kaedeこと下井田楓と、カルノこと加留部周輔は、一度事務所に立ち寄ってから、別々のルートで都内のホテルにいた。所謂VIPやスイートルームで、裏手の専用口から人目を気にせず入れる部屋だ。後から来た周輔が玄関で靴を脱いでいたところに、楓が伸し掛かってきたのだ。
「お疲れ様、今日、来てくれてありがとね」
「ん、いい。緊張はしたが、お前の瑕疵になってないなら構わない」
「もう、お固いんだから」
笑いながら酒を飲んでいる。楓は周輔の背中に被さりながら、ちゅ、と首にキスをした。
「ごめんね、また言えなかった」
「馬鹿言うな、言ったらアイドル続けられないんだから」
周輔は靴を脱ぎ終えると、楓の方に向き直る。
楓は華奢には見えるが均整の取れた細い筋肉に覆われ、造形の美しい顔立ちをしている。メイクをしている時のキリリとした顔立ちが人気だが、周輔は少し柔らかな線の出る素顔の方が好きだった。
「俺が言ったら、周輔も続けられなくなる?」
「どうだろうな、こっちは公言してる選手もいるにはいるが……」
そっかぁ、と酒の匂いがする息を吐きながら立ち上がる。周輔もそれに倣って、リビングになっている方へ向かった。
「ねぇ、別れる?」
「また言うか。俺からは絶対にない」
楓は度々そう尋ねてきた。周輔はくどいと思っても、何度でもそれを否定する。自分も少し、そういう気分になることがあるからだ。
「早くもっと、僕らみたいのが認められるといいなぁ」
「ま、アイドルに恋人や伴侶がいるってのは、大分物議を醸すがな」
ふふ、と楓は笑う。周輔がなにか言う前に、胸にどん、と飛び込んできて抱きつく。
「俺の大きな熊さん。俺にない強くてカッコいい体、大好きだよ」
それが本当のきっかけだった。同じクラスで、同じ班で、なにかスポーツやってるの、カッコいいね、と腕に触れてきたのが楓だった。
「俺も……お前の細い骨格と、優しい声が好きだよ、俺の可愛い……」
いつも、なんと呼ぶか迷う。小鳥と言ったらそんなに小さくないと膨れられ、竪琴と言ったら動物にしろと言われ、難しいな、と首を傾げる。
覆面プロレスラーカルノの部屋が、実は世界各国のアイドルの写真で埋め尽くされていると言ったら、きっと誰もが笑うだろう。幼い頃から憧れた世界だった。
それを、見方によっては恵まれた体躯と、天性の才能がそれを許さなかった。変声期に声も嗄れて、万に一つの望みさえ失った周輔に、「俺はスポーツ選手になれないから」と、傷付いた膝を見せたのが楓だった。それでもやれること、できることに食らいついて、彼はアイドルとして華々しい世界に身を置いた。互いの夢を、互いに叶えあってここまで来た。
「俺の可愛い、狼さん」
「……及第点」
はぁ、と胸を吐息がくすぐる。周輔は楓をギュッと抱き締めた。少し下にある頭に頬ずりする。お互いの世界でその生命を終えるまで、きっと終えても、こうして抱き合っているのだろうと思いながら。