Werewolf

Open App
3/25/2023, 11:20:48 AM

【好きじゃないのに】

「ねぇ見てみて!」
 卒業旅行。高校生活最後の思い出。修学旅行は広島だった私達は、それぞれの進路を決める活動を終えて、千葉県の有名テーマパークに来ていた。私服で学校の友達と集団行動というのは、なんだか不思議な気分だ。
 班は六人。女子は私と、なっちゃんとみっち。男子はヤマとキミ、もう一人はあまり関わりのないリオくんだった。
 なっちゃんが手に持ってきたのは、六個入りのモチーフ付きキーホルダーセットだった。
「奮発して買っちゃった! みんなで持とうよ、お揃い!」
 バイトを頑張っていたのはこのためだったらしい。
「私ピンク!」
「あっじゃあ私赤!」
「おー、俺黄色」
「俺どうしよ、緑」
 皆で決める、ということはあまりない。大抵主導を取るのはなっちゃんかみっちで、私はだいたい最後だった。残ったのは青と白だ。
「かっちゃんは青か白好きだもんね!」
「かっこいいもんね〜!」
 なっちゃんとみっちの、こういう言葉だけは好きじゃないな、と思う。
 私は名前が勝己。字面だけだと男子にも見える。それに加えて、長いこと女バレにいたし、背も男子と並ぶくらいある。髪型は自分が好きでベリーショートにしている。
 端的に言えば、とてもボーイッシュだ。別に男の子になりたいとかそういうわけではなく、それが自分の好きの形、というだけ。でも、好きな服はロングスカートとブラウスだし、今日はカバンも新しくしてきた。可愛いピンクのトート。白はあるけど、青の要素はない。
 学校にいると、制服だからそのあたりのことが度外視されてしまうのは分かる。でも、私は自分から「青や白が好き」「男の子っぽくしたい」とは言ってないんだ。別に好きじゃない。好きなのはピンクとかブラウンとか、暖かみのある色だ。
 ひょい、と私の横から手が伸びてきて、青い方を摘み上げた。
「ヤマ、黄色と交換してくれる?」
「ん? あ、おう」
 ひょい、と手の中で交換されて、黄色いモチーフが私の前に差し出される。
「はい、黄色だけど」
 その手の主は、リオくんだった。背は少し低くて、髪が肩に付くくらい長い。パッと見ただけだと、線が細くて、女の子みたいで、全然強そうとかそういうタイプじゃない。なのに、その時は本当に、彼のやることに誰も何も言えなかった。
 私は手を出してそのキーホルダーを何とか受け取る。
「あ、ありがと……」
 リオくんが、前髪の隙間から私を見上げる。
「好きなものは好きって言お、ね」
 その、舌に、見間違えでなければピアスがついていて、私は思わずドッキリしてしまった。
「じゃ、僕、白貰っちゃうね」
 みんなが呆気に取られているのに、リオくんは当たり前みたいな顔をして、持ってきたバッグ──パークの女の子のキャラクターが刺繍されたトートバッグに、キーホルダーをつけていた。
「ほら、早く行かないとパレード見る場所取られちゃうよ。それともアトラクション行く? 今の時間ならまだ空いてるよ」
 歩き出した彼に、みんなも慌てたようについていく。私も後ろから着いて歩きながら、もし後で時間があったら、リオくんは何が好きで、何が好きじゃないのか、聞いてみようと思った。

3/25/2023, 2:27:27 AM

【ところにより雨】

 私は主の足元で、溜息を吐いた。
 主は大変成績の悪い悪魔で、座学は良い点が取れるものの、奪魂学という実技の授業は最低どころか判定不可の烙印を押されてしまった。悪魔というのは、この世で罪を犯した魂を奪い、それをエネルギーにして生きるものだ。その魂を、期間中に一つも手に入れられなかった。
「うーん、ダメだ……」
 シュルシュルと音がする。レコードと呼ばれる魂の記録は一本の帯状になっており、悪魔はその善行や悪行をピックアップして見つける能力があった。
「悪行の前に悲劇がある、この強盗犯は両親からの虐待があった……学校に行けていない。それに、助けを求めた先でも、正しく伝えられなかったばかりに追い返されている。……うう、なんて、酷い……」
 独り言を言いながら、ぐしゅ、と鼻をすする音がする。パタパタと頭に落ちてくるものがあって、また溜息。
「本当の悪人なんてそういないよ、可哀想に、どうして天使達は彼がまだ救えるうちに手を差し伸べなかったんだろう」
 袖で涙を拭いながら、レコードから手を離す。しゅるるる、と音を立てて、目の前に昏倒している強盗犯の中にレコードが戻った。とあるアパートメントの一室、殴られて気を失った住人と、悪魔に意識を麻痺させられた男。確かに強盗犯は人を殺めたり金を盗むところをやる前に止まったが、それをやったのは他でもない主だ。まだ行くなと止めたのに、住人を助ける形になってしまった。
「はぁ……警察に連絡して、次に行こう……」
 また、ポタポタ頭に雫が落ちてくる。
「今日の天気予報は、曇だったんだが」
 自慢の三角の耳も、鈎尻尾もへにゃへにゃとしてしまう。悪魔の涙は感情を伝染させる。困ったものだ。
「ところにより雨、だな」
 その悲しみに、自分が昇級できないことへの不安もあるのに。彼は自分のために人間の魂を奪うことができないでいるのだ。

3/23/2023, 3:08:27 PM

【特別な存在】

 昔々、遠い昔。“円の神”が世界を全部丸く混ぜ合わせて、水を混ぜるように空をぐるぐる混ぜ合わせ、真ん中にできた渦を大地にし、回り続けるもの空にしました。少し寒くなった“円の神”は、手を擦り合わせて暖かくしました。すると、手と手の間から火が起きて、これもまたぐるぐる混ぜられて太陽になりました。暖かくなったので、今度は雲を呼び寄せて雨を降らせました。大地は潤い、たくさんの泥ができました。“円の神”はその泥の中を歩きました。泥は足で踏まれて盛り上がり、山と谷ができました。やがて苔生して草地となり、次第に大きな木を生みました。木の中に入り込んだ泥は虫となりました。“円の神”が泥を手ですくうと、泥は下に落ちました。落ちる途中で、泥は鳥になりました。落ちて低く積もった泥は、獣になりました。“円の神”はまた雲を呼び寄せ、手や足を洗いました。それらは踏んで盛り上がった泥を削っていき、川になりました。川になった水は低いところに集まって、海になりました。そして、川の中で手を洗ったときに、手から浮かんだ泥が魚になりました。海の中で足を洗ったとき、足から離れた泥が魚になりました。“円の神”はそうしてから、まだ濡れた泥があるところに息を吹きかけました。すると、強い息は風になり、風が立たせた泥たちは、人間になりました。そして、“円の神”があくびをして涙を落としたところに、ポツポツ生まれたのが、その他の神様達でした。

 今はもうできないこと、まだこの世に神様と人間が会話できた頃のこと。“走る神”と呼ばれる若い神様がいました。目が覚めるなり走り出して、太陽を大地の端から端へと運ぶのが役割でした。“走る神”は両親である“風の神”と“雨の神”に太陽の世話を任されていたので、それを誇りに思って毎日毎日運びました。
 ある日、“走る神”は人間の女の子に出会いました。運んで運んでいる時に、「いつもありがとう、おかげでとっても暖かいわ」と微笑みかけてくれたのです。
「そうかい、暖かいかい」
「ええ、沢山の花と沢山のお魚も穫れて、暖かいって素敵なのよ」
 女の子は他にもいましたが、最初に話しかけてくれた女の子は特別でした。お話をしていないときでも、“走る神”の祭壇に祈り、花を捧げてくれました。
 “走る神”は嬉しくなって、太陽をゆっくり運んで、女の子のことをずっと眺めていました。けれど、太陽は火なので、森や川が熱くなりました。そうすると皆喉が渇いてしまって、「暑い、暑い」と言いました。“走る神”の両親は二人でぐるぐる走って、大地と太陽の間に分厚い雲を敷きました。そして、“走る神”にこう言いました。
「お前が決まった速度で走らないと、大地が太陽に燃やされてしまうよ」
「太陽は夜眠るまで燃え続けているのだから、ちゃんとしなければならないの」
 “走る神”は驚きました。自分では熱くもなんともなかったのです。地上を覗いて見ると、風と水が与えてくれた優しい涼しさに、あの女の子も喜んでいました。“走る神”は後悔して、また同じ速度で太陽を運びました。
 女の子は毎日毎日、“走る神”に微笑みました。“走る神”はそれが嬉しくて嬉しくて、毎日せっせと太陽を運びました。
 ある日、“走る神”はこう思いました。
「太陽を早く運んでしまえば、あの子とお話する時間ができるんじゃないか」
 そうして“走る神”は太陽を手にするなり飛ぶように走って、大地の端へと運んでしまいました。すると、今度は太陽の火が行き届かなくなり、大地の上は冷えていきました。水は凍りつき、木々は凍った水に傷付いて葉を落とし、生き物達は身を寄せ合っていました。“走る神”の両親は驚きました。これでは二人がどんなにぐるぐる走っても、冷たい風と冷たい水が大地に落ちるばかりです。
「“走る神”よ、どうしてズルいことをしたのですか」
 “水の神”に言われて、“走る神”は黙り込んでしまいました。
「我が息子よ、お前は二度、大地の生き物達を死なせてしまおうとした」
 “風の神”は怒りました。
「何がそうさせたのか、正直に話しなさい」
 “走る神”はしばらくもじもじしてから、大地の一点を指さしました。
「あの子が毎日お礼を言ってくれるのが嬉しくて、あの子とたくさんお話したかったんだ」
 両親は顔を見合わせました。
「分かった、ではたくさん話せるように、あの子を空に上げることにしよう」
 こうして、“走る神”を応援していた女の子は、空に召し上げられました。空には“円の神”が用意した神殿があり、そこで祈りを捧げることができました。そして、祈りの時間は太陽を運び終わったあと、夜にするよう定められました。それなら、“走る神”が仕事を終わってからお話できるからです。
 けれども、“走る神”は「それならずっと夜がいいや」と、太陽を運ぶのをやめてしまいました。空はずっと暗く、女の子も大地のことを心配しました。
 ついに“走る神”の両親は怒りました。
「お前のような怠け者は、殺してしまおう!」
 しかし、そこに“円の神”が手を差し出しました。
「待て待て、お前たちの息子はこれまで随分頑張ったじゃないか。罰を与え、規則を守れば、許すとしよう。だが、次はないぞ」
 “円の神”に言われて、両親は“走る神”に与える罰を決めました。
「一年のうち、半分は今までの速度で運び、半分の半分は大地を眺めていたときのようにゆっくり運び、半分の半分は早く仕事を終えられるように急ぎ足で運ぶ。女の子を眺めていたときのようにしなさい、自分が与えられた罰の意味を忘れないために」
「女の子は毎日お前に祈るでしょうが、お前と話せるのは神殿がすべての姿を見せている時だけです、あとの日は“円の神”が隠してしまうでしょう」
 こうして、“走る神”は毎日毎日太陽を運びますが、その速度が定められ、空の神殿は月と呼ばれるものになりました。満月の夜に耳を澄ませれば、“走る神”がその女の子と話している声が、密やかに聴こえてくるかもしれません。

3/23/2023, 12:09:08 AM

【バカみたい】

 三年生になって、バスケ部を引退した。これから先やる気もない。チームメイトだった奴らは「大学でもサークルに」「社会人サークルに混ぜてもらって」なんて言ってるが、そこまでするか?
 恵まれた身長であろうが、小回りが効こうが、ドリブルで抜き去る技術があろうが、敵に回したくないブロックをしてようが、僕らは勝てなかった。それが答えだ。県大会には行けても、全国には届いても、その最初の一戦で落ちる。
 そんなもんだってのに。

「すみません、サークル決まってる?」
 入学式を終えた大学のキャンバス内はサークルのチラシを配る人、人、人。桜もチラシもごちゃごちゃになって、最後には足元に水と混ざって黒ずんだゴミになるだけ。チラシを受け取りもしなかった僕に、追いすがるような下からの声。
「いや、別に……」
 サークルに所属する気はない、と言いかけたが、ホントに、と喜色に満ちた声にかき消された。
「じゃあ見学だけでも! あっ俺二年なんだけど、敬語とかいいから。ほら、もう今日からやってんだよね、来て!」
 ぐいぐいと引っ張られる。どこからそんなパワーが出てくるんだというくらい力強い。
 連れて行かれたのは、キャンパス奥の体育棟。各種設備を一箇所に集めたもので、紹介文が正しいなら屋上に50mのプールといくつかのアーバンスポーツの練習場、二階に球技で屋内でできるものを集約する体育館、一階に剣道、柔道などの道場と更衣室がある。
 引っ張り込まれたのは二階の体育館。手前ではハンドボール、奥では──
「一年生見学来たー!」
「おー、見てけ見てけ」
 バスケットボール。数カ月ぶりに聞いた木目の床をボールが叩く音。鈍く響くゴム質のそれ。靴ゴムの軋む音。声が、聞こえる。
(辞めるって、決めたろ)
 踏み込んで行く、ボールがまるで手に吸い付くように動く。足が床を蹴りつけてボールと一緒に跳ね上がる。
(バカみたい)
 どうしようもなく、高揚してしまうんだから。

3/21/2023, 2:08:09 PM

【二人ぼっち】BL

「……行っちゃったね」
「おう」
 地元の神社の夏祭りの中日。土曜の夜に集まったクラスメイトは、花火が始まると同時に、山中にある境内から川の方へ降りるため、階段の方に駆け出していった。残されたのは将棋部の方鶴と、帰宅部……といえば聞こえはいいが、いわゆる不良の麻仁尾だけだった。
「麻仁尾くんも行く?」
 臆面もなく話しかける方鶴に、麻仁尾は言葉に詰まったらしい。少しだけ間があってから、歯切れ悪く答える。
「いや、俺は……」
 麻仁尾は頬をかいた。そもそも今回の夏祭りに来たのだって、花火を見るためではなかったのだ。家にあった父親の浴衣まで借りて、それらしくしてきた。ちら、と方鶴を見る。彼は浴衣ではなかったが、甚平姿でいて、足元もゴム草履ではなく下駄だった。
(様になってんなぁ)
 自分の足元が色褪せたビーチサンダルなのが恥ずかしい。少し隠すように足を組むが、方鶴は特に気にも留めていないようだった。
「方鶴、ちょっと、あっちの方いかねー?」
「えっ?」
 あっち、と指さしたのは、境内から下る階段の途中、道が別れた方だった。
「いいけど……肝試し?」
「……まぁ、なんでもいいからよ」
 行くぞ、と歩き出す。片手にノセられて遊んだヨーヨーを二つぶら下げて行く麻仁尾に、方鶴も綿飴を片手に付いて歩いた。
 境内の出入り口になっている階段は、行き交う人で一杯だった。はぐれないように、麻仁尾はぴったりと方鶴の隣りにいる。そのまま降りきったところで、人の間を縫って、山肌を回り込む道に歩き出す。
「どこまでいくの?」
「もーちょい」
 喧騒が遠くなる。その分暗くて、踏み固められただけの土の道は危なかった。生い茂った低木と、長くここに生えている木々の間を抜けていくと、唐突に川まで見通せる場所があった。
「ベンチとかねーけど、いいだろ。こっからなら花火、よく見えんだよ」
「わー、ホントだ、川まできれいに見えてる」
 薄闇の中、他に誰もいない。時々遠くで誰かが笑ったり、何かアナウンスしたり、有線放送でもかけてるのか、流行りの曲が聞こえたりしている。
「二人ぼっちだねぇ、みんなあっちにいるのに」
 ふふ、と面白そうに笑う声。柔らかく笑う頬を、自分だけの 視界に捉えている。下にある街灯の柔らかい光は眼鏡や前髪に反射して、そのくせ目元は暗く見えなくしてしまう。
「そーだな、あいつら、すぐ走り出してっちまったし」
 仲のいいクラスメイト達だ。麻仁尾が悪ぶった見た目でいても普通に声を掛けてくる。けれど、その関係を作ったのも、最初から臆せず話してくれたのも、みんな方鶴だった。
 方鶴のことを考えると、居ても立っても居られない。別に何ができるわけでもないのに、傍にいたくて仕方ない。だから面倒な学校も毎日行くようになったし、勉強もやるようになった。部活には行かなくても、遠目に目で追っていて……麻仁尾の生活は、もうほとんど方鶴で回っているようなものだった。
「なぁ、方鶴、俺──」
 ひゅるるる、どぉん、ぱらぱらぱら。
 唐突に花火大会は始まってしまった。
「わー……綺麗……」
 方鶴が呟く。空を見ている顔。赤や青や黄色やピンクや緑に、光が射して眼鏡が光る。髪の下で輝く目が、麻仁尾を引き付けて離さない。将棋のときの真剣な目を見てしまった時に、胸がドキドキとして止まらなくなった。
(しくったなぁ……)
 視線を花火に向ける。上手く行かないもんだなぁ、と思いながら、空に咲く花を眺める。
「ねぇ」
 どどどどどーん、と花火が連発で弾けるのと、肩が跳ねるのとで、衝撃に見舞われた。何せ耳元で方鶴の声がしたのだ。
「僕のどこが好きなの?」
「き……聞こえてた、のかよっ」
 いたずらっぽく笑う方鶴に向き直ると、彼は目を細めて、こっくり頷いた。
「ねぇ、二人になることなんてそうないじゃないか。ちゃんと、今、教えて」
 麻仁尾は思わず、胸を押さえていた。

Next