Werewolf

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【二人ぼっち】BL

「……行っちゃったね」
「おう」
 地元の神社の夏祭りの中日。土曜の夜に集まったクラスメイトは、花火が始まると同時に、山中にある境内から川の方へ降りるため、階段の方に駆け出していった。残されたのは将棋部の方鶴と、帰宅部……といえば聞こえはいいが、いわゆる不良の麻仁尾だけだった。
「麻仁尾くんも行く?」
 臆面もなく話しかける方鶴に、麻仁尾は言葉に詰まったらしい。少しだけ間があってから、歯切れ悪く答える。
「いや、俺は……」
 麻仁尾は頬をかいた。そもそも今回の夏祭りに来たのだって、花火を見るためではなかったのだ。家にあった父親の浴衣まで借りて、それらしくしてきた。ちら、と方鶴を見る。彼は浴衣ではなかったが、甚平姿でいて、足元もゴム草履ではなく下駄だった。
(様になってんなぁ)
 自分の足元が色褪せたビーチサンダルなのが恥ずかしい。少し隠すように足を組むが、方鶴は特に気にも留めていないようだった。
「方鶴、ちょっと、あっちの方いかねー?」
「えっ?」
 あっち、と指さしたのは、境内から下る階段の途中、道が別れた方だった。
「いいけど……肝試し?」
「……まぁ、なんでもいいからよ」
 行くぞ、と歩き出す。片手にノセられて遊んだヨーヨーを二つぶら下げて行く麻仁尾に、方鶴も綿飴を片手に付いて歩いた。
 境内の出入り口になっている階段は、行き交う人で一杯だった。はぐれないように、麻仁尾はぴったりと方鶴の隣りにいる。そのまま降りきったところで、人の間を縫って、山肌を回り込む道に歩き出す。
「どこまでいくの?」
「もーちょい」
 喧騒が遠くなる。その分暗くて、踏み固められただけの土の道は危なかった。生い茂った低木と、長くここに生えている木々の間を抜けていくと、唐突に川まで見通せる場所があった。
「ベンチとかねーけど、いいだろ。こっからなら花火、よく見えんだよ」
「わー、ホントだ、川まできれいに見えてる」
 薄闇の中、他に誰もいない。時々遠くで誰かが笑ったり、何かアナウンスしたり、有線放送でもかけてるのか、流行りの曲が聞こえたりしている。
「二人ぼっちだねぇ、みんなあっちにいるのに」
 ふふ、と面白そうに笑う声。柔らかく笑う頬を、自分だけの 視界に捉えている。下にある街灯の柔らかい光は眼鏡や前髪に反射して、そのくせ目元は暗く見えなくしてしまう。
「そーだな、あいつら、すぐ走り出してっちまったし」
 仲のいいクラスメイト達だ。麻仁尾が悪ぶった見た目でいても普通に声を掛けてくる。けれど、その関係を作ったのも、最初から臆せず話してくれたのも、みんな方鶴だった。
 方鶴のことを考えると、居ても立っても居られない。別に何ができるわけでもないのに、傍にいたくて仕方ない。だから面倒な学校も毎日行くようになったし、勉強もやるようになった。部活には行かなくても、遠目に目で追っていて……麻仁尾の生活は、もうほとんど方鶴で回っているようなものだった。
「なぁ、方鶴、俺──」
 ひゅるるる、どぉん、ぱらぱらぱら。
 唐突に花火大会は始まってしまった。
「わー……綺麗……」
 方鶴が呟く。空を見ている顔。赤や青や黄色やピンクや緑に、光が射して眼鏡が光る。髪の下で輝く目が、麻仁尾を引き付けて離さない。将棋のときの真剣な目を見てしまった時に、胸がドキドキとして止まらなくなった。
(しくったなぁ……)
 視線を花火に向ける。上手く行かないもんだなぁ、と思いながら、空に咲く花を眺める。
「ねぇ」
 どどどどどーん、と花火が連発で弾けるのと、肩が跳ねるのとで、衝撃に見舞われた。何せ耳元で方鶴の声がしたのだ。
「僕のどこが好きなの?」
「き……聞こえてた、のかよっ」
 いたずらっぽく笑う方鶴に向き直ると、彼は目を細めて、こっくり頷いた。
「ねぇ、二人になることなんてそうないじゃないか。ちゃんと、今、教えて」
 麻仁尾は思わず、胸を押さえていた。

3/21/2023, 2:08:09 PM