【見つめられると】BL
「何?」
「な……なんでもないです」
同じ会社、同じ部署、お互い内勤職。十歳下の中途採用の樫野貴元。彼の視線は鋭い。三白眼、険しい眉、聞けば大学時代までアマチュアプロレスでそれなりに活躍していたらしい。あまり口数の多くない彼が飲み会で喋らされていたのはそのくらいの内容だった。
(それと、同性愛者、なんだっけか)
結婚や彼女の話をあまりに持ちかけられたせいか、彼は、とても気が重そうに、女性に感じるところはない、男の方が好きです、と、静かに答えた。昭和体質の自社だが、それが藪蛇だったことは分かったらしい。その場にいた誰もが、ただ、申し訳ないと謝罪した。そして以降は誰もその話題には触れない。巻き込みで若い女性社員に対してもやらなくなったので、ある意味良かったのかもしれなかった。
(でも、こう熱心に見つめられると、多少イタズラしてみたくなるような……)
それが、いわゆるセクハラに当たるとわかっていてやりたがってしまう自分を馬鹿だなぁ、ガキだなぁと思っている。
(惚れてるのか、と聞いたら、なんと答えるんだろうな……)
考えるに留める。こういうところが妻だった人との離婚を招いた気もする。いつまでも子供っぽい自分は、きりりとした真面目な彼女と合わなかったのだろう。娘はそろそろ高校生、円満に後腐れなく離婚したので、養育費も支払っているし、娘は彼女の家に住んでいるが、ちょくちょく顔を出す。三人で食事に行くこともある。お互い、一つ屋根の下にいなければ、それで穏やかに過ごせている仲だ。
彼とならどうだろうか、と対面の席に座って、忙しなくマウスを動かす樫野を見る。生真面目で、納期も守る。何故彼がデザイン事務所などで働こうと思ったのかは知らないし、それが合ってないわけでもない。見やすい文字の配置、目立たせるものを目立たせ、細かい情報はまとめる力。引き締まったデザインを作らせると上手い。ポロシャツとジーパンで、足元は大抵スニーカー。酒は少し飲むが、煙草はやらない。スポーツ刈りで、投げられて少し潰れの癖でもついたような耳が特徴的だ。
「長家さん」
声を掛けられて、長家は眼鏡の向こうから少し眠たい目を持ち上げる。
「……なんですか?」
「君の真似」
うぐ、と向こうで息を詰めた。
事務所の中の、ポスターやビラなど広告をメインとする部署は、長家と樫野の二人だけだ。営業は朝夕にしか訪れず、事務アシスタント達もおやつ時や郵便、宅配でもない限り寄ってこない。ずっと二人きりだ。
「樫野くんさ」
そう思ったら、留めていたものが口に出ていた。
「そんなに見つめられると、僕、何かなって思っちゃうよ」
3/28/2023, 1:14:46 PM