Werewolf

Open App

【ないものねだり】BL

「しかし意外でした、Kaedeさんとカルノ選手がご友人というのは」
「ええ、よく言われます。僕にとっては得難い友人で、今でもプライベートでよく会ってますよ」
 Kaedeは屈託のない笑顔で司会者に応えている。カルノと呼ばれた覆面レスラーは、日頃着ることのないスーツ姿で緊張していた。人前に出ること自体には然程抵抗も緊張もないが、自分の言動次第で人気アイドルグループ“Euphoria”のKaedeの株を落としかねない。
 バラエティ番組の、バトン式のインタビューコーナー。前回のゲストがKaedeを指名したらしい。ゲストは必ず一人誰かを連れてきて、その誰かと会話することが望まれる。例えば前からファンだった相手や、話してみたかったという人物、或いはジャンルを越えた知人だったり、家族を連れてきたりと、ゲストの連れてくる相手の内容は問われない。ただ、極力同じグループやチームの人間ではないほうが良いとはされるらしい。
 だからって、アイドルが覆面レスラーを選ぶなんて、とカルノは依頼された時には頭を抱えた。
「カルノ選手はKaedeさんとの出会いを憶えていらっしゃいますか?」
「えー、あ、そうですね」
 ちら、とKaedeを窺う。あ、懐かしい話? と相槌を打つ目は優しい。だが、どこか濁ったものが見えた。多分本当のことを話してはいけないんだろうと察して、カルノは半分だけ本当のことを話すことにした。
「中学に入学してすぐ、同じクラス、同じ班になった、というのがきっかけです。たまたま同じゲームをやっていて、話が弾んでしまって」
「当時流行ってたシリーズ物だったんですけど、同じところで躓いてて」
 と、Kaedeが引き受けた。そうなんですねー、と分かってるんだか分かってないんだか分からない返事のあと、その頃からずっと交友を続けているのか、という問いが続く。
 カルノはまた、ちらりとKaedeを窺った。笑顔に嘘はなさそうで、今の回答で大丈夫そうだ、と判断する。

「周輔っ」
 のし、と背中に重み。番組の収録の後、Kaedeこと下井田楓と、カルノこと加留部周輔は、一度事務所に立ち寄ってから、別々のルートで都内のホテルにいた。所謂VIPやスイートルームで、裏手の専用口から人目を気にせず入れる部屋だ。後から来た周輔が玄関で靴を脱いでいたところに、楓が伸し掛かってきたのだ。
「お疲れ様、今日、来てくれてありがとね」
「ん、いい。緊張はしたが、お前の瑕疵になってないなら構わない」
「もう、お固いんだから」
 笑いながら酒を飲んでいる。楓は周輔の背中に被さりながら、ちゅ、と首にキスをした。
「ごめんね、また言えなかった」
「馬鹿言うな、言ったらアイドル続けられないんだから」
 周輔は靴を脱ぎ終えると、楓の方に向き直る。
 楓は華奢には見えるが均整の取れた細い筋肉に覆われ、造形の美しい顔立ちをしている。メイクをしている時のキリリとした顔立ちが人気だが、周輔は少し柔らかな線の出る素顔の方が好きだった。
「俺が言ったら、周輔も続けられなくなる?」
「どうだろうな、こっちは公言してる選手もいるにはいるが……」
 そっかぁ、と酒の匂いがする息を吐きながら立ち上がる。周輔もそれに倣って、リビングになっている方へ向かった。
「ねぇ、別れる?」
「また言うか。俺からは絶対にない」
 楓は度々そう尋ねてきた。周輔はくどいと思っても、何度でもそれを否定する。自分も少し、そういう気分になることがあるからだ。
「早くもっと、僕らみたいのが認められるといいなぁ」
「ま、アイドルに恋人や伴侶がいるってのは、大分物議を醸すがな」
 ふふ、と楓は笑う。周輔がなにか言う前に、胸にどん、と飛び込んできて抱きつく。
「俺の大きな熊さん。俺にない強くてカッコいい体、大好きだよ」
 それが本当のきっかけだった。同じクラスで、同じ班で、なにかスポーツやってるの、カッコいいね、と腕に触れてきたのが楓だった。
「俺も……お前の細い骨格と、優しい声が好きだよ、俺の可愛い……」
 いつも、なんと呼ぶか迷う。小鳥と言ったらそんなに小さくないと膨れられ、竪琴と言ったら動物にしろと言われ、難しいな、と首を傾げる。
 覆面プロレスラーカルノの部屋が、実は世界各国のアイドルの写真で埋め尽くされていると言ったら、きっと誰もが笑うだろう。幼い頃から憧れた世界だった。
 それを、見方によっては恵まれた体躯と、天性の才能がそれを許さなかった。変声期に声も嗄れて、万に一つの望みさえ失った周輔に、「俺はスポーツ選手になれないから」と、傷付いた膝を見せたのが楓だった。それでもやれること、できることに食らいついて、彼はアイドルとして華々しい世界に身を置いた。互いの夢を、互いに叶えあってここまで来た。
「俺の可愛い、狼さん」
「……及第点」
 はぁ、と胸を吐息がくすぐる。周輔は楓をギュッと抱き締めた。少し下にある頭に頬ずりする。お互いの世界でその生命を終えるまで、きっと終えても、こうして抱き合っているのだろうと思いながら。

3/26/2023, 5:14:00 PM