『秋恋』
ただ寒いだけで心にぽっかりと穴が空く。
「急に寒くなったね」
「ね。寒いだけでなんだか寂しいよ〜」
「なら、これで寂しくない」
その子の手は冷たかったけど、温かかった。
「静寂の中心で」
隣の席の子は無表情だ。
呼び出されても、誰かに声をかけられても、冷たい眼差しで彼らのことを見る。
別に、仲良くなりたいわけじゃない。
でも、何となく、私と似ているような気がした。
そして彼女は、学校へ来なくなった。
「長谷川さ〜ん
今日一緒に帰らない?」
「うん、帰ろ〜」
あの子は、本当に1人だったのだろうか。
今思えば、1人ではなかっただろう。だが、独りであった。
彼女はいつも寂しそうに本を読んでいた。本を見つめる瞳はどこまでも優しかった。
彼女はどこか人を寄せ付けなかった。“あなた達と関わりたくない”そんなふうに言っているような気がした。
かという私も、“ともだち”と、名ばかりだけの関係を周りと築き、私は、自身と向き合えていない。誰とも向き合えていない。
彼らのことを信じる、それは私にとっては心臓を彼らに預けるのと同義であった。
私は、誰かに握られる、誰かのものになる、そういうのが嫌だった。
「ねえねえ、昨日のテレビみた?」
「見てない〜」
「ひどーい!昨日は私の推しが出るから見てって言ったじゃん!」
彼女はかわいい。
素直に自分を表現している。
それをよく思わない人もいるが、私はそんな彼女が好きだ。
「ごめんね、でも録画してあるから今日みるね。」
「……うん。
……ねぇ、長谷川さん、私の事嫌い?」
「私が誰かを嫌うなんて、そんなことは今後ないよ。」
これは本当だ。
誰かを嫌いだと思える瞬間があるなら、私はその間に誰かのことを好きだと思いたい。
「なら、好き?」
「うん、好きだよ
昨日は課題が終わらなくて……そういえば、やった?」
「……!!忘れてた、教えて欲しい……!」
「うん。いいよ。」
素直で、真面目で、そして少しだけ自己中心的。
振り回されることが多く、彼女はよく突っ走るが、気づいたら私の横にいる。
そして、彼女が私のことを好きなのは目に見えてわかる。
真っ直ぐに愛を表現してくれるこの子は、私にとってかけがえのない存在だ。
「そういえば、隣の……えっと……糸川さん?学校来ないね。風邪が長引いてるのかな。」
……まさか、本当に風邪だと思ってるのかな。
まぁいいや。
「うん。そうだね。
……そんなに気になるならお見舞いに行く?」
「行く……!!って思ったけど、家の場所わかんない……」
「ふふ、先生に言ってプリント届けに行こうか。」
「うん!
早く治るといいな〜」
この子が笑ってくれるなら、私はなんだってする。
誰もいなかったこの静寂な世界で
彼女は私に音を授けてくれた。
色を付けてくれた。
人は、これを“感情”と呼ぶ。
「燃える葉」
9月終わりの放課後
どことなく浮ついた教室の雰囲気に、なんとなく取り残された気がする、ひとつだけの影。
私は誰の目も合わせずに帰路に着いた。
少し前に、近所のおばさんに、「この前の英語のテストよかったんだってねぇ、うちの息子も見習って欲しいわ」と、言われた。
母親はあまり近所の人と交流はしないので、どこかで私の情報が漏れてるのだろう。
私のことなのに、私がいない世界で勝手に自分のことが広まっている、知られている。
そこに、私はおらず、輪郭だけが不透明に描かれている。
気持ち悪くて、吐き気がして、家へ帰って私はトイレに駆け込んだ。
涙が止まらず、嗚咽を漏らし続けた。
いつ、誰が私を見ているかも分からない。
もしかしたら、今この瞬間も誰かがみているかもしれない。
恐くて、恐くて、布団にくるまり、自身を抱きしめ、その日の晩はずっと震えていた。
私は次第に学校へ行かなくなった。
外へ出るのが怖くなった。
太陽にさえも笑われているような気がして、足が震えた。
この世界で誰1人私の味方はいない、そう感じた。
でも、それでも、この移り変わる景色は美しかった。
まるで、一つ一つ手編みされた絨毯のようで、紅、黄、茶、と、彩られ、夏の暑さを包み込む優しい風のように、私を包み込んだ。
ふと目に入ったもみじの栞。
小さい頃に拾った大きなもみじ
それを本の栞にしてもらい、私はその栞を使うために本を読んでいた。
本は好きだ。
本は、私に静かに語りかけてくれる。
本は私を受け入れてくれる。
言の葉は、私と本を、紡いでくれる。
私は布団からそっと顔を出し、紅葉に染る木々をそっと眺めた。
ふと見た、山々の葉は燃えるように叫んでいた。
「今日だけ許して」
今日の月はお寝坊さんなのか、皆が寝る時間にのこのこと姿を現した。
無音がうるさい真っ暗な夜道に、フラフラな足取りで帰宅した。
扉を開けてもそこには誰もおらず、脱ぎ散らかされた靴に、何日前からも放置している濡れている傘に、脱ぎっぱなしの靴下。
はぁ、と溜息をつき荷物と共にベッドへ倒れるとそのまま睡魔が襲ってきた。
(メイク、落とさないと……あぁ、明日レポート提出だ……えっと……資料は……)
あの山積みになっている本の山の中に資料があることを思い出し全てのやる気をなくした。
せめてメイクだけでもと洗面場へ向かえば、向かう途中の服を踏んでしまいずっこけてしまった。
もう、これは早く寝ろと神さまが言ってるんだ。そうだ。きっとそうだ。
私はもう開き直ることにし、雑に洗顔を済ませたあと服を脱ぎ、ベッドへ再び横たわった。
ブー、ブー、と通知音がなり私は何も考えずにスマホを開いた。
友達からの連絡が入っていた。
グループLINEも動いているようで、何やら今度同窓会を企画するらしい。
私は何度目か分からない溜息をつき、そのまま電源を切った。
今日だけ許して。
遠い足音
閉店間際の小さなカフェ
外は激しい大雨。少し離れた地域では土砂崩れの注意報が確かでていたなと、思い出した。
モップ掛けをしている私は思わず欠伸をしてしまった。
もう閉めてしまおうか──そう店長が言った時、ベチャベチャという水音にカランカランと店内のウィンドチャイムが鳴り響いた。
「──すみません、もう閉店ですよね」
「いらっしゃいませ。
はい、そうですが──」
「いいよ、通して」
店長の淡白とした答えが帰ってき、私はそのお客さんを席まで案内した。
(モップ、また、かけ直さないと)
彼女は泥のついた、巫女服のような服を着ていた。
コスプレ?でも、なにか違っていた。
私は視線を悟られないように微笑み、メニューを渡した。
「えっと、ホットミルクをひとつ、お願いします」
「かしこまりました。」
店長は鼻歌混じりでホットミルクを注ぎ、そして、
「これ、サービスで」
と、私の好きなたまごサンドを用意した。
私がムスッとしていると気がついたのか、店長は吹き出し、私の頭を撫でた。
「お前の分もあるからそんな顔するな」
「やった〜!」
「最後の締めまでよろしくな」
「………はーい。」
彼女のところまで運ぶと、彼女はハンカチーフで髪の毛を拭いている最中であった。
私に気がつくとその手を止め、髪を後ろへ戻した。
「こちら、ホットミルクでございます。
たまごサンドはサービスとなっております。
ごゆっくりどうぞ〜」
本当は早く帰って欲しかったが、ごゆっくりどうぞ以外の最後のセリフが分からないため、どれだけ忙しくてもそう言ってしまう。
「ありがとうございます。」
彼女は少し驚き、そして、優しく、嬉しそうに笑った。
笑顔は、とても素敵な人だった。
私は暇なので、せっかくなら少しはお話しようかなと、思い切って話しかけた。
「どこから来られたんですか?」
「えっと……ここからは、遠いですね。
はい、遠いです。」
手を温めるかのようにコップを手のひらでつつみ、彼女はホッとため息をついた。
彼女は不思議な人だった。
話せば話すほど、疑問が深まる人であった。
何故か彼女と話せば頭がふわふわした。
声が柔らかく、ゆったりとしゃべり、時間の流れが緩やかに感じた。
店長も珍しくそのお客さんに興味を持ち、片手にはコーヒーを持っていた。
ずるい!私もなにか飲みたい!と思ってればさすが店長、私のために砂糖たっぷりのホットミルクを用意してくれた。
「お釣りは──円です。
ご利用ありがとうございました〜」
あ、お客さん、傘の貸出──
と、扉を開けたら、あのガラスをうちつけるかのような大雨を降らしていた空とは全く思えないほどの満点の星空であった。
そして、“ありがとう” と、書き置きされた手紙が置いてあった。
これは、今年の夏が最後に残した、遠い足音であった。