君と見たあの桜はどこまでも美しかった。
桜は1年の眠りにつき、この暖かい春に優しく微笑む。
けれども、その優しさはどこまでも儚く、ぽとりと落ちている桜の花びらはまるで自信をなくした君のようだった。
そっと君の手を握るとあなたは悲しそうに笑った
春爛漫
桜が陽に照らされて狂い咲くように、貴方はまるで花が微笑むように咲らい、そして桜のようにすぐどこかへ行ってしまった。
けど、また、会えるよね。
さようなら
そういうのは簡単だけど、心は直ぐに言うことを聞いてくれない。
止まらない涙に、震える身体。
もう、本当に二度と会えなかったらどうしよう。
こんな気持ちになるなら言わなかったらよかった。
後悔ばかり重なる言動に嫌気がさした。
彼の背中ばかりみつめて、私は前を向こうとしない。
どうしたら、いいの?
ねぇ、また、本当は、また会いたい。
Bye bye. Hope to see you again...
We hope you are too.
君と見た景色はどこまでも色鮮やかで、暖かくて、ほんの一瞬期待してしまった。
このままずっと俺の傍にいてくれると。
その暖かい温もりを逃がしたくなくて必死になればなるほど、 君は遠ざかり、少し手を離せば君は頬を膨らませ怒り、でも、それでも、俺のそばにいてくれた君は俺の愛する人で、かけがいのない人で、俺と君は住む世界が違うくて。
部屋にスーツを脱ぎ捨て、硬いベッドに寝転んだ。
何日も寝ていなかった疲弊しきった目には隈があり、充電は既になくて、充電器に指し、電源がつくと大量の通知音に、彼は溜息をつきながら電源切った。
部屋から差し込む暖かい月の光は彼にとってはただの邪魔の存在でカーテンを勢いよくしめ、何度目か分からない溜息をつきそっと手を伸ばした。
そこにはコーヒーの缶があり、震える手でそれを空け一気に飲みきれば立ち上がり、ガラッと窓を開けた。
あの日見た夜景は何一つ変わっていなくて。
変わってしまったのは俺だけだった。
カリ、カリ、とドアを引っ掻く音が聞こえ、最初は無視していたが無性に気になりドアをそっと開けた。
そこには、あの人が気に入っていたイヤリングと同じ目の色をしていた猫がいた。
猫は何も言わずに部屋へ押し入れば、窓の前で立ち止まり、俺をじっと見つめた。
『まだ、わたしはあなたのそばにいるよ。』
「ひっく……」
「まーた泣いてる、どうしたの?」
「ままに、怒られたぁ」
「ちゃんと謝ったか?……まだなら、兄ちゃんと謝ろ、な?」
「……うん」
紅い夕暮が差し掛かる少し前、公園の大きな木の下に弟はいた。
どうやら、母さんのお気に入りの花瓶を割ったらしい。
だからあんなに機嫌が悪かったのか。
帰り道、母さんの好きな野菜コロッケでも買って帰るかぁと思いながらまだ泣きべそをかいているこのちびっこをちらりと見た。
まだまだ小さな手で、数年が経てばこいつには反抗期が来て俺なんかと手を繋がなくなるんだろうなぁと思い、ふと、握る手が強くなった。
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「覚えてる?兄貴、俺が─5歳くらいの時、母さんの花瓶割ってさ、俺
……その時、帰り道、母さんのコロッケと、俺に肉まん買ってくれたじゃん
嬉しくてさ
だからさ……。
…………兄ちゃん………なんで、何も言わなかったの……何か言ったら、助かったかもしれないのに……
こんな、遺書なんか残して……っ」
電子音すら鳴らない病室に嗚咽が響き渡り、白い布を被った兄は今、どんな顔をしているのだろう。
冷たくなった手を握った。
いつも、俺を優先してくれた、優しい兄
たまに怒ると怖い兄
でも、その後にいっぱい甘やかしてくれる兄
俺の事を大好きだと、自慢の弟だと、嬉しそうに笑う兄
全部が全部、愛おしくて、離したくなくて
──ねぇ、俺も、連れて行ってよ
いつの間にか意識を手放していたのか、すっかり眠っていたようだ。
目の前には目を真っ赤に腫らした兄が立っていた。
怒っていた。
「……兄ちゃん」
でも、目の前に兄がいることが嬉しくて、俺は笑った。
兄も今にも泣きそうな顔で笑った。
そっと手を繋いで、2人は歩いた。