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遠い足音




閉店間際の小さなカフェ

外は激しい大雨。少し離れた地域では土砂崩れの注意報が確かでていたなと、思い出した。

モップ掛けをしている私は思わず欠伸をしてしまった。

もう閉めてしまおうか──そう店長が言った時、ベチャベチャという水音にカランカランと店内のウィンドチャイムが鳴り響いた。

「──すみません、もう閉店ですよね」
「いらっしゃいませ。
はい、そうですが──」

「いいよ、通して」

店長の淡白とした答えが帰ってき、私はそのお客さんを席まで案内した。

(モップ、また、かけ直さないと)



彼女は泥のついた、巫女服のような服を着ていた。
コスプレ?でも、なにか違っていた。
私は視線を悟られないように微笑み、メニューを渡した。

「えっと、ホットミルクをひとつ、お願いします」
「かしこまりました。」



店長は鼻歌混じりでホットミルクを注ぎ、そして、
「これ、サービスで」
と、私の好きなたまごサンドを用意した。
私がムスッとしていると気がついたのか、店長は吹き出し、私の頭を撫でた。

「お前の分もあるからそんな顔するな」
「やった〜!」
「最後の締めまでよろしくな」
「………はーい。」

彼女のところまで運ぶと、彼女はハンカチーフで髪の毛を拭いている最中であった。
私に気がつくとその手を止め、髪を後ろへ戻した。

「こちら、ホットミルクでございます。
たまごサンドはサービスとなっております。
ごゆっくりどうぞ〜」

本当は早く帰って欲しかったが、ごゆっくりどうぞ以外の最後のセリフが分からないため、どれだけ忙しくてもそう言ってしまう。

「ありがとうございます。」

彼女は少し驚き、そして、優しく、嬉しそうに笑った。


笑顔は、とても素敵な人だった。
私は暇なので、せっかくなら少しはお話しようかなと、思い切って話しかけた。

「どこから来られたんですか?」
「えっと……ここからは、遠いですね。
はい、遠いです。」

手を温めるかのようにコップを手のひらでつつみ、彼女はホッとため息をついた。

彼女は不思議な人だった。
話せば話すほど、疑問が深まる人であった。
何故か彼女と話せば頭がふわふわした。
声が柔らかく、ゆったりとしゃべり、時間の流れが緩やかに感じた。
店長も珍しくそのお客さんに興味を持ち、片手にはコーヒーを持っていた。

ずるい!私もなにか飲みたい!と思ってればさすが店長、私のために砂糖たっぷりのホットミルクを用意してくれた。




「お釣りは──円です。
ご利用ありがとうございました〜」


あ、お客さん、傘の貸出──

と、扉を開けたら、あのガラスをうちつけるかのような大雨を降らしていた空とは全く思えないほどの満点の星空であった。


そして、“ありがとう” と、書き置きされた手紙が置いてあった。


これは、今年の夏が最後に残した、遠い足音であった。

10/3/2025, 5:22:37 AM