創作 「流れ星に願いを」
「じゃーん。手作りのお菓子だよ、食べて食べて」
小さなクーラーボックスからカップ入りのゼリーを取り出して文芸部の友人たちの前に置く。甘いもの好きな二人は目を輝かせた。
「うわぁ、きらきらしてる、うまそう!」
「本当きれいなゼリー。幻想的だね」
寒天で作った紺色の星空ゼリー。カップの底から紺色と透明の二層になっており、少し傾けると、中に仕込んだ金粉がきらきら流れ星のように光る。そして、うえにミントの葉をのせた爽やかな一品だ。友人がそっとスプーンで掬って口へ運ぶ。
「ひんやりしてぷるぷる。中にはブルーベリージャムが入ってるんだね。おいしい、これ」
「そうなの。ジャムも手作りしたんだよ」
二人とも夢中でゼリーを食べ、あっという間に平らげたのだった。わたしは嬉しくてニコニコしながらカップとスプーンを回収した。
友人たちには内緒だが、このゼリーはわたしの好きな本の文章から感じた味を再現したものなのだ。流れ星がモチーフの甘酸っぱくて、爽やかな味の本だった。
「ゼリーおいしかったぁ、あたし頑張ってみる」
「よっしゃ、俺も書くぞー」
休憩した二人は元気が出たようでわたしは安心した。今度は友人たちが作った文芸作品も再現してみようか。そんなことを考えながら、わたしは部室をあとにしたのだった。
(終)
創作 「ルール」
彼女が原稿用紙の文章を消しゴムでがしがしと消している。彼女が気に食わないことを書いてしまった時に良く見る光景だが、一体何を書いていたのだろうか。
「筆が止まってるね?」
「交通ルールについての作文だったんだけど、上手く書けないの」
彼女は消しゴムのかすを机の隅に寄せながら言う。原稿用紙は題名と彼女の名前以外はすっかり消されてしまっていた。
「珍しいな」
「でしょ。あーあ、今回の資料はいらなかったな」
彼女の自嘲を含んだ言葉に俺はムッとする。彼女は資料に基づいて公平な文を書くのが得意であるはずだ。実際、それで賞をいくつもとってきた実力がある。
「は? 賞をとりたくないのか」
俺はわずかに怒りをにじませ尋ねた。だが、彼女は疲れたように天井を見る。
「まぁ、受賞できるのは嬉しいよ。だけど、期待されるのは苦手なの。それにね」
彼女は言葉を切り慎重に口を開く。
「あたし、たまに自分で書いた文章が怖いと思うことがあるの。テーマによっては私情を挟んで語気が強くなることがあるから。それで硬い文体でこうあるべきだって書いちゃうの」
彼女は顔を両手で覆い深く息を吐く。
「あたし、そんなふうに書きたくない。もっとやわらかくて、かろやかな意見を書きたいの……」
俺は静かに衝撃を受けていた。彼女は書くことに関しては遠慮の無い人だと思っていた。テーマに合わせて思ったことをストレートに表現しているのだと俺は思っていただけに、彼女がそんな悩みを持っていたとは知らなかった。
「ねぇ、どうしたらキミみたいな柔軟な書き方ができるの。教えてよ」
彼女はそう言い、俺の目を見つめるのだった。
(終)
「今日の心模様」
書架にずらりと並んだ背表紙。
・豪奢なドレスや着物を身に纏った姫君の物語
・怪しげなローブの魔術師の邪悪な奇譚
・甘く艶やかな愛と欲を描く恋愛ドラマ
・頭脳明晰な探偵の靴音高い推理にサスペンス
・鳥肌必至の怪談または血腥いホラー
・遠い宇宙や時空にロマンを詰め合わせたSF
・日本の歴史に思いを馳せる時代小説
・知らない町並みに出会いと別れの旅行記
・部活に勉強に友情、制服が似合う学園もの
・働く大人のプロ意識が光る、お仕事小説
・強大な敵に苛烈で熾烈な技で挑むバトルもの
・心暖まり、時に切ない動物のお話
・あらゆる国の料理に舌鼓、グルメ小説
・ほっと一息、部屋着姿の日常話
その他諸々……
さて、今日の心模様ならどれを選ぶ?
創作 「たとえ間違いだったとしても」
親愛なるボクの友人へ
聞いてくれ、ボクの研究がようやく王に認められたのだよ!
どうやら今の今までボクが卑屈になっていただけのようだ。だが、多くの魔法使いたちを不安に陥らせたのは事実だ。これからも気を引き締めて、研究を理解してもらえるように説明していくよ。
今までキミには多大な苦労させてしまったね。
たとえボクの研究が間違いだったとしても、キミはボクたちを信じてくれていた。「うで」が安全なものだと、ボクと一緒に王へ進言してもくれた。
キミには感謝してもしきれないよ。本当にありがとう。
───・───より
額に入れられ壁に掛けられた科学者の手紙を、ヒトの腕の形をした人工知能は眺める。彼が老衰で亡くなるまで人工知能に見せなかった手紙は、およそ千通を越えていた。
ちなみに 何百年も前に魔法は途絶え、その後すぐに王の都は滅びた。そして、一人の科学者が遺した文章執筆用人工知能「うで」は彼の親類の子孫が引き取り、科学者の博物館の案内人として、現在も活躍中である。
(終)
創作 「雫」
オランダの涙と呼ばれる滴形のガラスがある。
丸い部分をハンマーで叩いても割れない程、丈夫なガラスなのだそう。 ただし、細く伸びる尾を折るとガラスは呆気なく砕けてしまうのだとか。
カチリと蛍光灯がつき俺はのろのろと本から顔を上げた。お菓子と飲み物を抱えた彼女が苦笑いしつつ部室に入って来る。
「ほら、カフェオレとおやつ」
「……ありがとう」
「残念、だったね。小説コンテストの結果」
「うん」
「でも、全国大会に初出品で佳作は凄いことだよ!」
そういう彼女は、文章を書かせればあっさり最優秀賞やら特別賞やらをとってしまう。文章の出来に波がある俺とは、月とスッポンだ。そんな彼女からのありがたい慰めの言葉を、深いため息で吹き飛ばす。
「泣いてるの?」
彼女が心配そうに、俺を覗き込む。俺は顔を見られたくなくて本を顔の前にもってきた。来年こそ、彼女を越える。そう、宣言したい。なのに、涙が止まらず、声にならない。
そのガラスは、俺に似ている。打たれ強いのに、もろい。心の尾を折られた俺は、溢れる悔しさの雫をしばらく止められなかった。
(終)