創作 「夢見る心」
あれから嫌な夢ばかりみていると、詩人はこぼす。各国の王や大貴族の耳ばかりを悦ばせるのはうんざりだとも。寡黙な音楽家はギターを調律する手を止めて詩人の話を聞いていた。すると、詩人は、わずかに雲のかかる夜空を仰ぎながら続ける。
「夢を忘れてふんぞり返る奴らへのごますりなんて、俺の本望じゃないんだ!」
そして、ふん、と鼻を鳴らし、酒が揺らぐカップに目を落とす。しばらくの沈黙の後、苦し気に言葉を吐いた。
「しかし、皮肉なもんだが、俺らがこうして食うに困らず音楽の旅ができてるのは、奴らの財布から出たもののおかげなんだよな」
わずかに残った琥珀色の酒をあおった詩人は、乱暴にカップを置いて、テントに入っていく。 随分やさぐれた物言いだったと、音楽家は肩をすくめ、ギターの調律に専念する。ふと、音楽家の脳裏にとあるメロディーがよみがえった。調律したばかりのギターを抱え直して、弦を弾く。
粒のようだった音はみえない糸にとおされ、一纏まりの曲となった。素朴でわずかに光る、おもちゃのブレスレットのような音楽が辺りを穏やかに囲う。
詩人はテントの中で、音楽家のギターの呟きを聴いていた。二人がまだ子どもだった頃に夢中で作った曲のひとつ。やがて、その音色を枕に詩人は寝息をたてるのだった。
(終)
「届かぬ想い」
届かないと思った言葉ほど、案外届いている。
かと思えば、何度伝えても理解されないこともある。
ほんと、説明するのって難しい。
創作 「神様へ」
もう、見慣れた文言。境内に数多く納められた絵馬や、七夕の短冊、祈りの言葉に、祝詞。言語は違えど、神様にお願いしたい気持ちは万国共通なのだろう。
ただ人間たちに、ひとつ言いたい。
「自分、農業の神なんだけど。縁結びとか、病平癒とか勝負ごととか専門外なんだけど!?」
腹の底からの叫び声に、玉砂利の掃除をしていた神主がビクリと肩をはねあげ、社を振り返った。
しかし、人の目には何者も映らない。社の階段でうなだれていた叫び声の主は背後から肩をたたかれた。
「わっ、いつのまに」
「まあまずは、落ち着くにゃん」
「なにもできない訳じゃ、にゃいのでしょう」
賽銭箱の横に、二匹の猫のあやかしが並んで正座をし、お茶を喫していた。
「にゃん、新米のいなりきつねの様子を見に来たら、案の定にゃんね」
「うう、どーしたら良いのでしょう」
新米きつねは、猫のあやかしにすがりつく。
「10月になったら、八百万の神々の会合があるにゃんよ」
「そこで、縁結び成就の講習を受けるのにゃん」
「え、講習?」
新米きつねはきょとんとする。
「そうにゃ。にゃあたちも受けたことあるにゃんね」
「え、どんちゃん騒ぎするんじゃ……」
「にゃっ、勘違いするな。神様は願いを叶える存在にゃんよ。神はにんげんさんの信仰を受けないと、消えてしまうにゃ」
「えぇ……消えるのはいやです」
しょんぼりする新米きつねに猫のあやかしはニコニコと笑いかける。
「大丈夫にゃ。いなりさまは強力な神様にゃ。自信を持って、色々と学んでいくのにゃん」
猫のあやかしたちの助言で、大事なことが見えてきた。
「……自分、がんばります!」
「じゃあ、にゃあたちは帰るにゃん」
「また来るにゃあ」
猫のあやかしたちはとことこと帰ってゆく。入れ違うように一組の夫婦が参拝にやってきた。
「神様へ、来年もまた二人で桜をみられますように。どうぞよろしくお願いいたします」
今の自分にできることは、植物や人間にとって過ごしやすい気候を整えること、あとそれから……。
新米きつねは知恵を絞り、人間の願いを叶えられるように奮闘するのであった。
(終)
創作 「快晴」
青色に染まった筆先を、ガラスのコップの水で洗う。みるみる水に色が溶け、すっかり筆先は元の色に戻った。今度はパレットから白をすくい、馴染ませてから、様々な青の上にのせて、薄くのばしていく。やがて、白は波しぶきになり、海の絵が出来上がった。
ものの数十分で海を描きあげた少女は、なにやら不満そうに首をひねった。紙の上半分には何も描かれていない。どうやら空をどう描こうか考えているようだ。
海の色をみるに、夕方ではないらしい。だが、少女は筆を置き、窓の外を見た。雲ひとつない、空。
少女はまじまじと空を見つめると、あっと声をあげた。そして、再び筆をとると思い描く色を作り、空白を埋め始めた。
光、空気、透明感。全てを描き込み、絵が完成へ近づいていく。やがて、少女は筆を置き出来上がった絵をみた。満足そうにうなずいて、うんと伸びをする。
絵のタイトルはもちろん、快晴だ。
(終)
創作 「遠くの空へ」
街の高台にある公園で、わたしは友人とおしゃべりをしていた。すると、友人は緩くブランコをこぎつつ、ぽつりと呟く。
「じゃあ、本当にそういう感覚を持ってるんだね」
「うん。今までごまかしてて、ごめんね」
わたしには、文章に味を感じるという不思議な感覚がある。でも、幼い頃に言われた一言で、この感覚があることを隠すのがわたしの日常だった。 だけど、わたしは今日、少しだけ勇気を出して信用できる友人に話をしてみたのだった。
「話してくれてありがとう。あたし、嬉しかったよ」
友人は穏やかに言い、照れたように微笑んだ。
わたしもつられて笑った。
そして、友人はブランコをゆっくりとこぐ。
「じゃあ、きみのおすすめの本、教えてよ。感じた味も交えて」
「うん、いいよ。わたしのおすすめの本はね……」
わたしたちは、本について語り合い、わたしにしかない日常を話して笑いあった。ひとしきり笑って、わたしは続けた。
「こんなに本の味について話したこと、初めて。すごく楽しい」
「よかった。あたしも、知らないこと聞けてすんごい楽しいよ」
友人は言葉を切り、遠くの空へ目を向ける。飛行機がゆっくりと、雲をひいている。
「この空の下にはさ、きみと似た感覚の人が大勢住んでるのかな」
「うん、そうだろうね」
わたしは空の向こうめがけて、ブランコをこぐ。
後ろから、おーいと、クラスメイトの声が聞こえた。
「おーい、二人ともここにいたのか。一緒にメロンパン食べようぜ」
友人がブランコから飛び降りて走って行く。わたしも後を追いかける。
ああ、今日は話してよかった。全てとはいかないけれど、少しずつ、言葉にできるようになろう。そうすればわたし自身、感覚との付き合いがうまくなるはずだから。
(終)