創作 「言葉にできない」
「他人に理解されないって嘆くことってあるじゃない」
彼女がにわかにそう言い、俺は課題から顔をあげた。すると、彼女がスマホを眺めながら眉根を寄せている。
「それって、言いたいことをちゃんと言葉にできてないからじゃないの」
「また、横暴な。みんながみんな、お前みたいに国語力がある訳じゃないだろ」
彼女は鋭い目で俺を見る。俺は思わずたじろぐ。
「そういうことじゃないの。国語力がある上で、ストレートな表現をするのが好きなの」
「じゃあ、好きだ」
「今じゃないっ」
「んだよ……」
ふてくされて、課題へと戻る。
「あ、でも今のが、そうかも。ねぇ、そうでしょ」
「……うん、あえて今言った」
彼女をみると、にんまりと笑っていた。
「やっぱり、きみなら許せるね、その感じ」
俺は内心、ガッツポーズする。
「まぁ、親友だけどね」
「……そうだな」
それでもいいと、俺は課題に集中した。
(終)
「春爛漫」
おひるねをしている
こねこのおはなに
ひらりとおりてきた
きれいなはなびら
かわいいね
のどかだね
ぬるいひかりをただよう
さくらいろのかおりに
ふわふわとめをとじる
はるらんまん
ありふれた言葉だけどキミに贈るよ
誰よりも、ずっと大好きだって。
(終)
創作 「これからも、ずっと」
手軽な読み物を探していたわたしは、とりあえず目に留まった読み物のアプリをインストールした。規約を読んで、少し待ってからアイコンをタップする。簡素な画面上に、顔も知らぬ誰かの文章が表れた。
「あれ、美味しい……」
最初に見た文章は意外にも、ごはんのような味がした。これは期待できるとわたしは暇があれば色々なものを読むようになっていた。
何十人目かを過ぎた時、嫌な味がした。たまにある激臭がする言葉の羅列。でも、このアプリでは誰が何を書こうと自由だ。わずかに苛立ったが、この文はほんの一時の発露に過ぎない。だからわたしが気に病む筋合いもないと、その時はそっとアプリを閉じた。
数日後、嫌な味の文は消えていた。インターネットには無数のSNSやサイトがある。たぶん、そのどれかが件の文の書き手本来の居場所だったのだろう。
わたしは安堵していた。あの文章はここには似合わない。本来の場所で、あるいはあの匂いが似合う所で然るべき評価を受けていれば良いなと思う。
何はともあれ、わたしはこのアプリを気に入っている。金平糖の甘さをもった日記や詩歌、明太子のようにピリリとくるお話等々、そういう十人十色な言葉の集まりが心地良い。わたしはこれからも、ずっと、とまではいかないが、このアプリを続けていこうと決めた。
(終)
創作 「沈む夕日」
みかんのグミのようにぷるぷるとした太陽が、海面にぶつかったところから、ゆるゆると溶けている。
甘酸っぱい記憶をいっぱいに吸った太陽は、胸へと染み込んで、涙となって溢れた。
夏の空気を燦々と振り撒いた太陽の残り香は、迫り来る夜に薄められ、ただ湿った後悔だけがわだかまる。
後悔は夜闇に紛れて、足首を掴む。
将来が我が身を押さえて、首を絞める。
沈む夕日は、影を見ない。
音もなく、未練もなく、
燃えるその身を蒼い塩水に沈めていく。
(終)