創作 「これからも、ずっと」
手軽な読み物を探していたわたしは、とりあえず目に留まった読み物のアプリをインストールした。規約を読んで、少し待ってからアイコンをタップする。簡素な画面上に、顔も知らぬ誰かの文章が表れた。
「あれ、美味しい……」
最初に見た文章は意外にも、ごはんのような味がした。これは期待できるとわたしは暇があれば色々なものを読むようになっていた。
何十人目かを過ぎた時、嫌な味がした。たまにある激臭がする言葉の羅列。でも、このアプリでは誰が何を書こうと自由だ。わずかに苛立ったが、この文はほんの一時の発露に過ぎない。だからわたしが気に病む筋合いもないと、その時はそっとアプリを閉じた。
数日後、嫌な味の文は消えていた。インターネットには無数のSNSやサイトがある。たぶん、そのどれかが件の文の書き手本来の居場所だったのだろう。
わたしは安堵していた。あの文章はここには似合わない。本来の場所で、あるいはあの匂いが似合う所で然るべき評価を受けていれば良いなと思う。
何はともあれ、わたしはこのアプリを気に入っている。金平糖の甘さをもった日記や詩歌、明太子のようにピリリとくるお話等々、そういう十人十色な言葉の集まりが心地良い。わたしはこれからも、ずっと、とまではいかないが、このアプリを続けていこうと決めた。
(終)
創作 「沈む夕日」
みかんのグミのようにぷるぷるとした太陽が、海面にぶつかったところから、ゆるゆると溶けている。
甘酸っぱい記憶をいっぱいに吸った太陽は、胸へと染み込んで、涙となって溢れた。
夏の空気を燦々と振り撒いた太陽の残り香は、迫り来る夜に薄められ、ただ湿った後悔だけがわだかまる。
後悔は夜闇に紛れて、足首を掴む。
将来が我が身を押さえて、首を絞める。
沈む夕日は、影を見ない。
音もなく、未練もなく、
燃えるその身を蒼い塩水に沈めていく。
(終)
創作 「君の目を見つめると」
図書室の隅で友人が読んでいる本が、わたしの目に入った。あの本はたしか、サンドイッチの味がしたはずだ。レタスとハムが挟んであるサンドイッチの味。
「ねぇ、その本おいし、じゃなくて良いよね」
「ん?うん。手軽に読めて、面白いし楽しいもんね」
面白いし楽しいか。そうか、そう表現するものか。
「そういえばさぁ、文章がおいしいってたまに言うけど、それどういう意味なの?」
友人の目に困惑の色が浮かんでいる。ああ、どう説明したら良いだろう。
「比喩……かなぁ」
「ふーん」
よかった。興味がそれた。友人が本へ目を戻し、わたしは胸を撫でおろす。だが、友人は本を置いて頬杖をついた。
「なんかやばいね」
「えっ」
わたしは友人の目を見つめた。だけど、真意は読み取れない。せめて、プラスの意味だと受けとりたい。わたしは友人に尋ねる。
「それは褒めてるの?けなしてるの?」
「んーけなしてはない。ただ、変なのって思ったの」
「変なの?」
「味での比喩って分かりにくいじゃん。文章は味なんかしないのに」
友人はじっと虚空を見た後、あっと言う顔をする。
「ああ、ほら、あれ、あれでしょ?味がある文章とか、味のある絵とかそういうの?」
「……うん、うん 、たぶんそういうのだよ」
「はぁ、やっと意味がわかったよ確かに比喩だね」
もう、そういうことにしておこう。ようやく日常の謎の答えを知ってスッキリしている友人へ、これ以上の説明をしてもまたモヤモヤさせることになるだろうし。
(終)
創作 「星空の下で」
城の裏手にそびえる丘で、物思いにふける王の傍らに1人の男がひざまづいた。
「おまえはいつ如何なる時も、我が声を聴くことを誓うか?」
厳かな王の声に、彼は恭しく口を開く。
「誓います。私はこの命尽きるまで貴方の声に耳を傾け続け、手足となり続けましょう」
「うむ。ならばおまえに聞く。もし我が国の魔力が底をついた時おまえならばどうする?」
彼はわずかに口ごもり、そして答えた。
「主様のご裁量に従います」
「実におまえらしい答えだ。だが、我は考えた。近づく終わりを憂うよりも、新たな道を探し進むことが、今の我にできることなのではないかと」
明瞭に放たれた言葉に彼は思わず顔を上げた。
「恐れながら、もしや主様は……」
「ああ。北の高原に住まわせた科学者を、我が配下に置こうと思う」
そして王はニッカリと笑いこう続けた。
「我が望みは、科学者も魔法つかいも皆が共に生きられる世をつくることだ。この望みに、おまえはついてきてくれるだろうな」
「もちろんにございます!変化を恐れぬそのお心、私は敬服いたします」
男がそう言うと、王は未だ見ぬ先を見据えるように、夜空へ目を向けた。
「今宵の星は輝いておるな」
つられて男も視線を移す。どこまでも 澄みきった夜空を、いくつもの星が流れているのだった。
(終)
創作 「それでいい」
「武器を置け。こっちに蹴るんだ。動くな。よし、そのままだ。良いな、そのままだぞ」
そう指示する敵の動きを、つぶさに観察する。
敵は俺を手早く縛り上げ、床に転がして余裕の笑みを浮かべた。
「ハッ、手こずらせやがって。なんとしても、宝の場所を吐かせるからな」
敵は銃をもてあそびつつ言う。敵が部屋を出た瞬間、俺は隠し持っていたナイフで縄を解き物陰に身を潜めた。
「ありゃ、アイツどこ行きやがった?」
俺は敵の背後から、急所をひと突きした。悲鳴すら漏らさず敵は倒れる。なんと張り合いの無い敵だろう。俺はナイフをしまい、部屋を出る。だが、それでいい。これは、ほんの肩慣らしだ。
(終)