創作 「バカみたい」
谷折ジュゴン
「バカみたいってさ、少なくとも自分はバカではないと思ってる人が言うセリフだよね」
書きかけの原稿用紙をシャープペンで打ちながらそう言った彼女は、俺に目を向けた。
「どうしたの、いきなり」
「えぇ?だってさ本来の自分は賢いから、こんなふうにバカな真似もできるんだぞーって自分に酔ってる感じじゃん。なんか、腹が立つ」
彼女は口を尖らせ窓の外を見る。
「いや、だからどうした」
「バカみたいって言える女になりたい」
「新作のセリフ……かな?」
「はぁ、きみはバカみたいとバカ野郎、どっちが傷つく?」
彼女が苛立った声で尋ねる。
「正直、どっちも嫌かな」
苦笑いしつつ答えると彼女は満足そうに微笑み、原稿の続きを書き始める。
「このつかい方ならバカみたいの方が少し救いがあるね。だって、相手は賢くはないけどバカじゃないから」
「要は平凡ってこと?」
「そ。ってことできみは傷つくことはない」
「なんか、妙なこと言うね」
「それはどっちの意味?」
「良い意味」
彼女は得意そうにシャープペンをカチカチとならした。
「私ばっかり見てないで、早く課題仕上げなよ?」
「はい」
ある日の部室での 一幕であった。
(終)
「二人ぼっち」
荒廃した平野を二人の旅人が歩いている。
一人は気ままな詩人で、もう一人は寡黙な音楽家である。聞き役は枯れ木と獰猛な野鳥だけ。砂煙の道を二人の音色が満たしていく。
ひたすら赤茶色な景色の先に詩人が青色をみつけた。海である。潮の香りの空気を世にも美しい歌が震わせている。海の上空には鮮やかな摩天楼が浮かんでいた。
我慢できないというように、音楽家がギターを奏でる。だが、歌は止まり摩天楼も失せた。
所詮は幻。二人はまた、二人だけの音楽を響かせ始めた。
(終)
「夢が醒める前に」
深い海の底で一匹の二枚貝がくちずさむ。
貝の歌はしだいに線を描き、色に染まった。
やがて、鮮やかに摩天楼を浮かび上がらせる。
幾層もの海水を越え貝の歌は空に広がる。
静かなうねりを保ち貝の歌は万物を彩る。
ぱちんと泡が弾けて貝の歌は止まる。
空に広がる摩天楼はゆらりと失せた。
(終)
創作 「胸が高鳴る」
あいつの家をついにみつけた。寒さの厳しい北の高原にぽつりと佇む一件の家。ここにあいつが暮らしているはずだ。はやる気持ちを抑え、ドアをノックする。彼はすぐに現れた。
「久しぶり、元気してるか」
彼はしばしぽかんとして、
「軟禁状態のやつに元気もへったくれも無いだろう」
と、うんざりした様子で返してきた。 どうやら調子は以前と変わらないらしい。
テーブルを挟んだ向かいに彼が座った。俺の前にそっと紅茶が置かれる。
「あんたが来たのは、どうせ『うで』についての話しをするためだろう」
「流石。なら、単刀直入に言う。お前は何も間違ったことはしていない。『うで』がヒトに関心を持ったことは、ただの事故だ」
「王の命令に背いて、支給された文章以外を読ませことが間違いでは無いだと?ボクは好奇心の赴くままに、王の命令を蹴ったんだ。これがただの事故であるとでも?」
「なら、なぜお前は生きている。『うで』もこうして紅茶を淹れてくれた。それがどうしてなのかお前がわからないはずが無いだろう?」
俺たちはにらみあう。やがて、先に折れたのは彼の方だった。
「薄々、気付いてはいた。こんなへんぴな所にとばしといて、ボクと『うで』が生きていくのに必要なものは毎月届いていた。王はまだ、ボクに研究をさせたがっているのだとは、容易に想像できていたさ」
「じゃあどうして」
俺は紅茶で口を湿らせ、言葉を続ける。
「一通も返事をくれなかったんだ?」
彼は黙っている。
「心配していたんだぞ」
「返事しようとしたさ!でも、投函できなかった。あんたが胸を高鳴らせてボクの手紙を待ってくれているって想像したら、とてもロボットなんかに頼ってる場合じゃないって、思ったのだよ」
(終)
創作 「不条理」
「拾ってくれてありがとうございます」
背の高い青年は悲しみに染まった目を伏せ、手帳を受け取り胸に抱く。
「失礼ですが、中を見ませんでしたか?」
「すみません、少し読んでしまいました」
小さな声で答えると彼は大丈夫ですと弱々しく笑った。
「この世は不条理ですよね」
「へっ?」
「あぁ、いえ、これを読まれたついでに話してしまおうと思いまして、その、あいつについて」
彼は、ある理由で姿をくらませた友人を捜して、旅をしているのだと言う。
「そうだ!貴女は魔法つかいでしょう。魔法であいつの居場所を突き止めて欲しいのですお願いします」
「えぇっ、私にできるかなぁ」
私は、 「人捜し」の呪文を唱える。どこからか現れた青い蝶の群れが北へと飛んで行ってふわりと消え失せた。
「彼は北にいます。これくらいしか、わかりません、すみません」
自信の無い声で伝えると彼は首をふる。
「とんでもない!方角がわかっただけでも、進歩です。ありがとうございます」
「あの、私が言うのもあれですが、科学も信じてもらえる時代が来ると良いなぁ、なんて、ね」
曖昧に口にすると彼の瞳にわずかな光が灯った。
「本当にありがとうございます、貴女が拾ってくれてよかった」
柔らかい笑みに私はあたふたとその場を離れる。
「あ、お礼もらうの忘れてた」
すぐさま彼の背を追いかけ走った。
不条理な目に遭う彼らが少しでも浮かばれる日が来ることを、今は願うことしかできない。
だけど、私の魔法つかい修行はまだ始まったばかりだ。
(終)