谷折ジュゴン

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創作 「胸が高鳴る」

あいつの家をついにみつけた。寒さの厳しい北の高原にぽつりと佇む一件の家。ここにあいつが暮らしているはずだ。はやる気持ちを抑え、ドアをノックする。彼はすぐに現れた。

「久しぶり、元気してるか」

彼はしばしぽかんとして、

「軟禁状態のやつに元気もへったくれも無いだろう」

と、うんざりした様子で返してきた。 どうやら調子は以前と変わらないらしい。

テーブルを挟んだ向かいに彼が座った。俺の前にそっと紅茶が置かれる。

「あんたが来たのは、どうせ『うで』についての話しをするためだろう」

「流石。なら、単刀直入に言う。お前は何も間違ったことはしていない。『うで』がヒトに関心を持ったことは、ただの事故だ」

「王の命令に背いて、支給された文章以外を読ませことが間違いでは無いだと?ボクは好奇心の赴くままに、王の命令を蹴ったんだ。これがただの事故であるとでも?」

「なら、なぜお前は生きている。『うで』もこうして紅茶を淹れてくれた。それがどうしてなのかお前がわからないはずが無いだろう?」

俺たちはにらみあう。やがて、先に折れたのは彼の方だった。

「薄々、気付いてはいた。こんなへんぴな所にとばしといて、ボクと『うで』が生きていくのに必要なものは毎月届いていた。王はまだ、ボクに研究をさせたがっているのだとは、容易に想像できていたさ」

「じゃあどうして」

俺は紅茶で口を湿らせ、言葉を続ける。

「一通も返事をくれなかったんだ?」

彼は黙っている。

「心配していたんだぞ」

「返事しようとしたさ!でも、投函できなかった。あんたが胸を高鳴らせてボクの手紙を待ってくれているって想像したら、とてもロボットなんかに頼ってる場合じゃないって、思ったのだよ」
(終)

3/19/2024, 12:08:59 PM