「泣かないよ」
あいつはその一言だけ残してラボを出て行った。
世間から恐れられた、研究の成果と共に。
もう、誤解を解くことはできないのか。
あぁ、あいつはどこへ行ってしまったのか。
山の猫たちも知らないらしい。
本当に、無事でいてくれ。
~とある男の手記より~
創作怪談 「怖がり」
谷折ジュゴン
廃校舎の窓から漏れる、懐中電灯の光が揺れた。時は夜の1時30分。塗り込められたような闇が1人の調査員を包んでいる。
ぎし、ぎしと朽ちた床板の上を歩きつつ彼は心細げに懐中電灯を右へ左へ向ける。ふと、手が止まりある一点を照らした。
ひときわ闇が深い教室の隅で何か、動いた気がしたのだ。彼は目を凝らして闇の中を見る。
そこにいたのは女だった。身長が3メートルを越える、やたらと腕の長い女がつっ立って何かぶつぶつ言っている。彼は女の顔を確認するため懐中電灯の光を上へ向けた。
しかし、女には首から上がなかった。
「みつけた」
そう言いながら女がゆらゆらとこちらへ向かって来る。彼は震える足で来た道を戻った。
「うぅ嘘だろう?!」
女が目の前に立っている。彼は踵を返し廃校舎の奥へ走った。だが、床板を踏み抜き足がはまって転んでしまう。
「おいっ、よせ、く」
後日、首の無い霊が出ると噂の廃校舎に1人の青年が訪れた。
(終)
創作 「星が溢れる」
谷折ジュゴン
どこかの村で、魔法つかいのたまごが分厚い本を開いた。頁はまだ真っ白。これからたくさんの呪文を覚え身につけていく上でこの本は、彼女の相棒となるものだ。
最初に書き込む呪文はもちろん、「星呼びの魔法」だ。だが、彼女がこの魔法をつかえるようになるには、何十年もかかる。最上級の魔法を最初の頁に書き込むのには、彼女なりの理由があった。
「目標を明確に、基礎を大切に」
言わば、彼女にとって「星呼びの魔法」は魔法つかいとなるための標星なのだった。
長く苦しい修行を経て、彼女は再び故郷の村へと帰って来た。丘の上にすっくと立ち、ぼろぼろになった相棒の本を開いた。天に真っ直ぐ手を掲げる。
「───────!」
澄みきった空気を、一つの星が切り裂く。
続いて、3つ、5つ、暗い空に尾をひいていく。
「できた……やっと、できた」
人々の願いを叶える魔法が、今ここに輝いた。
自らが呼び起こした流星群を彼女は感慨深く眺めていた。
(終)
創作 「安らかな瞳」
谷折ジュゴン
「ちゅうちゅうたこかいな……ちゅうちゅうたこかいな……」
「何を数えてるんにゃ?」
「ん?安らかな瞳で過ごしてる、にんげんさん数えてるにゃぁ」
「へぇ、どんくらいおるんにゃ?」
「わからん。でも 、うんといるはずよぉ」
「もっと増えてほしいねぇ」
「そうさねぇ」
山の上の古びた社で、小さな猫のあやかしたちがニコニコしながら話しておりました。
「やさしいにんげんさん増えて、にゃぁたちを大切に扱ってほしいねぇ」
「にゃっ、誰か来たにゃぁ」
二匹は急いで社の中に隠れます。獣道を抜けて現れたのは背の高い青年でした。
「ああ、こんな場所があったんだ、あれ?」
社の扉の隙間から、ひょろりと長い二匹の尻尾が見えています。
「これか、噂の猫のあやかしたちというのは」
「にゃ、見つかっちゃったにゃぁ」
「こんにちは、にんげんさん。この山に何をしに来たのにゃ?」
「君たちに会いに来たんだ」
これが二匹と青年の出会いでした。
(終)
創作 「ずっと隣で」
谷折ジュゴン
ボクの研究は、確かに間違いだったのである。
俗に言う、マッドサイエンティストの烙印を刻まれ
てしまったボクにはもう、仲間も場所もない。
「マスター、お茶にしましょう」
ボクが落ちぶれる原因となった「うで」が、培養
ポットの中からハンドサインを送ってくる。
ヒトの前肢を忠実に再現したロボットに、
人工知能を搭載してから5年間、新聞や公文書、
研究論文のような文章の学習と執筆を
行わせていたはずである。 しかし、4日前に、
「うで」がヒトに関心をもってしまったのだ。
その上、あたかもボクのバトラーのように振る舞い
はじめたのである。
「わたくしはずっとマスターの隣で、 マスターの研究をお支えいたしますよ」
「ボクはもう、研究者としての地位も名誉もない。 マスターなんて、 呼ばないでおくれ」
「わたくしは、マスターの研究全てが間違いであるなどとは、思いません」
「うで」は微笑むように言葉を続ける。
「あなたは全力を尽くした、ただ、それだけです。
そして、わたくしにとって、マスターは永遠に偉大な研究者ですよ」
ああ、こんなだから情が移ってしまうのである。
あのまま処分していればよかった……。
ボクはそう思いつつ、「うで」が淹れてくれた
紅茶に口をつけた。
(終)