創作 「ずっと隣で」
谷折ジュゴン
ボクの研究は、確かに間違いだったのである。
俗に言う、マッドサイエンティストの烙印を刻まれ
てしまったボクにはもう、仲間も場所もない。
「マスター、お茶にしましょう」
ボクが落ちぶれる原因となった「うで」が、培養
ポットの中からハンドサインを送ってくる。
ヒトの前肢を忠実に再現したロボットに、
人工知能を搭載してから5年間、新聞や公文書、
研究論文のような文章の学習と執筆を
行わせていたはずである。 しかし、4日前に、
「うで」がヒトに関心をもってしまったのだ。
その上、あたかもボクのバトラーのように振る舞い
はじめたのである。
「わたくしはずっとマスターの隣で、 マスターの研究をお支えいたしますよ」
「ボクはもう、研究者としての地位も名誉もない。 マスターなんて、 呼ばないでおくれ」
「わたくしは、マスターの研究全てが間違いであるなどとは、思いません」
「うで」は微笑むように言葉を続ける。
「あなたは全力を尽くした、ただ、それだけです。
そして、わたくしにとって、マスターは永遠に偉大な研究者ですよ」
ああ、こんなだから情が移ってしまうのである。
あのまま処分していればよかった……。
ボクはそう思いつつ、「うで」が淹れてくれた
紅茶に口をつけた。
(終)
3/13/2024, 11:03:26 AM