創作 「胸が高鳴る」
あいつの家をついにみつけた。寒さの厳しい北の高原にぽつりと佇む一件の家。ここにあいつが暮らしているはずだ。はやる気持ちを抑え、ドアをノックする。彼はすぐに現れた。
「久しぶり、元気してるか」
彼はしばしぽかんとして、
「軟禁状態のやつに元気もへったくれも無いだろう」
と、うんざりした様子で返してきた。 どうやら調子は以前と変わらないらしい。
テーブルを挟んだ向かいに彼が座った。俺の前にそっと紅茶が置かれる。
「あんたが来たのは、どうせ『うで』についての話しをするためだろう」
「流石。なら、単刀直入に言う。お前は何も間違ったことはしていない。『うで』がヒトに関心を持ったことは、ただの事故だ」
「王の命令に背いて、支給された文章以外を読ませことが間違いでは無いだと?ボクは好奇心の赴くままに、王の命令を蹴ったんだ。これがただの事故であるとでも?」
「なら、なぜお前は生きている。『うで』もこうして紅茶を淹れてくれた。それがどうしてなのかお前がわからないはずが無いだろう?」
俺たちはにらみあう。やがて、先に折れたのは彼の方だった。
「薄々、気付いてはいた。こんなへんぴな所にとばしといて、ボクと『うで』が生きていくのに必要なものは毎月届いていた。王はまだ、ボクに研究をさせたがっているのだとは、容易に想像できていたさ」
「じゃあどうして」
俺は紅茶で口を湿らせ、言葉を続ける。
「一通も返事をくれなかったんだ?」
彼は黙っている。
「心配していたんだぞ」
「返事しようとしたさ!でも、投函できなかった。あんたが胸を高鳴らせてボクの手紙を待ってくれているって想像したら、とてもロボットなんかに頼ってる場合じゃないって、思ったのだよ」
(終)
創作 「不条理」
「拾ってくれてありがとうございます」
背の高い青年は悲しみに染まった目を伏せ、手帳を受け取り胸に抱く。
「失礼ですが、中を見ませんでしたか?」
「すみません、少し読んでしまいました」
小さな声で答えると彼は大丈夫ですと弱々しく笑った。
「この世は不条理ですよね」
「へっ?」
「あぁ、いえ、これを読まれたついでに話してしまおうと思いまして、その、あいつについて」
彼は、ある理由で姿をくらませた友人を捜して、旅をしているのだと言う。
「そうだ!貴女は魔法つかいでしょう。魔法であいつの居場所を突き止めて欲しいのですお願いします」
「えぇっ、私にできるかなぁ」
私は、 「人捜し」の呪文を唱える。どこからか現れた青い蝶の群れが北へと飛んで行ってふわりと消え失せた。
「彼は北にいます。これくらいしか、わかりません、すみません」
自信の無い声で伝えると彼は首をふる。
「とんでもない!方角がわかっただけでも、進歩です。ありがとうございます」
「あの、私が言うのもあれですが、科学も信じてもらえる時代が来ると良いなぁ、なんて、ね」
曖昧に口にすると彼の瞳にわずかな光が灯った。
「本当にありがとうございます、貴女が拾ってくれてよかった」
柔らかい笑みに私はあたふたとその場を離れる。
「あ、お礼もらうの忘れてた」
すぐさま彼の背を追いかけ走った。
不条理な目に遭う彼らが少しでも浮かばれる日が来ることを、今は願うことしかできない。
だけど、私の魔法つかい修行はまだ始まったばかりだ。
(終)
「泣かないよ」
あいつはその一言だけ残してラボを出て行った。
世間から恐れられた、研究の成果と共に。
もう、誤解を解くことはできないのか。
あぁ、あいつはどこへ行ってしまったのか。
山の猫たちも知らないらしい。
本当に、無事でいてくれ。
~とある男の手記より~
創作怪談 「怖がり」
谷折ジュゴン
廃校舎の窓から漏れる、懐中電灯の光が揺れた。時は夜の1時30分。塗り込められたような闇が1人の調査員を包んでいる。
ぎし、ぎしと朽ちた床板の上を歩きつつ彼は心細げに懐中電灯を右へ左へ向ける。ふと、手が止まりある一点を照らした。
ひときわ闇が深い教室の隅で何か、動いた気がしたのだ。彼は目を凝らして闇の中を見る。
そこにいたのは女だった。身長が3メートルを越える、やたらと腕の長い女がつっ立って何かぶつぶつ言っている。彼は女の顔を確認するため懐中電灯の光を上へ向けた。
しかし、女には首から上がなかった。
「みつけた」
そう言いながら女がゆらゆらとこちらへ向かって来る。彼は震える足で来た道を戻った。
「うぅ嘘だろう?!」
女が目の前に立っている。彼は踵を返し廃校舎の奥へ走った。だが、床板を踏み抜き足がはまって転んでしまう。
「おいっ、よせ、く」
後日、首の無い霊が出ると噂の廃校舎に1人の青年が訪れた。
(終)
創作 「星が溢れる」
谷折ジュゴン
どこかの村で、魔法つかいのたまごが分厚い本を開いた。頁はまだ真っ白。これからたくさんの呪文を覚え身につけていく上でこの本は、彼女の相棒となるものだ。
最初に書き込む呪文はもちろん、「星呼びの魔法」だ。だが、彼女がこの魔法をつかえるようになるには、何十年もかかる。最上級の魔法を最初の頁に書き込むのには、彼女なりの理由があった。
「目標を明確に、基礎を大切に」
言わば、彼女にとって「星呼びの魔法」は魔法つかいとなるための標星なのだった。
長く苦しい修行を経て、彼女は再び故郷の村へと帰って来た。丘の上にすっくと立ち、ぼろぼろになった相棒の本を開いた。天に真っ直ぐ手を掲げる。
「───────!」
澄みきった空気を、一つの星が切り裂く。
続いて、3つ、5つ、暗い空に尾をひいていく。
「できた……やっと、できた」
人々の願いを叶える魔法が、今ここに輝いた。
自らが呼び起こした流星群を彼女は感慨深く眺めていた。
(終)