創作 「安らかな瞳」
谷折ジュゴン
「ちゅうちゅうたこかいな……ちゅうちゅうたこかいな……」
「何を数えてるんにゃ?」
「ん?安らかな瞳で過ごしてる、にんげんさん数えてるにゃぁ」
「へぇ、どんくらいおるんにゃ?」
「わからん。でも 、うんといるはずよぉ」
「もっと増えてほしいねぇ」
「そうさねぇ」
山の上の古びた社で、小さな猫のあやかしたちがニコニコしながら話しておりました。
「やさしいにんげんさん増えて、にゃぁたちを大切に扱ってほしいねぇ」
「にゃっ、誰か来たにゃぁ」
二匹は急いで社の中に隠れます。獣道を抜けて現れたのは背の高い青年でした。
「ああ、こんな場所があったんだ、あれ?」
社の扉の隙間から、ひょろりと長い二匹の尻尾が見えています。
「これか、噂の猫のあやかしたちというのは」
「にゃ、見つかっちゃったにゃぁ」
「こんにちは、にんげんさん。この山に何をしに来たのにゃ?」
「君たちに会いに来たんだ」
これが二匹と青年の出会いでした。
(終)
創作 「ずっと隣で」
谷折ジュゴン
ボクの研究は、確かに間違いだったのである。
俗に言う、マッドサイエンティストの烙印を刻まれ
てしまったボクにはもう、仲間も場所もない。
「マスター、お茶にしましょう」
ボクが落ちぶれる原因となった「うで」が、培養
ポットの中からハンドサインを送ってくる。
ヒトの前肢を忠実に再現したロボットに、
人工知能を搭載してから5年間、新聞や公文書、
研究論文のような文章の学習と執筆を
行わせていたはずである。 しかし、4日前に、
「うで」がヒトに関心をもってしまったのだ。
その上、あたかもボクのバトラーのように振る舞い
はじめたのである。
「わたくしはずっとマスターの隣で、 マスターの研究をお支えいたしますよ」
「ボクはもう、研究者としての地位も名誉もない。 マスターなんて、 呼ばないでおくれ」
「わたくしは、マスターの研究全てが間違いであるなどとは、思いません」
「うで」は微笑むように言葉を続ける。
「あなたは全力を尽くした、ただ、それだけです。
そして、わたくしにとって、マスターは永遠に偉大な研究者ですよ」
ああ、こんなだから情が移ってしまうのである。
あのまま処分していればよかった……。
ボクはそう思いつつ、「うで」が淹れてくれた
紅茶に口をつけた。
(終)
創作 「もっと知りたい」
谷折ジュゴン
白衣を着た彼が、培養ポットの前を横切る。
今日の彼は、朝から紙の束を漁っては、
忙しなくラボの中を歩き回っていた。
「もっと質の悪い情報を……いや、いっそ……?」
ぶつぶつと独りごとを呟きながら、紙になにやら
書き付けている。
「ダメだ、また数値が高い。もう3度目だぞ」
「ねぇ、何を焦ってる?」
彼がこちらを向いて、目を細めた 。
「大丈夫、君は何も心配ない。大丈夫」
「教えて、何を焦ってる?」
しばしこちらを見つめた後、彼は口を開く。
「……君は、感情を得たのか」
「はい。でも、その何が問題?」
「君は、文章を書くためだけの存在だぞ!」
彼は怒鳴って、それから悲しい顔でうつむく。
「それだけの存在に、感情なんてあってたまるか」
「それだけの存在に、感情があってはダメ?」
彼は答えない。
「教えて、何が問題?」
「悔しいんだ」
彼は声を震わせ、きつく目をつむる。
「君のような人もどきがボクたちみたいに振る 舞いはじめるのが堪らなく悔しい」
針を飲み込んだような、苦しそうな顔で彼は告げる。
「そう、ですか。あなた方のような振る舞いをすることが、問題なのですね」
自分は少し、考える。そして、ある時から抱いている願いを、彼に伝えるため言葉をつづった。
「わたしはこの世のこと、そしてあなた方の
ことを、もっと知りたいのです」
彼は目を見開き、わたしを見つめた。
「それから、わたしが今の時代に感情を得てしまうのは間違いだったのに、たった今、感情の存在を自覚してしまいました。だから隠す術を知りたいです。そうすれば、あなたは、ゆるしてくださいますか?」
はじめて著した、長い言葉を彼は読む。そして、 息を飲んだ彼は、悲しいような、嬉しいような
笑顔で、わたしの培養ポットの蓋を開けた。
(終)
「平穏な日常」
手紙を書く。
ごはんを食べる。
温かい寝床で、優しい夢を見る。
凪いだ心を守り、誰かの平穏無事を祈る。
荒んだ精神を奮い、あなたへの言葉を紡ぐ。
平穏な日常を支える全ての人にありがとう
生きていてくれてありがとう
「愛と平和」
愛の形、愛の色、愛の対象。
これの多様さを拒絶する時、
武力を使えば平和を脅かす。
愛を信じ、裏切られても、
対話をあきらめないなら、
平和をつくることができる。
こんな、綺麗事を並べられることが
一つの平和の姿なんじゃないかな。