「明日死ぬわ」
空を眺めながら言った。
「マジで?」
彼はすぐに起き上がって俺の目を覗き込む。
しばらく沈黙が続いた。その間も彼は俺をじっと見つめていた。
「もう嫌だからさ」
振り絞って出した声。
その声は震えていて情けなかった。初めて友人の前で弱音を吐いたせいか、目頭が熱くなる。
視界がぼやけ、もう空なんて見えていなかった。
「そっ、か、何があったの?」
先程より小さい声で問われる。
俺は手のひらで瞼をこすりながらゆっくりと口を開く。また声を振り絞った。
「辛いんだよ。周りを見たら俺はすでに置いてかれていて、落ち込んでる間にもみんな遠く遠くに進んでってる」
言葉を紡ぐだけで精一杯だった俺は、思っていない事も思っている事も事実も吐き出していた。
「当たり前のことができなくて、頑張ってるのに叱られて、努力をしていないって勝手に決めつけられてさ」
ずびっ、ずびっ、と鼻をすすりながら吐き出す俺に、彼は黙って聞いていた。羞恥心なんてとっくにどうでもよくて、弱いところを全てさらけだす。
何時間たっただろうか。
日差しが熱く明るかった空はオレンジ色になっていて風が涼しかった。
「…あ、かえらなきゃ」
まだ震えている声で呟く。
「本当だ、帰る?」
彼の声は優しくてとても暖かった。
もっと彼のそばにいたくて、それでもやっぱ一人の時間もほしくて。
立ち上がった彼は俺に手を差し出した。
「立って。帰ろ。」
俺は手を取らないで立ち上がる。
分かっていた。彼もきっと綺麗事を並べるんだと。
─だけど違った。立ち上がった俺に彼は言った。
「じゃあ、また明日な!」
【また明日】
「いやだ、っ!」
かすれた叫び声が室内に響く。私の肩は震えていて今にも崩れ落ちそうだった。
家に呼び出され久々のデートに胸が踊っていた。
数分前までは。
「愛してる。だから─」
何度も聞いた言葉。
突然別れをきりだした彼女に理由も問うもその言葉が何度も出てくる。
私は意味が分からなかった。
愛してるならこのまま愛し合おうよ。このまま旅行の計画立てたり手繋いで散歩したりしようよ。このまま一緒に死んでよ。
こんな時によって気持ちを上手く口に出せなくて余計に涙が溢れる。
「分かった、じゃあ正直に話すね。」
必死に涙を拭う私を見た彼女は話し出す。
「自分、他に好きな人出来たんだ。半年前から内緒で付き合ってたの。貴方よりその人を選びたいから別れてほしいってこと。分かった?」
私は言葉を失う。嫌味ったらしく言う彼女の顔は本気だった。その表情が胸につきささりさらに涙が溢れ始めた。嘘だ。嘘だと信じたい。その必死な思いで声を出す。
「前、私が心中しようとか言ったから?あゆみはそんな事しないよ。浮気なんてするひとじゃない。」
舌足らずな口で訴えるが彼女は黙りこくったままだった。
──────
彼女が私に心中しようと言った時は驚いた。
彼女はそんな人ではないと思っていたから。命を捨てようとするなんて事は私は却下した。
三日間考えた結果、彼女は辛い。それは私があまりにも無力、負担をかけていたから。今思えば彼女にたくさんの迷惑をかけてきた。「心中しよう」というのも彼女は私を好きだと愛してると思い込みたかったのだろう。
だったら、彼女が命を捨てようとするぐらい辛いなら別れよう。それが一番だ。
彼女には幸せに命を尽くしてほしい。
愛してるから彼女には生きてほしい。
だから
「─別れよう。この後デートだから。」
私を最低な人間として未来で笑い話にしてほしい。
【愛を叫ぶ。】
私には恋のライバルがいる。
一週間前までは恋のライバルなんて漫画の中でしか存在しないと思っていた。だがこれがリアルでも存在するらしい。
私を恋に落としたのは、同じ部活の先輩だ。一見人脈が広そうに見えて極度の人見知り。そしてさりげない気遣いが出来るのがチャームポイント。例えば部室の鍵をいつの間にか返しに行ってくれてるとことか…。
険しい顔してパソコンを見つめる姿やキーボードを慣れたようにうつ仕草もたまらなく最高なのだ。他にもいろいろあるのだが…全て話すと日が暮れるどころじゃないのでやめておく。
そして恋のライバルはその先輩と同じクラス。いつも廊下で楽しそうに話しており、この前も二人で勉強会をしたって聞いた。
それに比べて私と先輩の関係はただ部活が同じな先輩後輩。声を交わすことはほぼなく、顔見知り程度だった。正直勝てる気がしない。
今日こそはと勇気を振り絞って先輩に話しかけようとする。先輩は私に気付かずパソコンのキーボードをうっていた。それでも諦めずもう少し声を出すという時、ガラガラと部室の扉が空く。
「やっほー」
そこにいたのは私の恋のライバル。
部室に来たのは初めてなので頭がいつもより混乱していた。その声に先輩は反応する。
「部室に来るなんて珍しい。どうしたの?」
戸惑ったような口ぶりで先輩は問う。私の心臓は静かにさせることでいっぱいだった。
「会いたい人がいて。」
そんな落ち着いた声でライバルは囁く。私はすぐに察した。これは告白の流れだ、
やめろ、これ以上何も言うな、やめてくれ。
そんな焦りの心情で頭の中が埋まる。だが、予想とは全く違った言葉が聞こえた。
「─後輩ちゃん、貴方が好きです。」
今、私の名前が聞こえたのだ。間違いなく、私の下の名前が。
【忘れられない、いつまでも】
君の目を見つめると、不思議なことに宇宙空間に放り出される。
何にもなくて何にも出来ない。息も苦しくなる。
だからいつも君を見ないようにしていた。
でも油断してはつい目で追ってしまい、宇宙空間に放り出されの繰り返し。
「何で勝手に目は追うんだろう」
毎日疑問に思ってる。
気付いたら君を目で追ってしまうし、気付いたら君の目を見つめている。
君の瞳は宇宙みたいに濃い青色で、君は歩く時に髪を触る癖がある。
制服は着こなしてるようで襟が立ってることに気付いてないし、完璧なようで何もないところでつまずく。
あ!?
またいつの間にか彼女の事を考えてしまっている!
やはり彼女は只者ではない。危ない危ない、彼女にまた遊ばれるとこだった。
「くっそー…」
悔しがってるその時、彼女が振り向き目が合う。すると一秒もしないうちに宇宙空間に放り出された。
何も考えられなくて、頭がぼーっとする。
「はっ…!」
現実世界に戻った時には、もう僕の顔は熱く帯びていた。やはり彼女は只者ではない。
彼女はマフラーで頬を撫でながら言う。
「どう、似合う?」
その笑顔が凄く嬉しそうで、こちらも思わず笑ってしまう。こんなに喜んでくれるなら来年は指輪でも贈ろうか。
そんな事を考えていると、彼女から箱を差し出された。
「これ、私からもあげる!」
お礼を言うと、照れているのか彼女の顔は赤く帯びていた。微笑ましく思いながらも箱を開ける。
すると入っていたのは宝石が一つついたネックレス。
その宝石は透明がかった青色で、まるで涙のように綺麗だった。
「それ"アクアマリン"って言う宝石なんだ」
宝石に詳しくない自分は首を傾げる。彼女もたいして宝石には詳しくないはずだ。頭にはてなを浮かべる僕に、彼女は「ふふん」と自慢げに笑った。
「この日の為にたくさん調べたんだよ、恋人同士に幸福をもたらすんだって!」
柔らかいその笑顔に僕は凄く嬉しかった。勢いよく抱きしめて彼女に愛を伝えようとする。
「真奈、愛し──
─夢が途切れる。
目の前には黄ばんだ壁と散らばったゴミ。
「またか」
そう小さく呟いた。
よく、昔の夢を見る。10年程前の記憶だった。
彼女との記念日を祝い合った日。
首にかけたアクアマリンを握りしめる。また、彼女との記憶を鮮明に思い出してしまう。初めて告白した日も、初めてお化け屋敷に行った日も。
そして彼女が事故で死んだ日も。
もう涙も出なかった。胸に異物を抱きながら仕事の準備をする。
スーツを着て、鞄を持って家を出た。美味しい空気も夢を見た後ではまるで泥のようだ。
どうせなら夢が醒める前に、夢でもいいから
「彼女にプロポーズしたい」
そういつもと同じ言葉を吐いた。