8木ラ1

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1/7/2025, 11:30:02 AM

「ころしちゃった」
火曜の帰り道。
そう呟く君に僕は目を見開く。
「お父さんを。昨日の夜に殺しちゃったんだ。」
何故殺したのか、凶器は何を使って殺したのか、彼は淡々と話し出す。

正直、内容はほとんど覚えていない。その彼は怯えていたわけでもなく堂々としているわけでもなかった。
ただ、いつも通りつまらない世間話をしているかのような、そんな雰囲気で話している様子が衝撃的だったから。
その後の僕はたぶん、テキトーな相槌を打って家に帰った。家に帰って、部屋のベッドに寝転がって、いつもみたいにだらだらゲームをしていた気がする。

目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていた。時間を見ると学校が始まる寸前の時間だった。僕は急いでリビングに駆け下りる。
いつもなら強引にまで起こしてくれるはずの母だが、今日はのんびりとコーヒーを飲んでくつろいでいた。

僕はそれを見て眉をひそめながらも、制服に着替えようとする。すると母に呼び止められた。
「しばらく休校だって。」
母はそう言う。いつもと違う口調と声のトーン。
先ほどまで焦っていて分からなかったが、久しぶりに顔をよく見ると彼女の表情は酷く曇っていた。

昨日の出来事が頭に思い浮んだ。まるで夢だったのかと疑ってしまうほど記憶がふわふわしている。

もしかして。
昨日の彼の発言がもし事実なら。

息を呑んだ。
「何かあったの?」
思い切って聞いてみると、母は少しの間黙りやっと口を開いた。
「…近くで事件があったらしい。」
母の目は激しく揺らいでいた。長い間、沈黙が続く。

そうか。事実だったんだ。

「ぁぁ…」
息を吐くと同時に、自然に声が漏れた。
僕はしばらくその場で立ち尽くす。
「ご飯、にしよっか!」
母は場を切り替えようと手を叩いた。僕は無理やりにでも口角を上げて頷く。すると母は急いでキッチンに向かった。
その日は母も僕も正常を保とうと必死な一日だった。

休みが明けた月曜日、制服に着替え学校に向かう。
まだ心の異物が取り除けてないまま、教室の扉を開けた。その扉はいつもより重く感じ、ぐっと入れたくない力を入れる。
「あ、おはよう…」
友達の無理やりに笑ったその表情が酷く頭にこびりついた。荒くなってくる呼吸を抑えながら彼の席に目を向ける。

そこに彼の姿はなくぽつんと空いた席。廊下の窓から冷たい風がこぼれ、立ち尽くす僕の背中をなでた。
だが、すぐに冷たい空気は消えていく。
誰かが窓を閉めたのだろう。

どうでもいい。
そう頭の片隅で考えながら、目を伏せ自分の席へ向かう。その頃にはもう荒い呼吸は落ち着いていた。ちらりと空いた席を見る。
彼がたった一人の友達とか、そういうことはなかった。落ち着いた性格で帰り道が一緒の話し相手。

別に涙が出てくることはない。ただ胸の異物が大きくなっただけ。

数日後の話、彼は捕まったらしい。ニュースでも放送されたとのこと。

今思うと、友達が少なかった彼は、関係が浅くとも唯一話せる僕にしか伝えれる人が思いつかなかったのだろう。
余裕そうに見えたその表情は、本当は恐くて泣きたくて泣き縋りたかったのだろう。
僕は人の表情をよく見ないから。見ないせいで。
「今考えてもか。」

胸が押しつぶされそうになる。別に仲良い訳ではなかったけど。特別な友達ってわけではなかったけど。

いや、特別だったのかな。
他とは違って、真剣に話を受け止めてくれていた友達だったから。

「いまきづいてもなぁ…」
無意識に声が震える。弱々しく、今にも消え入りそうだった。
僕も、もっとちゃんと、君の表情を見て君の話を聞いて君の悲しみを知りたかった。

べつに
いまさらこうかいしてもだけど、

12/9/2024, 2:02:34 AM

頬が濡れる。
貴方のシルエットがぼやけて見えた。お気に入りと言っていたマフラーの青色。それは目の前に立っているのがあなたという証拠。

私はまだ貴方を感じていたい。そう思い、目の前の青に手を伸ばした。
何度も何度も空振って、それでも諦めずに彼女に触れようとする。

「ごめんね、こんな母でごめんね。まだ貴方の母親を全う出来てないから」

泣きじゃくっても、視界が歪んでいても、はっきり伝わるよう懸命に口を動かした。
目の前の青色、そして涙で歪んだ茶髪を頼りに、私は何度も言葉を繰り返す。

「戻ってきて。お願い。お願いだから。」

最後に振り絞った言葉だった。
その声はもうかすれていて、今にも消えそうなほど弱々しい。
すると、震えていた私の手が暖かいぬくもりに包まれる。瞬時に貴方の両手だと分かった。
私は手を握り返して、一生懸命彼女を感じようとする。

「今までありがとう。」
優しく切なく愛おしい声。貴方の声。
私が大好きな声。
「私のお母さんは、母親を全うしてたよ。」
貴方はゆっくりとそう言った。そんなわけがない。
そんなこと言わないで。
料理も失敗ばかりで、貴方を思い詰めるような言葉を言ってしまって、私はそれに気付かなくって。

震えながら首を横に振った。何度も振った。
手を強く握ったまま、貴方を見る。先程よりはっきりと見える貴方の姿。また目尻に涙を浮かべる私を見て、貴方は微笑んだ。

「娘の私がそう言うんだもん。当たり前だよ。」

その表情は毎日見てきた優しい笑顔でもあり、私が気付けなかった悲しみに溢れている表情。
今ではすぐに気付ける。今なら分かるのに。
もう一度、溢れそうな涙を堪えながら伝える。はっきりと貴方に伝わるように。
「本当に今までありがとう、こんな私でごめ…」
「別れにごめんはやだな。」
彼女が私の言葉を遮る。誰よりも強く、真剣な目をしていた。

彼女の目を見た私は心を決めた。まだ少し唇を震わせがらも、真剣な眼差しで頷く。そんな姿を見たら私だって負けてられない。もう二度と会えないけど。貴方を肉眼で見る事はできないだろうけど。

私はゆっくりと呼吸をして、口を開く。
「本当に今までありがとう。来世で、幸せにね。」
泣きそうながらも笑顔で言う私に、貴方は元気に頷いた。その瞬間、目の前全てが光に包まれる。

目を開けるとそこは、娘の私物が混ざったぐちゃぐちゃの部屋だった。そんな部屋を見渡しながら、息を吐く。
「…掃除するかぁ」

11/30/2024, 12:32:11 PM

「じゃあ、行ってくるね」
そう声をかける彼。私はこくんと頷いた。
泣きじゃくったのが丸分かりな瞼に、つい笑ってしまう。
「今までありがとう」
そう言い放つと、彼はまた目尻に涙を浮べた。
そんな姿をされたら私まで悲しい気持ちになるじゃないか。
私は溢れ出そうな感情を我慢して、大好きなその姿に頭をこすりつける。するとがくんと膝から崩ちる彼。
「ごめん、ごめんね」
そして手のひらで懸命に涙を拭いながら、弱々しく謝っていた。
指の間から見えるきらきらとしたその涙。私はそっと彼におでこを合わせる。
いつもなら反応するが、今日は何をしても泣きじゃくるままの彼。いや、今日だけじゃなくこれからもだろう。

私はそんな彼のおでこに口付けをして呟く。

「にゃぁ〜」

泣かないで


そんな声はもう届かず、私はただひたすら頭をこすりつけるだけだった。

11/28/2024, 4:03:07 AM

「ふー…」
白い息を吐く街の人々を見て、改めて冬だと実感させられる。
隣にはマフラーに顔をうずめる君。
雪だらけの風景が、より彼女の赤い瞳を目立たせた。

その赤が混ざった黒髪にふわりと雪が乗る。君はそんなことには気にかけず、キラキラとした街の様子を何も言わずに見つめるままだった。

「たつや、本買ってえや」
「多分買う」
すると遠くから聞こえる、馴染みある話し声。彼女もその声に気付いたようで、急いで後ろを振り向く。
そこには予想していた通りの人物達がこちらに向かっている様子だった。
「おっ、早いね。」
彼らもこちらに気付く。
彼女はニパッと明るい笑顔で彼らの方に駆け寄っていった。僕もその後ろからついていく。
「はいこれお前の分。」
そう言われると同時に、温かいものが頬に当たる。
見ると、ココアと大きく書かれた缶ジュース。困惑した表情で渡してきた彼の目を見た。その橙色の瞳は前で話しながら歩いている4人をちらりと見てから言う。
「たつやの金だから大丈夫。」
「えぇっ!?」
思わず驚いた声を上げる僕に、彼は笑って言葉を続けた。
「嘘だよ、これ自分の奢り。」
クスクスと笑いながら言うと、もう一度差し出されるココア。その楽しそうな笑顔につられて僕もありがとうと笑い返す。

「あ、来たー!」
世間話をしているうちに目的地の広場へとつき、たくさんの人と合流する。どんどん声が増え、賑やかな雰囲気になって行く。
街の写真を撮っている者もいれば楽しそうに話している者も。明日には忘れているだろうつまらない話で腹を抱えて。
ベンチに座る僕は、ココアで手を温めながら呟いた。
「…たのしいなあ…」

10/15/2024, 6:12:04 AM

彼は今あいつが憎くて憎くて仕方ないだろう。殺したいぐらいだろう。
思い出が詰まった大切なものを壊されたのだ。そりゃそうだ。憎んで当然だ。
「大丈夫?」
帰り道、僕は彼に声をかけた。少しでも心が楽になるようにと背中をさする。
“泣いて大丈夫なんだよ” “よく耐えたね”
さすりながらそんなありきたりな言葉をかけた。
彼は笑って言う。
「うん、大丈夫だよ。」
いつも通りの笑顔に一瞬心が惑わされる。
そんなことをされても手を出さないなんて。怒鳴らないなんて。
「優しすぎるんじゃない?」
おもわず声に出してしまった。
焦った僕はすぐつぎはぎに言葉をつけたす。その間の彼は黙ったままでさらに僕を慌てさせた。
次の言葉を頭の中で巡らせていた時、やっと彼が口を開いた。

「優しいんじゃない。」
今にも泣き崩れそうな表情。小さく震えた声。
初めて見るその姿に僕は唖然とする。
「勇気がないだけだ、弱い人間なだけだ、優しくないんだよ、」
苦しそうに言葉を連ね続ける彼。
「そっ…」
“そうだよね” “辛かったよね”
僕はすぐに声を飲み込んだ。声を出せなかった。
今の彼に何を言っていいのか分からなかった。
何を言っても彼にとったら醜い毒なような気がした。

僕は理解した。
彼は今あいつを責めてるんじゃない。自分自身を責めてるんだ。自分が憎くて憎くて仕方ないんだ。

いや、違うかもしれない。
勝手にそう解釈してまた理解したふりをしているのかもしれない。

僕は結局何も言えなくて、小さく鼻のすする音だけが聞こえた。

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