脈動感の汗に包まれたその笑顔が輝かしい。
拳を振り上げ、"感動"と"歓喜"を歯の奥に噛み締めている彼らの姿。
そんな澄み切った表情に私は胸を打たれた。
「くそっ!」
掠れた声で貴方は叫ぶ。否定的な言葉を発しているのに、否定的な言葉のくせに。貴方はこれ以上にないほどの"楽しい"を表現していた。否、貴方だけではない。貴方の背を追いかけた彼ら全員も愉快な表情を浮かべている。
まずい。溺れる。
瞬間、嚥下の音が耳を占領した。抜け出せない。こんな美しい界隈に溺れないわけがない。
「好きだ」
既に溺れ、楽しみ、抜け出せなくなっている彼らが。
好きを追いかけ続ける貴方が。とてつもなく好きだ。
【君の背中を追って】
湿った手を取り合う。
ある限りの力で貴方を引っ張り続けた。
入学しました。
「生きたい。」
沈黙が続く。
そう言い放たれた言葉が、酷く耳にこびりついた。
掠れ、少しの風で消え失せそうなほどに弱々しい。
今の彼がどんな表情をしているのか。
想像が、出来なかった。したくなかった。
「ごめん」
私の声は彼よりも小さくて、弱かっただろう。
声も。心も。
世界が終わった。
遠い青空を見上げる。流れ星など一つもないが、一番輝きを放っている星に手を合わせた。
「明日の遊びは、充電持つよーに!」
人工物の光で消えかかっている小さな星に、手を合わせたままゆっくり目を閉じる。
が、再び目を開いた瞬間に世界は終わっていた。
「あれ」
見渡すと周りはグレーばかりの地面で、空は赤一色に染っている。邪魔なくらいにあった建物は綺麗さっぱり崩れていた。
建物がないせいか、おかげか、いつもよりもそんな空が広く感じてしまう。
日々騒がしかった人の声も鳥の声も今は一切聞こえない。人がいる気配はまったく感じないが、とりあえずコンビニへ向かうことにした。
コンビニならいつもの気だるげな店員がレジを打っているのが目に見える。こんな世界でもコンビニだけは動いているような、不確実な安心感があった。
「ない。」
なかった。コンビニがあった場所も全てボロボロ。灰と化していた。次に近かったコンビニも、その次の次に近かったコンビニも。その次の次の次に近かったコンビニも。
跡形もなかった。
ドッキリにしては手が込んでいる。手が込み過ぎている。夢かも疑った。が、はっきりと意識もあり思ったように動ける。手を握ったり、開いたりを繰り返して何度も僕は確認した。
「夢じゃないのかな」
急激に不安が押し寄せる。少しでも不安を和らげようとジャケットのポケットに手をつっこんだ。
その時、ポケットの中で手に硬いものがぶつかる。僕は瞬時にそれが何かを理解し、ガシッと掴んだ。
「そうだ。携帯。携帯があるじゃん。」
そういえばと、一番重要な携帯があったではないか。僕は急いで携帯を取り出した。遊ぶ予定を立てていた友人に電話をかけてみる。
今目に見えている事をまだ呑み込みたくない僕は、希望を抱いた。
瞬間、人の声が聞こえたと思ったが、それはYouTubeからでしか聞いたことがない女性の音声。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。』
目が揺らぐ。母にも兄弟にも先輩後輩にも。全てかけた先には繰り返される女性の言葉。
『おかけになった電話番号は──』
他に僕が持っているものはモバイルバッテリーと黒のコードレスイヤホン。あと北里柴三郎が3人ほど入った財布。深呼吸した後、僕は目を瞑った。そしてまた開いてみる。
当然視界は変わらず灰と赤で染まっている。
僕は完全に世界が終わったことを認識した。
なぜ僕だけが怪我ひとつもないのかは僕自身でも分からない。そんな分からないことだらけのまま、僕はとりあえず歩き出すしかなかった。
誰もいない静かな街。見慣れていた街の面影は少しばかり残っていた。90度程に曲がっているグレーの信号が。今は1部の壁しか残っていないショッピングモールが。通り過ぎる度に信じられなくなる。
だが僕は。
案外こっちの世界の方が好きかもしれない。
うるさかった街の足音も今ではありえないほど静かで、毎日漂っていたきつい香水も今ではどこに行っても存在しない。
好きな生き物がもう見れないのは辛いけど。それでも出来ることも楽しめることもたくさんある。
好きな音楽のプレイリストを開いて、耳が痛くなるぐらいにイヤホンの音量を上げた。そして空を見上げ、ぐるっと回ってから歩き続ける。
好きな場所を好きなように歩けるこの快感は、この世界でしか感じれないと思っている。
大好きな音楽に浸りながら、流れるようにステップを踏む。いつか充電がなくなる前にはこの世界を楽しんで浸って漫喫したい。
明日も明後日も今はいない作者の曲を聴き続けるだろうと、数え切れないほどたくさん光っている星に僕は手を合わせた。
「自分が死ぬまでは、充電持ちますよーに!」