世界が終わった。
遠い青空を見上げる。流れ星など一つもないが、一番輝きを放っている星に手を合わせた。
「明日の遊びは、充電持つよーに!」
人工物の光で消えかかっている小さな星に、手を合わせたままゆっくり目を閉じる。
が、再び目を開いた瞬間に世界は終わっていた。
「あれ」
見渡すと周りはグレーばかりの地面で、空は赤一色に染っている。邪魔なくらいにあった建物は綺麗さっぱり崩れていた。
建物がないせいか、おかげか、いつもよりもそんな空が広く感じてしまう。
日々騒がしかった人の声も鳥の声も今は一切聞こえない。人がいる気配はまったく感じないが、とりあえずコンビニへ向かうことにした。
コンビニならいつもの気だるげな店員がレジを打っているのが目に見える。こんな世界でもコンビニだけは動いているような、不確実な安心感があった。
「ない。」
なかった。コンビニがあった場所も全てボロボロ。灰と化していた。次に近かったコンビニも、その次の次に近かったコンビニも。その次の次の次に近かったコンビニも。
跡形もなかった。
ドッキリにしては手が込んでいる。手が込み過ぎている。夢かも疑った。が、はっきりと意識もあり思ったように動ける。手を握ったり、開いたりを繰り返して何度も僕は確認した。
「夢じゃないのかな」
急激に不安が押し寄せる。少しでも不安を和らげようとジャケットのポケットに手をつっこんだ。
その時、ポケットの中で手に硬いものがぶつかる。僕は瞬時にそれが何かを理解し、ガシッと掴んだ。
「そうだ。携帯。携帯があるじゃん。」
そういえばと、一番重要な携帯があったではないか。僕は急いで携帯を取り出した。遊ぶ予定を立てていた友人に電話をかけてみる。
今目に見えている事をまだ呑み込みたくない僕は、希望を抱いた。
瞬間、人の声が聞こえたと思ったが、それはYouTubeからでしか聞いたことがない女性の音声。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。』
目が揺らぐ。母にも兄弟にも先輩後輩にも。全てかけた先には繰り返される女性の言葉。
『おかけになった電話番号は──』
他に僕が持っているものはモバイルバッテリーと黒のコードレスイヤホン。あと北里柴三郎が3人ほど入った財布。深呼吸した後、僕は目を瞑った。そしてまた開いてみる。
当然視界は変わらず灰と赤で染まっている。
僕は完全に世界が終わったことを認識した。
なぜ僕だけが怪我ひとつもないのかは僕自身でも分からない。そんな分からないことだらけのまま、僕はとりあえず歩き出すしかなかった。
誰もいない静かな街。見慣れていた街の面影は少しばかり残っていた。90度程に曲がっているグレーの信号が。今は1部の壁しか残っていないショッピングモールが。通り過ぎる度に信じられなくなる。
だが僕は。
案外こっちの世界の方が好きかもしれない。
うるさかった街の足音も今ではありえないほど静かで、毎日漂っていたきつい香水も今ではどこに行っても存在しない。
好きな生き物がもう見れないのは辛いけど。それでも出来ることも楽しめることもたくさんある。
好きな音楽のプレイリストを開いて、耳が痛くなるぐらいにイヤホンの音量を上げた。そして空を見上げ、ぐるっと回ってから歩き続ける。
好きな場所を好きなように歩けるこの快感は、この世界でしか感じれないと思っている。
大好きな音楽に浸りながら、流れるようにステップを踏む。いつか充電がなくなる前にはこの世界を楽しんで浸って漫喫したい。
明日も明後日も今はいない作者の曲を聴き続けるだろうと、数え切れないほどたくさん光っている星に僕は手を合わせた。
「自分が死ぬまでは、充電持ちますよーに!」
「ぐるにゃあ〜」
そう威勢良く鳴く君の頭に僕の鼻を押し付けた。
どこの香水か伺いたいぐらいに優しい匂いが僕を落ち着かせてくれる。
「この匂いはお日様から買われたんです?」
ふわふわの頭にキスを落としたあと、縦に伸びた瞳へ問いかけた。君は返事をするようゆっくり目を瞑り、また開いて僕を見る。
僕も返すように目を瞑り、またゆっくりと目を開いた。
通じたのか否かは分からないが、彼はごろんと床に寝転がり、気持ち良さそうに体を伸ばしている。
僕はそんな真っ白な腹の毛に手を置いた。そして左から右に手を繰り返し動かす。
彼には誰しもがうっとりしてしまうだろう。
どんな行動でも、どんな表情でも。
どこを切り取っても必ず絵になっている。
「僕もそうならいいのに…」
「うにゃぁ?」
呟く僕に、君はいつもの可愛らしい声で返事をしてくれた。そんな彼に微笑みながら家の窓に手を掛ける。
窓の向こうには風が流れる度に音を奏でる緑色、そして青を背景に泳ぎ続ける入道雲が大きく広がっていた。
僕はゆっくりと夏の風を鼻で味わい、肺いっぱいになった空気を口から吐き出す。
すると、そんな自然の香りに浸っている僕の横を彼が気にせず通る。そして窓枠の上で悠々と毛繕いをしてから、軽々しく外に飛び出た。
「散歩の気分かな。」
僕は彼を見て、カメラを手に取りお気に入りの帽子を深くかぶる。そして僕も同じように窓枠を力いっぱい踏んで外に飛び出る。
君は気にせず、いつも通り尻尾をゆらゆらとご機嫌な様子で歩いていた。
○ざめ 🔒
@zame_ra09
さよなら、俺死ぬねー
2025年1月28日 16:49
私は嫌いな人と心中することにした。
デマを信じて私を無視したり、デマが誤解だと分かったら急になれなれしく呼び捨てしてきたり。
ツイッターでリスカした腕の写真をわざわざ載せてるし。
いつも謝罪の言葉より言い訳の文字数の方が多いし。言い訳は自分を守るためなのがバレバレで、私はそんな彼のことがいつも嫌いだった。
元々なんとなく嫌いだから、小さな欠点が大きく見えているだけかもしれないけど。
でも
私は今日、その嫌いな人と心中する。
きっかけは彼の自殺宣言ツイートを見つけたから。彼は週に一回同じようなツイートをしており、いつも気にしていなかった私だが、その日は違った。
║送信║
○ ざめ 🔒 @zame_ra09 8分
さよなら、俺死ぬねー
︳
︳
返信先 @zame_ra09
○ 一緒に死のう︳
私は指を止めることなく淡々と動かす。そして、迷うことなく送信ボタンを押した。自分でも何を考えているのか分からないほど、その時の記憶はふわふわとしている。
どうせ彼は私と違って言葉だけだ。
彼が裏切らないよう、場所も決めて自殺時間も決めて一緒に同じ場所で死んでやろう。
嫌いなやつと心中したなんて遺書に書かれていたら、それはそれは面白そうだ。家族や警察の驚く顔が見てみたいが、死んだら見れないのが残念。
返信が来る前に、私はまだ決まってない今後のことについて頭を回らせる。
すると、透明なハートの横に、「1」の数字がついた。
私はすぐに口角を上げる。画面をじっと見つめた。
だが、数分待っても返信は来ない。
「ああ、ひよったな。」
私は眉をひそめて呟いた。だけどこれも想定内。私はLINEを開き、彼のアイコンを探した。
ゆっくりと画面をスクロールしながら一つ一つのアイコンに目を向ける。
「いたいた」
私は見つけたアイコンをタップし、文字を打ち始めた。
待ち合わせ場所、時間帯、自殺方法、遺書など、すぐに長文になったメッセージを完成させる。私は胸を踊らせながら静かに送信した。
すると先程のツイートのように一瞬で既読の文字が表示される。また無視されるのではないか少し不安を思いながらも、画面を見つめて彼を待った。
数分後、彼のメッセージが映し出される。
『じゃあここで。 』
メッセージと共に出てきたのは近所にある橋の画像。目を見開く。まさか本当に返信が来るとは。少し驚いたが、私はそのまま話を続けようとお気に入りのOKスタンプを送ろうとする。
「…いや、こっちだな」
やはりお気に入りを使わず、煽りが感じられるOKスタンプを送ることにした。
順調に話は進み、思ったよりも早く約束が決まる。そして決めた待ち合わせ時間が迫ってきた。
準備は万端。服も髪のセットも。
死んだらもうぐちゃぐちゃになるけれど、死ぬ直前までは死ぬほどお洒落な容姿で生きたい。
最後に、1文だけ書いた遺書をリュックに詰める。
びっしり書こうか迷ったが、死ぬくせに未練があるようでダサく感じるからやめた。
腕時計を確認しながら、軽すぎるリュックを背負う。そして何も知らない親に「いってきます」と一言放ち、笑顔で家を出た。
待ち合わせ場所に向かいながら、今までの不愉快な記憶を思い出す。
「お金がない子もいるんだよ」「家庭が酷い子だっているんだよ」
「貴方より辛い子いっぱいいるんだから」
何度も聞いた言葉。
相談する度に比べられた他人の不幸と私の不幸。
相談相手からは私の辛い気持ちはちっぽけだと言われ続けていた。
幼い私はその言葉を真に受けて、自分からまでもちっぽけだと言い聞していた。
だけど今、比べてきたそいつらに言ってやりたい。
「貴方のせいで人が自殺します!一生罪悪感抱いてあわよくばお前も死んじゃえ!皆皆、死んじゃえ!!」
道の真ん中で私は叫んだ。彼らに言われたように何度も何度も。
無意識に溢れる涙なんか気にせず、吐きそうになるほど叫び続けた。ぼやけた視界でぐにゃぐにゃの横断歩道を渡る。
先程すれ違った人や同じ歩道に歩いてる人が私を警戒しているのが分かった。
遠くの店前で立ち止まってる若い女性はスマートフォンを私に向けていて。先程すれ違ったスーツの男性は何やら警察を呼んでいるようで。
あー、私今から自殺する人なんだよー。
皆に言ってやりたかった。
大きな声で自慢してやりたかった。やっと、長年の夢が叶うから。
だけど、気が付くと私は数人の警察官に囲まれていた。あともうちょっと目的地に着くのに。
嫌いな彼に遅れるって連絡しないと。いや、連絡しないでいいかな。
彼がしたように、大幅に遅刻してやろう。
それで謝罪の言葉よりも言い訳ばかりをして…
「お母さんお父さんは?みせいね…?」
「一旦…しょで…はな……たい…だ……」
声がどんどん遠くなっていく。
視界がおかしくなって、自分を俯瞰してるような感覚になっていた。
ふわふわと全てがどうでも良くなる。
「ぁ」
すると突然視界が傾いた。同時に、ぷつりと意識が途絶える。
「…?…だ…じょ…ぶ?………!………────」
─目が覚める。
薬品の匂いが鼻の奥をくすぐった。視界には見慣れない乳白色の天井。
体を起こそうとすると、突然手を握られる。
「みひろぉ…みひろぉ…」
そこには瞼を真っ赤にして私の名前を小さく繰り返す母だった。私は笑って母に挨拶をする。が、母は怒った顔で私の頬を強くつねった。
どうやら彼が全て話してしまったようだった。
恐らく私の遺書に書いてあった彼の名前から事情を聞かれて答えたのだろう。どうせあいつのことだから涙目で都合良く答えたに決まってる。
「みひろ、死のうとしたの本当なの?」
母に真剣な眼差しで見つめられる。私はその視線に耐えきれず目を逸らそうとするが、顔を抑えられてしまった。
沈黙が続く。
何か言わなければと口をパクパク動かすが、小さい呼吸の音だけが室内に響き渡った。
「…あ…」
やっと声が出たと思った瞬間、目尻が熱くなる。
「…だって…だっでぇ…しにたかったん…だもん…!!」
視界の涙が母の姿を歪ませた。情けなく喚く私を、母は抱き締めた。多分、今の私は母よりも瞼を赤くしていると思う。
ナースさんにお静かにと注意されながらも、私と母の鼻をすする音が今でも強く印象に残っている。
その後は私と彼にそれぞれのカウセリングがつき、家に帰ってから親に今までの辛さを全て吐き出した。
親は黙って聞いてくれ、口を挟む祖父は母に黙らされていた。
それ以降、嫌いな彼の自殺宣言ツイートは見かけない。それでも私が彼を嫌いなのは変わりないが。
「ころしちゃった」
火曜の帰り道。
そう呟く君に僕は目を見開く。
「お父さんを。昨日の夜に殺しちゃったんだ。」
何故殺したのか、凶器は何を使って殺したのか、彼は淡々と話し出す。
正直、内容はほとんど覚えていない。その彼は怯えていたわけでもなく堂々としているわけでもなかった。
ただ、いつも通りつまらない世間話をしているかのような、そんな雰囲気で話している様子が衝撃的だったから。
その後の僕はたぶん、テキトーな相槌を打って家に帰った。家に帰って、部屋のベッドに寝転がって、いつもみたいにだらだらゲームをしていた気がする。
目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていた。時間を見ると学校が始まる寸前の時間だった。僕は急いでリビングに駆け下りる。
いつもなら強引にまで起こしてくれるはずの母だが、今日はのんびりとコーヒーを飲んでくつろいでいた。
僕はそれを見て眉をひそめながらも、制服に着替えようとする。すると母に呼び止められた。
「しばらく休校だって。」
母はそう言う。いつもと違う口調と声のトーン。
先ほどまで焦っていて分からなかったが、久しぶりに顔をよく見ると彼女の表情は酷く曇っていた。
昨日の出来事が頭に思い浮んだ。まるで夢だったのかと疑ってしまうほど記憶がふわふわしている。
もしかして。
昨日の彼の発言がもし事実なら。
息を呑んだ。
「何かあったの?」
思い切って聞いてみると、母は少しの間黙りやっと口を開いた。
「…近くで事件があったらしい。」
母の目は激しく揺らいでいた。長い間、沈黙が続く。
そうか。事実だったんだ。
「ぁぁ…」
息を吐くと同時に、自然に声が漏れた。
僕はしばらくその場で立ち尽くす。
「ご飯、にしよっか!」
母は場を切り替えようと手を叩いた。僕は無理やりにでも口角を上げて頷く。すると母は急いでキッチンに向かった。
その日は母も僕も正常を保とうと必死な一日だった。
休みが明けた月曜日、制服に着替え学校に向かう。
まだ心の異物が取り除けてないまま、教室の扉を開けた。その扉はいつもより重く感じ、ぐっと入れたくない力を入れる。
「あ、おはよう…」
友達の無理やりに笑ったその表情が酷く頭にこびりついた。荒くなってくる呼吸を抑えながら彼の席に目を向ける。
そこに彼の姿はなくぽつんと空いた席。廊下の窓から冷たい風がこぼれ、立ち尽くす僕の背中をなでた。
だが、すぐに冷たい空気は消えていく。
誰かが窓を閉めたのだろう。
どうでもいい。
そう頭の片隅で考えながら、目を伏せ自分の席へ向かう。その頃にはもう荒い呼吸は落ち着いていた。ちらりと空いた席を見る。
彼がたった一人の友達とか、そういうことはなかった。落ち着いた性格で帰り道が一緒の話し相手。
別に涙が出てくることはない。ただ胸の異物が大きくなっただけ。
数日後の話、彼は捕まったらしい。ニュースでも放送されたとのこと。
今思うと、友達が少なかった彼は、関係が浅くとも唯一話せる僕にしか伝えれる人が思いつかなかったのだろう。
余裕そうに見えたその表情は、本当は恐くて泣きたくて泣き縋りたかったのだろう。
僕は人の表情をよく見ないから。見ないせいで。
「今考えてもか。」
胸が押しつぶされそうになる。別に仲良い訳ではなかったけど。特別な友達ってわけではなかったけど。
いや、特別だったのかな。
他とは違って、真剣に話を受け止めてくれていた友達だったから。
「いまきづいてもなぁ…」
無意識に声が震える。弱々しく、今にも消え入りそうだった。
僕も、もっとちゃんと、君の表情を見て君の話を聞いて君の悲しみを知りたかった。
べつに
いまさらこうかいしてもだけど、
頬が濡れる。
貴方のシルエットがぼやけて見えた。お気に入りと言っていたマフラーの青色。それは目の前に立っているのがあなたという証拠。
私はまだ貴方を感じていたい。そう思い、目の前の青に手を伸ばした。
何度も何度も空振って、それでも諦めずに彼女に触れようとする。
「ごめんね、こんな母でごめんね。まだ貴方の母親を全う出来てないから」
泣きじゃくっても、視界が歪んでいても、はっきり伝わるよう懸命に口を動かした。
目の前の青色、そして涙で歪んだ茶髪を頼りに、私は何度も言葉を繰り返す。
「戻ってきて。お願い。お願いだから。」
最後に振り絞った言葉だった。
その声はもうかすれていて、今にも消えそうなほど弱々しい。
すると、震えていた私の手が暖かいぬくもりに包まれる。瞬時に貴方の両手だと分かった。
私は手を握り返して、一生懸命彼女を感じようとする。
「今までありがとう。」
優しく切なく愛おしい声。貴方の声。
私が大好きな声。
「私のお母さんは、母親を全うしてたよ。」
貴方はゆっくりとそう言った。そんなわけがない。
そんなこと言わないで。
料理も失敗ばかりで、貴方を思い詰めるような言葉を言ってしまって、私はそれに気付かなくって。
震えながら首を横に振った。何度も振った。
手を強く握ったまま、貴方を見る。先程よりはっきりと見える貴方の姿。また目尻に涙を浮かべる私を見て、貴方は微笑んだ。
「娘の私がそう言うんだもん。当たり前だよ。」
その表情は毎日見てきた優しい笑顔でもあり、私が気付けなかった悲しみに溢れている表情。
今ではすぐに気付ける。今なら分かるのに。
もう一度、溢れそうな涙を堪えながら伝える。はっきりと貴方に伝わるように。
「本当に今までありがとう、こんな私でごめ…」
「別れにごめんはやだな。」
彼女が私の言葉を遮る。誰よりも強く、真剣な目をしていた。
彼女の目を見た私は心を決めた。まだ少し唇を震わせがらも、真剣な眼差しで頷く。そんな姿を見たら私だって負けてられない。もう二度と会えないけど。貴方を肉眼で見る事はできないだろうけど。
私はゆっくりと呼吸をして、口を開く。
「本当に今までありがとう。来世で、幸せにね。」
泣きそうながらも笑顔で言う私に、貴方は元気に頷いた。その瞬間、目の前全てが光に包まれる。
目を開けるとそこは、娘の私物が混ざったぐちゃぐちゃの部屋だった。そんな部屋を見渡しながら、息を吐く。
「…掃除するかぁ」