「さっきの授業、居眠りしてた」
「この季節は眠たくなりやすいからね、仕方がないよ」
暖かい日差しが窓から差し込む昼下がり。隣の席に座る君はいつも肯定ばかりだ。
僕は机に頬杖をつきながら、パンをかじっているその小さな口を眺めていた。
「…昨日、顔がムカつくやつがいてつい殴ったんだ」
あんたは天才だった。
周りとは違う特別な感性を持っていた。
全てに才能があり、そこら辺のしょぼくれた中年よりも強い勇気を持っていて、誰よりも純粋な心の持ち主だった。誰よりも主人公だった。
だけど
「あんたはそれに溺れすぎた」
俺は言い放つ。ボサボサの白髪から覗くその丸い瞳孔を、しっかりと捉えながら。
「今じゃ人間の下の下にいる勘違い女だ」
窓の隙間から入り込む生暖かい風が、疎らに彼女の髪を揺らした。俺の言葉にあんたは口を引き攣らせる。反論こそはしなかったが、歪んだその愛想笑いが俺を酷く苛立たせた。
「はは…急に侮辱…?」
「その才能を磨けばいいものを、あんたは努力もしないでずっと自分の下を探し続けたんだ」
食いしばった歯の隙間から漏れでる俺の声に、何かを言いかけて小さく開閉を繰り返す彼女の口。昼下がりの柔らかい日差しが窓際のベッドを照らしている。数秒間の沈黙のあと。
「久しぶりに家に遊びに来たんだからそういうのはよそうよ、お茶飲む?」
あんたから出た言葉がそれだった。引き攣った口角を上げ続ける彼女は、立ち上がってそそくさとキッチンへ足を運ぶ。その後ろ姿を目で追いながら、尖った口を開いた。
「ぐちゃぐちゃになるまでやり続けろよ、人に見せんなよ、人に見せるためだけに動くなよ」
声が徐々に掠れていく。コップを握る彼女の指先が、僅かに震えているのが分かった。
「あんたの力はそっちの方が合ってるんだよ、あんたは凄いんだから、今から磨いてみろよ、何もしてないのに自分を過信するなよ」
あんたは何も言わずに、麦茶が入ったそのグラスをテーブルに置く。俺は決してあんたから目を離さなかった。再び腰を下ろす彼女。逸らされ続けるその目を、俺は真っ直ぐと見つめ続けた。そのとき、初めて目が合う。
「……暑苦しいね。それ、迷惑かも」
そう微笑むあんたから出た柔らかい言葉。俺は口を半端に開いて言葉を詰まらせた。
──拝啓、君へ。
お元気ですか。私は元気です。
蝉が泣きやまない午後、僕はようやくこの手紙を送ろうと決心しました。
あの日、祭りの最後。
君はあの花火を覚えていますか。僕はあの光景が今でも脳裏に焼きついたままです。
焼きついた光景は真っ赤な花ではなく、恥ずかしそうにはにかむ君の姿です。
今では花の弾ける音が聴こえるたびに、君のはにかむ浴衣姿を思い出します。
あの日、君の浴衣姿を初めて見ました。浴衣に慣れない君が、僕の手でバランスをとりゆっくり歩いていたのを覚えています。
あの時はああ言ったけど、本当は赤く帯びた顔を誤魔化すためです。
今、語っても仕方ありませんね。
あの時から素直になればよかった。
今更だけど、素直な僕の気持ちをここに、書き記します。
今まで素直になれなくてごめんなさい。照れ隠しで酷いことを言ってごめんなさい。
君といた時間が僕の人生の中で一番重要でした。
君の言葉が嬉しかった。君と過ごした日々が楽しかった。君の体温で埋め尽くされた日はいつもより脈が速かった。
貴方が好きです。
僕は、貴方をいつでも待っています。
───敬具。
「届いた」
君が呟く。蝉の声が止まる。鼓動の音が耳を占領した。
「届いたから、もうじゅうぶん。」
繰り返し言う君は優しい目をしているのに、何故か苦々しい言葉に聞こえた。
そして、スマートフォンへと視線を戻す。
私にはまるで興味がないみたいだ。
波音が私を誘う。
「あつい」
今はもう50度超えの包まれるような暑さ。
人類はもう現状に受け入れていて、私もその一人だ。海は近くても空気がずっと肌にまとわり続けるようでうざったらしかった。