8木ラ1

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7/10/2024, 5:10:56 PM

眩しい日差しが瞼をこじ開ける。
ムシムシとした空気に耐えられなかった私はリモコンに手を伸ばした。すると部屋のドアが開く。
「あら、起きてるわ」
声の先にいたのはエプロン姿の母親。
私が起きたことを確認すると黄ばんだ掃除機を持ち上げてずかずかと部屋に入ってくる。
ぼーっと眺めているといつのまにか部屋から追い出されていた。まだ重い瞼をこすりながらリビングに向かう。するとそこにはテレビのリモコンを取り合う父と弟。
「クイズ番組は賢くなれるんだぞ〜!だからその手を離せッ」
「俺もうそんな子供じゃねぇし、父さんが離せよ!」
いがみあってる二人を無視してキッチンへと足を運んだ。
冷蔵庫を開け、お茶が入ったポットを取り出す。
すると後ろから掃除機を抱えた母が戻ってきた。私を見て思いついたように声を出す。
「あ、そう牛乳!買ってきてくれない?」
私は父と弟に目を向けた。先ほどの喧嘩は嘘だったかのように父が弟に勉強を教えている。
母は二人は忙しそうねと私にバッグを渡した。買い物のメモも手に握らされる。どうやら私に拒否権はないみたいだ。
しぶしぶ軽い服装に着替え、靴を履く。無駄に結束力がある二人を横目に、私は家を出た。
スーパーは家からそう遠くない。歩いて数分ほどだ。さっさと買って帰ろう。
(アイスも買っちゃおうかな)
そんな呑気な事を考えながら横断歩道をわたる。
いや、わたろうとしたその瞬間、突然眩しい光が視界を覆う。それと同時に聞こえた激しい車のエンジン音。
遠くで飛び交う叫び声や怒号。痛みが強くなると共にたくさんの音が遠くなっていく──

「──はっ!?」
目の前には漫画やティッシュなどで散らかった部屋。そして不格好なペンギンが落書きされている見慣れた壁。私の部屋だ。
「夢…?」
荒い呼吸を整えてベッドから起き上がる。びっしょりと身体に張りつく汗。
夢のせいか暑さのせいか、どちらにしろ気持ち悪いのでエアコンをつけようとした。
「あら、起きてるわ。」
後ろから聞こえる馴染みある声。
振り向くと掃除機を持ったエプロン姿の母が立っていた。立ち尽くす私を無視して彼女は部屋に入り込んでくる。
「はいはい、掃除機かけるから」
そう言って私を部屋から追い出した。曖昧だった夢の映像が鮮明に蘇ってくる。同じセリフに同じ動き。
大きく鳴る心臓の音がより私を混乱に導く。

いや考えすぎだ。朝に母が起こしてくれるのはいつもの事だろう。首を横に振って自分に言い聞かせる。
だがそれを否定するようにすぐ夢と同じ光景が目に映った。
「だからその手を離せッ」
テレビのリモコンを取り合う父と弟。
二人の行動が夢と重なる。自分でも鼓動がはやくなるのが分かった。そんな私に二人が気が付く。
「どうした?具合でも悪いか?」
心配そうな表情で父は言う。そんな父とは裏腹に、弟はリモコンを奪ってすぐチャンネルを切り替えた。落ち着きたかった私はお茶でも飲もうと冷蔵庫を開ける。
「あ、そう牛乳!」
その時聞こえた二回目のセリフ。振り向くとそこには掃除機を持った母が戻ってきていた。そして同じようにおつかいを頼まれる。

間違いない。あれは夢ではなかったのだ。
私は今、時間をループしている。
(そしたら私はまた死ぬの?)
もしあれが夢でなければ私は車に跳ねられ死んだはず。あの時の光景が蘇り不安と恐怖が押し寄せる。

そうだ、断ればいいんだ。断れば…
買い物に行かなければ私は死なない。
そう思っていても中々声が出なく焦ってしまう。
「ぁ……あ…っ」
鼓動はだんだんはやくなっていく。
「俺が買いに行くよ」
手を挙げたのは先ほど心配そうにしていた父だった。
「そう、じゃあよろしくね」
母は不思議そうにしながらも父にバッグとメモをわたす。
未来が変わったのか?それともループしてるというのは気のせいだったのか?まだ理解が追いつかずその場で立ち尽くすことしか出来ない私。
すると父はそんな私の頭を撫でて言った。
「具合悪いならゆっくり休めよ」
その穏やかな声色が混乱していた私を安心させる。父のその言葉に母は私のおでこに手をあてた。「熱はないみたいね…」と心配そうに私を見る。親の温もりがこんなにも心地良いなんて。改めて気付く。

やはりあれはただの悪夢だったんじゃないか。
家族との会話で先ほどの恐怖は薄れていく。
ただの悪夢だと思いたい。
いつものようになんてことない話をしてなんとなく休みを堪能して今日という一日をなんとなくで終わりたい。

─ガチャ
「いってきまーす」
はっと玄関を見る。いつの間にかバッグを持った父が玄関に立っていた。そしてあくびをしながら家を出ていく。
まずい。このままでは父が車に轢かれてしまう。焦った私はすぐさま父のあとを追った。

「うわぁっ!」
腕を掴む私に父は驚く。
「あ、明日でいいんじゃない?ほらあ、雨降りそうだし」
何も考えずに飛び出てしまった為、咄嗟に言い訳を作った。
「快晴だけど…。今日は家で休んどき?」

7/1/2024, 3:04:21 AM

「僕と君が赤い糸で繋がっていればいいのに。」
騒がしい教室の中、ぼそりと呟く。
そんな情けない独り言はすぐにかき消さてしまった。友達と楽しそうに話す彼女を見つめる。もちろん彼女が僕を見てくれることはない。
小さくため息を吐いて机に顔をうずめた。教室の騒音を子守唄に眠ろうとした瞬間、優しく肩を叩かれる。
「?」
顔を上げると目の前には同じクラスの加藤が立っていた。彼はにやにやと笑いながら僕を見る。僕は顔をしかめた。彼はイケメンで成績も優秀、運動神経もまぁまぁ悪くはない。ウワサでは1000人の女子に告白されたらしい。そんな彼が僕を見て笑っている。なにかやらかしたのかと焦り始めた時、彼がゆっくりと口を開いた。
「さっきの誰のこと?」
口角を上げたまま僕を見つめる。何のことか理解できなかったがすぐに絶望に変わった。その目は全て見透かしてるようで僕を焦らせる。
「落ち着いてよ、誰にも言わないよ?」
信じられなかった。彼はモテるが女遊びが酷い。教師や女子の前では猫を被って僕らの前ではクズ野郎だ。そんなチャラチャラしてるやつの口が堅いなんてわけがない。
僕は重い唇をあげて言った。
「い、言わないよ。口軽そうだし…」
はっとすぐさま口を抑える。つい本音まで口にしてしまった。おそるおそる彼を見るが彼は気にしていない様子だった。
「気になるじゃん。ねえ?」
すると彼は力強く僕の腕を掴んだ。だんだん痛みがまして抵抗する僕に彼は言葉を続ける。
「今日さ、放課後遊びに行こ。」
そういう彼の瞳はどこか独占欲のようなものがあった。

6/29/2024, 2:06:55 PM

木にもたれる。
弱々しい風がこもれびを揺らした。
青い空を背景に雲がゆっくりと泳いでいる。もくもくとしたその雲の隣には暑苦しく主張が激しい太陽。その景色が改めて夏だと私を実感させた。
「あの雲いいね」
「入道雲だね」
ふと呟いた私に君が答える。彼女は本をパタンと閉じ言葉を続けた。
「私が一番好きな雲なんだ。」
そう言う君は嬉しそうに見えてどこか悲しそうだった。私は首を傾げる。
“好きなことを話をしているのに何故悲しそうなの?”
そう聞こうとしたが、すぐに言葉を飲み込んだ。
君の弱音を受け止められる自信がなかったから。私は弱い人間なんだなと自覚する。
「そうなんだ」
ぎこちない返事がより私の気持ちを汚した。君は青空を見ながら頷く。

6/29/2024, 10:13:57 AM

夏が始まった。
僕は叫んだ。また君が来るんじゃないかと信じていたから。
「僕はここにいるよっ!ここだよ!!」
何度も吐いた言葉。そんな必死な叫びも街の話し声によってすぐにかき消された。夏になると騒がしくなる。周りも。僕も。それでも僕は何度も何度も繰り返す。
「君はどこにいるの?僕はここにいる!」
君と会った日を鮮明に思い出す。今日と同じような日差しが強い日、君が僕を見つけた。
表情を変えずに見つめていた君の姿は、とても綺麗で美しかったのをよく覚えている。
さらさらとした灰色の毛も見下すような橙色の瞳も全て僕の心をつかんだのだ。
声を交わしたのはたったの1回だった。たった一言だけでも聴けた君の声。君は僕を覚えていないかもしれないが僕は君を覚えてる。
せめて君の声だけでも聴けないかと僕は呼び続けた。
鳴き叫んで鳴きじゃくって鳴き続ける。

すると視界は傾き真っ逆さまに僕は落ちた。
「あ…」
情けない声と共に地面にぶつかる。片方の翅がちぎれる。空が見えた時、君の声が聴こえた。
「んぐる、にゃあ」
僕は嬉しくて君を目で探す。でも君はどこにもいなくて、視界を占領したのは青い瞳の猫だった。

僕は食べられてしまった。

6/2/2024, 2:52:32 PM

「正直さぁ」

彼がいつもの言葉から話し始める。その言葉を口にする時は大体漫画や本の感想。
「っていう展開マジおもろかったわ!」
元気に話す彼の目はいつも嬉しそうだった。後その感想聞くの二回目。

僕は頷きながら最後のサンドイッチを口に放り込む。まぁほとんど話なんて聞いてないんだけどね。
すると彼もジュースを一口飲む。
「あーっ!やっぱ正直このジュースがいっちゃん好きだわ!」
そう笑って言う彼に僕は黙った。そんな僕を見て彼は顔にハテナを浮かべている。
これ、言っていいのかな。まぁいっか。
少し考え込んだが、すぐに決意した僕は口を開いた。
「正直っての嘘でしょ」
その言葉に彼は固まる。静まった空間は気まずくて、言ったことをすぐに後悔した。やっぱ言っちゃまずかったか。傷ついたかも。

彼は驚いた表情をしていたが、すぐに明るい笑顔を作っていた。
「あはは、何言ってんの!」
その笑顔は引きつっていて今にも崩れそうだ。あ、これやばいか。これどっちだろう。

まぁいっかと開き直った僕は気にせず言葉を続ける。
「加藤先輩が好きって言ってた本の展開もジュースも真似してるの、見て分かるよ。そもそもお前本苦手だったし。後そのアクセサリーも……」
淡々と喋り続ける僕の口は、彼の手で遮られた。彼が動いた衝撃でベンチからペットボトルが落ちる。見ると彼の顔は熱く帯びていた。
ちょっと喋りすぎたかもな。そう思っていてもすぐにまぁいっかと自分で許しを得る。

沈黙が続き、やっと口から手を退けられる。すると彼はゆっくりと口を開いた。
「べ、別にいいだろ。
正直…加藤先輩ってかわ、かわいいし…」
手で顔を覆いながら話す彼に僕は笑う。
「その“正直”は本当だね。」
「うるせぇ!!」

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