気まずい
非常に気まずい
とっくにぬるい炭酸と無口な君
時間稼ぎのためにさっきから炭酸を飲むけど、冷えていないせいでちっともおいしくない
もうひとりの友人が戻ってくるまで、あとどれくらいかかるのだろう
君も無口だけど、僕も無口だ
そして、僕たちはそんなに仲良くない
お互い、何を話していいかわからないのだ
さっき席を外した友人がいて初めて、会話が成立する体たらく
僕も君も、一言も喋らない
天気の話でもしようか
いやいや、話題がありませんとアピールするようなものだろう
やめておいたほうがいい
ああ気まずい
気まずさをごまかすように、相変わらずぬるい炭酸をチビチビ飲む
頼むから友人が戻る前に尽きないでくれよ
横目で君を見ると、ポカンと口を開けて、虚空を見つめている
けど、組んだ指で自分の手の甲を無意味にパタパタと不規則に叩いているあたり、君も気まずいと感じているんだろうな
こうなってくると、くだらない用事で一時的に席を外した友人が恨めしい
あいつはこうなることを理解しているはずなのに、どこで油を売っているのか
そろそろ炭酸をチビチビ飲むのも限界だ
そう思い始めた頃、君から状況を打開する素晴らしい一言が発せられた
「あの
ちょっと、戻るのが遅いから見てくるわ」
「え?
あ、ああ、頼むよ」
君の背中を見送りながら、僕は安堵した
気まずく待つくらいなら、一人の状況を作ったほうがお互いのためだ
僕はぬるい炭酸を飲むのをやめて、伸びをしたあと、すぐにスマホを出して動画を見始めた
あとはくつろぎながら、気長に待っていよう
なお、後日友人に文句を言ったところ、二人にすれば仲良くなるだろうと思い、わざと席を外したと白状した
言ってはなんだけど、結果的に無意味な気遣いだったな
ただ気まずくなっただけだから
期待は全くしていないんだけど、ふと思いついて、なんか面白そうだったので、やった
瓶詰めの手紙を海に流すやつを
どうせ誰のもとにも届かないだろうし、届いたところで、こんな怪しい手紙に書かれた連絡先に対して、なにかアクションを起こそうだなんて思う人はいないんじゃないか?
とりあえず、日付とちょっとした自己紹介、興味があったら連絡してみたいな文を載せて、海に向かってぶん投げる
波にさらわれた手紙は、すぐに見えなくなり、僕はそのまますぐに帰路についた
返事は来ないだろう
でも、今はそういうことがしたい気分だったのだ
これが悪行だとしたら、魔が差した、と表現すると思う
数年後、僕は手紙のことなんて忘れていて、思い出すきっかけもなく過ごしていた
しかし、ある日自分の机を整理していると、なんとなく覚えのある文章が書かれたメモが出てきた
ああ、これは前に書いた、海に流した瓶詰めの手紙の下書きだ
すぐにそう思い出す
そんなタイミングで、僕の携帯に電話がかかってきた
知らない番号
もしやと思った僕は、電話に出た
それがまずかったのかもしれない
「突然すまない
私は君の瓶詰めの手紙を受け取った者だ
君の熱い思いを受け取り、その願いを叶えたいと、連絡させていただいた」
心臓が飛び跳ねて、興奮した
なんてことだ
あの手紙を受け取った人が現れたぞ!
それにしても、僕の願いを叶えるって、無理に決まっているじゃないか
自己紹介ついでに書いたけど、あれはネタだよ
たぶん、僕に付き合ってくれているのだろう
一種の遊びというわけだ
なら、僕も遊びで返さなければならない
「あの手紙、読んでくれたんですか!
ありがとうございます!
ところで、僕は願いを書きましたけど、そんなこと、本当にできるんですか?」
「もちろんだ
でなければ、私は君に電話をかけていない」
力強い言葉が返ってきた
迫真の演技だな
俳優でも目指してるんだろうか
そういったことに協力できるなら、僕も手紙を海に投げたかいがあった
「大体でいいので、君の住んでいる地域、もしくは、簡単に行ける地域を教えてくれないか?
君の願いを叶えたい
当然だが、報酬などについて、君が気にする必要はない
私が勝手に君に胸打たれたのだ
相手に利益があるとしても、私が好きでやることに見返りは求めない」
「本当にいいんですか?」
「ああ」
「わかりました
よろしくお願いします!
じゃあ、行ける地域は……」
数週間後、僕は電話の相手と会うことになった
場所は最寄りの駅から電車で数駅のところ
その駅前で、目印となるかっこうをした男性が待っていた
「電話をくれたカーヴァーさんですか?」
「君が、手紙を流した人だね?」
見た感じ、普通の人だ
外国人風ではあるけど、日本語は流暢に話している
「さっそくだが、君の願いを叶えに行きたい
善は急げというからね
まあ、心の準備というのもあるだろうから、少し待つこともできるが……」
僕はワクワクしているので、大丈夫だと言った
こんなごっこ遊びでワクワクするなんて、いつぐらいぶりだろう
カーヴァーさんは、ついてきてくれ、と言って歩き出した
たどり着いたのは、ありふれた喫茶店
しかしお客さんも店員の人もいない
この時おかしいと思ったのだから、ここで退けばよかったのだ
なのに僕は、感覚がワクワクで鈍っていた
喫茶店の奥の方へ行くと、カーヴァーさんが止まり、こちらを振り向いた
すると目の前のカーヴァーさんが、まさに宇宙人!という姿に変身した
変身したというか、多分元の姿に戻ったのだ
僕はその瞬間、驚きとともに謎の力で眠らされた
なんとも言えない気分で目を覚ます
カーヴァーさんはどこにもおらず、手紙だけが残されていた
なんとなく、体に違和感がある時点で勘付いていたけど、手紙を一部読んで自分の身に起きたことを確信する
喫茶店にあった姿見を見る
すると僕は、僕がかつて手紙に書いた通りの状態になっていた
本当に、こんな姿になりたかったんじゃなくて、出来心というか、ニヤニヤしながらネタとして、ほんの冗談として書いたんだって
僕の頭からは猫耳が生え
さらに、ご丁寧に尻尾までサービスされていた
僕は猫耳になりたいとか、くだらないことを書きやがった過去の自分を心底恨んだ
これでどうやって生きていけばいいんだよ
いや、本当にどうすんのこれ?
マタタビという単語にすさまじい魅力を感じてるし
中身も影響されてるぞ、ヤバい
以下、カーヴァーさんの残した手紙の一部抜粋である
実際はもっと長い
「おめでとう
君は猫の特徴を備えた人間となった
私はとある星から来た、いわゆる宇宙人だ
(中略)
猫カフェというものに行ってみたら、私は彼らにある意味恋をしてしまったのだ
あのフォルム、鳴き声、気まぐれな態度、それでいて
(中略)
君の猫の特徴を備えたいという願い
私はそれに感動を覚えた
これはなんとしても猫を愛する者として叶えてあげたい
そう思った
一部とはいえ、猫そのものになるという素晴らしい夢
私の持てる技術の粋を集めて、実現させてもらった
(中略)
さあ、よい猫ライフを送ってくれ!」
何してくれてんの?
とりあえず、やり場のない怒りを、喫茶店の椅子を蹴り倒すことで一時的に晴らした
手紙の略した部分によると、喫茶店は今回のために用意したカーヴァーさんのものらしいので、別にいいだろう
ちなみに、カーヴァーさんは母星に帰ったってさ
しばらく地球には来ないそうだ
クソッ!
8月、君に会いたい
7月もいいけど、できれば8月にしてほしい
そのほかの月は会いたくないな
8月以外考えられない
他の月も会いたいっていう気持ちは、まぁわかるんだけど
私は8月だけ会えれば十分
その代わり、その間は毎日でも会いたい
なぜなら、大好きだから
すごく大好き
大好きなんだけど、8月以外に会う気は起こらない
無理に会ってもしんどくなる
私は、君と会う時は幸せでいたい
今日から8月だから、君に毎日会いに行く
正直、君無しで過ごすのはつらい
8月は君と会うことで頑張れる
心のオアシスが君
君と会えば日々の嫌なことなんて忘れてしまえる
今から会いに行くよ
8月になると私を癒やしてくれる君
私に力をくれる、冷たくて甘い、あのお店のかき氷
漫画やアニメのかっこいい、かわいいキャラが眩しくて、憧れたことがある人もいると思う
そのキラキラと眩しく輝くキャラに自分を重ね、こんなふうになってみたい、なんて考えることだって珍しくはないはず
それで、私生活で実際にそんなキャラの口調の真似をしたり、自分の設定を作ったりすることを厨ニ病なんて言い方をするわけだけど
まさしく僕もそんな一人だった
魅力を感じたキャラを見つけ、こうなりたいと憧れた
ただ、僕の場合は、普通憧れるようなキャラとは違う感じ
正直、珍しいタイプだと思う
僕は自分でも真面目だと思うくらい真面目な性格でね
そして大人しい
自分の真面目さは認識しつつも、そのことになんの感情も抱いてなかったんだ
僕にとっては、自分が真面目であることは当たり前のことだったから
そんなある日、友達から漫画を勧められた
僕はそれまで、あまりそういうものに興味は持たなくて、読んでこなかったんだけど、勧めてくれたんだからと、試しに読んでみたんだよ
そしたら、見事にハマっちゃって
内容は、クールな主人公が仲間と一緒にスタイリッシュに戦う、すごくかっこいいアクション漫画だった
でも、僕がいいと思ったキャラは、そんなスタイリッシュなキャラたちじゃなかった
メインキャラでありながら、人気はそれほど高くない
しかも戦闘能力も高くないから、バトルではほとんど活躍しない
だけど、仲間からは愛されているっていうキャラだったんだよ
いわゆるムードメーカー
お調子者で、みんなの肩の力を抜けさせる役割
衝撃を受けたよね
こんな生き方があるのかって
僕は面白い人間になろうと思って、そのキャラの真似をし始めた
最初はただの真似だったんだよ
面白キャラを演じる感じ
クールキャラに影響された人がかっこつけるように、お調子者になりきってた
でもしばらくして、なんかおかしいと思い始めてさ
これじゃあ上辺だけだなって
それで、本当に面白い人間ってなんだろう、なんて考えるようになった
面白キャラについてすごく真面目に考えたんだよ
自分の真面目さを初めてありがたいと思ったね
それで、自己満足じゃなく、相手のための面白さを追求しようと思い至ったわけだ
最初はみんな、どうした?みたいな感じだったけど、次第に僕は面白キャラを確立していった
ただの面白い人の設定から、本当に面白い人に成長したって感じたよ
それで今に至る、って話
僕の場合は面白さだったけどね、最初はかっこつけの真似だったとしてもさ
正しく自分の中に取り込めば、それはもう真似じゃなくてかっこいい人なのかもしれないね
熱い鼓動とは、大抵、自分が熱意を向けるなにかによって気分が高揚し、興奮とともに心臓が強く打ち付けることを指すわけだが……
このポジティブかつハイテンションな鼓動は幸せな気分に誘発されたものだろう
こんな鼓動なら、俺は健康に害が出ない程度に打ち鳴らしたいものだ
それだけ自分が楽しんでいるという証明なのだから
楽しい時は多いほうがいい
ところで、冷めた鼓動って聞かないよね
冷めた鼓動ってなんだろう
私の考えでは、熱い鼓動とは逆にネガティブな鼓動なんじゃないかなと思う
恐怖心とか、緊張とか、混乱とかによる鼓動だよ
肝を冷やすとも言うし
ホラー作品を見たり、わけのわからない状況に陥ったり
そんな時に心臓がバクバクする
こういうのが、冷めた鼓動なんじゃない?
熱い鼓動、冷めた鼓動
では常温の鼓動は?
ポジティブな感情による鼓動でも、ネガティブな感情による鼓動でもない
そんな状況の鼓動ってなんでしょう?
平静な心なのにもかかわらず、運動以外で心臓が鼓動を打ち付ける
これは……動悸ですね
病気のサインじゃないですか
常温の鼓動が発生したら、すぐ病院へ行ったほうがいいですよ