期待は全くしていないんだけど、ふと思いついて、なんか面白そうだったので、やった
瓶詰めの手紙を海に流すやつを
どうせ誰のもとにも届かないだろうし、届いたところで、こんな怪しい手紙に書かれた連絡先に対して、なにかアクションを起こそうだなんて思う人はいないんじゃないか?
とりあえず、日付とちょっとした自己紹介、興味があったら連絡してみたいな文を載せて、海に向かってぶん投げる
波にさらわれた手紙は、すぐに見えなくなり、僕はそのまますぐに帰路についた
返事は来ないだろう
でも、今はそういうことがしたい気分だったのだ
これが悪行だとしたら、魔が差した、と表現すると思う
数年後、僕は手紙のことなんて忘れていて、思い出すきっかけもなく過ごしていた
しかし、ある日自分の机を整理していると、なんとなく覚えのある文章が書かれたメモが出てきた
ああ、これは前に書いた、海に流した瓶詰めの手紙の下書きだ
すぐにそう思い出す
そんなタイミングで、僕の携帯に電話がかかってきた
知らない番号
もしやと思った僕は、電話に出た
それがまずかったのかもしれない
「突然すまない
私は君の瓶詰めの手紙を受け取った者だ
君の熱い思いを受け取り、その願いを叶えたいと、連絡させていただいた」
心臓が飛び跳ねて、興奮した
なんてことだ
あの手紙を受け取った人が現れたぞ!
それにしても、僕の願いを叶えるって、無理に決まっているじゃないか
自己紹介ついでに書いたけど、あれはネタだよ
たぶん、僕に付き合ってくれているのだろう
一種の遊びというわけだ
なら、僕も遊びで返さなければならない
「あの手紙、読んでくれたんですか!
ありがとうございます!
ところで、僕は願いを書きましたけど、そんなこと、本当にできるんですか?」
「もちろんだ
でなければ、私は君に電話をかけていない」
力強い言葉が返ってきた
迫真の演技だな
俳優でも目指してるんだろうか
そういったことに協力できるなら、僕も手紙を海に投げたかいがあった
「大体でいいので、君の住んでいる地域、もしくは、簡単に行ける地域を教えてくれないか?
君の願いを叶えたい
当然だが、報酬などについて、君が気にする必要はない
私が勝手に君に胸打たれたのだ
相手に利益があるとしても、私が好きでやることに見返りは求めない」
「本当にいいんですか?」
「ああ」
「わかりました
よろしくお願いします!
じゃあ、行ける地域は……」
数週間後、僕は電話の相手と会うことになった
場所は最寄りの駅から電車で数駅のところ
その駅前で、目印となるかっこうをした男性が待っていた
「電話をくれたカーヴァーさんですか?」
「君が、手紙を流した人だね?」
見た感じ、普通の人だ
外国人風ではあるけど、日本語は流暢に話している
「さっそくだが、君の願いを叶えに行きたい
善は急げというからね
まあ、心の準備というのもあるだろうから、少し待つこともできるが……」
僕はワクワクしているので、大丈夫だと言った
こんなごっこ遊びでワクワクするなんて、いつぐらいぶりだろう
カーヴァーさんは、ついてきてくれ、と言って歩き出した
たどり着いたのは、ありふれた喫茶店
しかしお客さんも店員の人もいない
この時おかしいと思ったのだから、ここで退けばよかったのだ
なのに僕は、感覚がワクワクで鈍っていた
喫茶店の奥の方へ行くと、カーヴァーさんが止まり、こちらを振り向いた
すると目の前のカーヴァーさんが、まさに宇宙人!という姿に変身した
変身したというか、多分元の姿に戻ったのだ
僕はその瞬間、驚きとともに謎の力で眠らされた
なんとも言えない気分で目を覚ます
カーヴァーさんはどこにもおらず、手紙だけが残されていた
なんとなく、体に違和感がある時点で勘付いていたけど、手紙を一部読んで自分の身に起きたことを確信する
喫茶店にあった姿見を見る
すると僕は、僕がかつて手紙に書いた通りの状態になっていた
本当に、こんな姿になりたかったんじゃなくて、出来心というか、ニヤニヤしながらネタとして、ほんの冗談として書いたんだって
僕の頭からは猫耳が生え
さらに、ご丁寧に尻尾までサービスされていた
僕は猫耳になりたいとか、くだらないことを書きやがった過去の自分を心底恨んだ
これでどうやって生きていけばいいんだよ
いや、本当にどうすんのこれ?
マタタビという単語にすさまじい魅力を感じてるし
中身も影響されてるぞ、ヤバい
以下、カーヴァーさんの残した手紙の一部抜粋である
実際はもっと長い
「おめでとう
君は猫の特徴を備えた人間となった
私はとある星から来た、いわゆる宇宙人だ
(中略)
猫カフェというものに行ってみたら、私は彼らにある意味恋をしてしまったのだ
あのフォルム、鳴き声、気まぐれな態度、それでいて
(中略)
君の猫の特徴を備えたいという願い
私はそれに感動を覚えた
これはなんとしても猫を愛する者として叶えてあげたい
そう思った
一部とはいえ、猫そのものになるという素晴らしい夢
私の持てる技術の粋を集めて、実現させてもらった
(中略)
さあ、よい猫ライフを送ってくれ!」
何してくれてんの?
とりあえず、やり場のない怒りを、喫茶店の椅子を蹴り倒すことで一時的に晴らした
手紙の略した部分によると、喫茶店は今回のために用意したカーヴァーさんのものらしいので、別にいいだろう
ちなみに、カーヴァーさんは母星に帰ったってさ
しばらく地球には来ないそうだ
クソッ!
8/2/2025, 11:12:15 AM