夢は夜見るもの、とは限らない
真昼の夢だってある
私は油断していた
少し疲れていたから、ちょっと横になろうと思ったのだ
そしてそのまま眠りに落ちた
夢の世界へゴーである
見たのはとてもいい夢
憧れの場所へ旅行に行くのだ
夢なのでおかしい部分はちらほらあるが、気分は最高
見たいと思っていた大迫力の城も見ることができた
しょせん夢の中なので、実際は全く迫力がなかったが
そうして満足のうちに目が覚めた私
時計を見たら夜七時
なんてことだ
とりあえず落ち着くために夕食の支度をして食べた
そして改めて今の状況を考える
今日は日曜日
明日は月曜日で、早起きしなければならない
だがいい夢を見た代償として、私は夜眠れない状態に陥った
絶対に朝方まで眠くならないし、徹夜しての外出はあまりに危険
どうすればいいか、私は悩んだ
悩んだところで、いい案など思いつかない
こうなってしまっては、やむを得ないだろう
まずは一度徹夜する
朝、眠気が来ても決して寝ないように気をつけながら、待機
時間まで耐えきったら職場に休みの連絡だ
こんなくだらないことで貴重な有給を使いたくはなかったが、他に手はない
頑張って暇をつぶしながら、朝を待つ
そしてそのまま眠りに落ちた
昼まで寝た
ついでに、再び真昼の夢を見た
今度は上司にこっぴどく叱られる悪夢だ
正夢になったのは言うまでもない
これは、戦い。
二人だけの。
彼女は正義のヒーローで、私は悪の王。
悪は正義に滅ぼされなければならない。
なぜなら、私がそれを望んだからだ。
倒されるために、私は悪の王になった。
すべては彼女のため。
彼女を、不幸のままでいさせたくはなかったから。
私は裏から手をまわし、彼女をヒーローに仕立て上げることにした。
悪である私を彼女が滅ぼせば、彼女は皆から認められる。
孤独に泣くことも、周りから蔑まれることもなくなるだろう。
誰かが共に笑い、誰かが共に悲しみ、誰かが守ってくれる。
一度そうなれば、彼女の本来の心の力で、その先もうまくやっていけるはず。
今まではただ、運がなかっただけなのだ。
きっかけさえあれば、彼女は輝ける。
そのきっかけを作るのだ。
しかし彼女は優しい。
私の目的を知れば、正義のヒーローとなることを拒否するだろう。
だから私は、目的を知られないよう、あらゆる手段で隠しきった。
私は絶対に、悪として正義の彼女に倒されて、退場しなければならない。
私が彼女にそこまでする理由。
それは大したものではない。
羨望だ。
彼女は、人に好かれる才能がある。
けれど、さっきも言ったように、ただひたすらに運が悪かった。
私は彼女の才能がとても羨ましい。
私もそんな才能が欲しかった。
だが、彼女はその才能を発揮できていない。
とてももったいないと思った。
勝手かもしれないが、彼女には、私の代わりに、私が望んだ幸せを掴んでほしい。
だから才能を発揮させようと決意したのだ。
ただ、それだけだ。
それだけの、くだらない理由だ。
さあ、始めよう。
私と彼女の、一対一の決戦。
彼女に倒されるための、最後の戦いだ。
夏だ
夏は暑い
暑くて嫌になる季節だろうが、虫が現れる季節でもある
俺たち害虫駆除業者はこの季節、暑さのストレスに追い打ちをかける虫どもから人々を守るため、日々戦っているのだ
要は夏が稼ぎどきというわけだな
さあ、今日はどんな依頼が来るのか
そろそろスズメバチとか、巣ごと駆除したい気分だ
俺はこの仕事が大好きで、依頼が来るとテンションが上がる
実は、仕事が多いという理由で、俺はこの暑い夏を最高だと思っているのだ
そんな中で、ようやく待ちに待った依頼の電話が来た
依頼主によると、緊急だという
その内容だが、イヤーワームの駆除だった
もう一度言うイヤーワームだ
説明しよう
イヤーワームとは、頭の中で同じ音楽が鳴り続ける現象だ
興味のない曲ほど耳から離れなかったりする、一度始まると意外とうざいアレのことだ
バカ言ってんじゃないよ、と思ったが、俺は別の名前の間違いではないかと聞き返した
だが間違いではないらしい
たしかにイヤーワームだの一点張り
とにかく、考えうる駆除の方法をいくつも持ってきてくれ、と言われた
断ってもよかったが、一応、何かの間違いの可能性もある
俺はいくつかのパターンを想定した道具を持っていった
そして、依頼主の自宅へ着いた俺は目を疑った
依頼主の男性の耳に、体と口のでかいミミズみたいなやつが引っ付き、大きめの音量で暑苦しい歌を流している
イヤーワームって虫だったの?
そんな疑問が浮かぶが、とりあえず仕事をしなければ
この夏の猛暑の中でこんな暑苦しい歌を耳元で流され続けるのはきついだろう
依頼主はゲッソリしている
スズメバチ並みに危険な害虫だ
俺はさっそく可能な駆除方法を試した
まず、イヤーワームは何をしても依頼主から引き離せない
こうなった以上、殺虫剤などは使えない
依頼主の健康を害するからだ
その制限の中で、他の方法を試したが……
無駄に終わった
やつは一切の物理的な駆除方法が効かなかったのだ
依頼主の許可を得て安全にビンタしたりもしたが、ピンピンしている
不死身かこいつは?
だが、俺は閃いた
一般的なイヤーワームの解消方法を試せば、こいつを駆除できるのではないか
俺はすぐに解消方法を調べた
いくつかあったが、俺は脳トレを選んだ
なぜなら、俺が車に置いておいた雑誌に、クロスワードパズルが載っていたからだ
脳トレで意識を逸らせば、イヤーワームを駆除できるかもしれない
結果から言おう
効果はてきめんだった
夏に聴くには暑苦しいあの歌が、依頼主がクロスワードパズルに夢中になっている間に小さくなっていき、イヤーワームの姿は透けていく
しばらくしたら歌もイヤーワームも完全に消えていた
なんとか、依頼達成だな
俺はこの仕事をしてきた中で、最も深く感謝された
ただ、害虫駆除の知識や技術が一切無意味だったので、複雑な気分だ
だがまあいいか
依頼主が報酬にかなり色を付けてくれたからな
しかしこんなにくれるとは、よほど追い詰められていたらしい
せっかくだから、今日は焼肉でも食いに行くか
世の中には、隠された真実がいくつもある
なぜ隠されてしまったのか?
その理由は様々だが、私はそのうちのひとつを暴こうとしている
私の師である学者が、長年研究していたものだ
師は、この研究をどういうわけか封印し、その後失踪してしまった
おそらく、それだけ恐ろしい結果が待ち受けていたのだろう
私はそう考えた
本来であれば、そんな研究は封印したまま放置すべきだったのかもしれない
だが私は好奇心を抑えられなかった
なんとしてもこの研究を完了させ、その先にある真実を解き明かしてみたい
その思いだけで、私は突き進んだ
だが、途中からこの研究の恐ろしさを知った
多くの人間にはこの内容は理解できないだろう
だが、師によって学んできた私には理解できてしまう
封印したのも頷けると納得した
しかし、私は止まれなかった
恐怖よりも好奇心がどうしても勝ってしまう
私は自分でも病的だと思うほどに、研究にのめり込んでいった
その途中で私は気づいた
師はすでに研究を完了させていたのだと
研究を完成させたことにより、失踪するに至ったのだ
この研究を改めて完了させれば、おそらくは私も……
失踪後何が待ち受けているのか
おぼろげながらなんとなくその正体を掴んだそれに気づいた時、私はそれまでの人生で一番興奮した
師は封印したのではない
研究の成果を残せなかったのだ
この研究は、途中から痕跡を残すことができなくなる
なぜなら、自分の頭の中でしか進められなくなるからだ
何を言っているのかわからないことだろう
しかし、このステージに来なければ、到底理解できないことなのだ
これを言葉で説明するなどということは不可能だろう
ただひとつ、言えることがあるとすれば
この真実は、決して悪いものではない、ということだけだ
最初に感じたような、恐ろしいものでは断じてない
いずれきっと、全人類が理解することになる
私が今から辿りつく答えが、なんなのかを
私はひと足先に、進ませてもらおう
時が来て、また会えるのを楽しみにしている
「これでうちの研究者で失踪したのは二人目ですか」
「ああ
捜索活動は続いているが、見つからないらしい
しかし、こんな意味のわからない文書を残すとは……」
「真実というのに辿りついて、消えてしまったんでしょうか?」
「こんなもん本気にするなって
ここ最近のあいつはおかしかった
虚ろな表情でいつもブツブツ言ってたし
研究にのめり込みすぎたんだろう
それで、精神的に自分を追い込んじまったんだ
この怪文書も、失踪もその結果さ」
「なんでそこまで追い込んでしまったんでしょうね?」
「さあな
俺としては、こんなことになる前に、自分で気づいてほしかったけどな
あいつの師匠も同じように失踪してるし…研究者ってのはどうしてこう自制が効かないかね……」
「この文書、どうします?」
「ま、適当に保管しといてくれ」
「わかりました
……あれ?
裏に何かメモが……
この文字列、なんだろう
……これは、彼の研究の一部?
あっ、この文字列の意味はたぶん、こういうことでは?
ということは、これがこうで……
……だとするとこの研究内容、もしかして……!」
夏の暑い日に風鈴の音
涼し気な凛としたこの音を聞けば、暑さが和らぐような、そんな感じがする
はずだった
猛暑は僕の想像を超えて厳しかった
風鈴の音はまさに焼け石に水
涼やかな音でごまかしきれないほどに、灼熱地獄だった
周りの建物に飾られた風鈴はなんの効果も発揮しない
なぜ僕はこんな太陽が照りつける中を歩いているのだろう
もう無理だ
どこでもいいから建物に入らなければ熱中症確定だ
たまたま目に入った店に入る
何の店かはわからないが、しばらく暑さをしのげるなら、とりあえず入って休もう
さすがに冷やかしは後ろめたいから何かしら買うつもりだ
僕が入ったのは、クーラーの効いた雑貨屋だった
様々な面白い見た目の商品が売られている
その中で、風鈴の音が聞こえた
クーラーの涼しさと、風鈴の涼しげな音とで、生き返るような気分だ
さっきは無力だった風鈴も、店の中では暑さに当てられた僕の心を癒やしてくれる
風鈴の方へ目を向けると、ガラスではなく、金属で作られたものだった
ああいう風鈴もいいな
僕は雑貨屋でしばらく休み、体の調子を整えたあと、金属の風鈴をひとつ買わせてもらうことにした
用事が済んで帰る途中でよかった
なにせ、店で休んだあとは自宅に帰るだけでいいのだから
自宅でクーラーが効いた中、さらに涼しい風鈴の音を鳴らして楽しむのもいいだろう
そう思えば、帰り道も頑張れる気がする
さあ、もうひと踏ん張りだ