自分で言うのもなんだが、私はヤバめの犯罪者だ
富豪の家から金目のものを盗んでは、黒狼参上とメッセージを残す
別に生活に困っているわけでも、悪い富豪相手に義賊をしているわけでも、そういう稼ぎ方しか知らないのでもない
趣味だ
私は趣味で盗みを行っている
これで私のヤバさがわかると思う
だが最近、盗みに飽きてきて、まともな職に就こうかと考えていた時、まずいことが起きた
私の正体が特定されようとしていたのだ
犯罪をしておいて言うことではないが、私は是が非でも捕まりたくない
人生の中で、長い期間を囚われて過ごしたくはないのだ
自分勝手かもしれないが、自分勝手でなければ趣味で盗みなどしないだろう
このままでは捕まるのも時間の問題
私はなんとかならないかと、考えた
そして閃く
昔、どこかの魔道士から盗んだ魔道書に、ちょうどいいものがあったはず
そうだ、肉体から自らの魂だけを抜き、先に構築した別の肉体に魂を入れる魔法
これだ
幸い、必要な材料は今まで盗んだもので足りる
本当に、色々なものを盗んだものだ
そして魔法だが、私自身盗みに使うために魔法の能力は鍛えていて、必要な技術は身につけている
私は肉体を捨て、心だけ、逃避行だ
まずは新たな肉体の構築をする
肉体の構築までは3日かかる
その間、眠らず常に魔法を発動し続けなければならない
かなり命がけの魔法だ
まあ、捨てる肉体だ
どんなにボロボロになっても、魂を移す前に死ななければいいだけのこと
さあ、始めよう
魔法を3日発動し続ける
それはすさまじい苦行だった
水以外の飲み食い、睡眠ができない
発動している魔法が切れてしまうからだ
さらに、魔法発動継続による疲労感が重くのしかかって来る
だが、人ひとりの肉体を魔法で作るのだ
それを考えれば軽い方だろう
人生で一番長い3日間が終わり、私は瀕死に近い状態だった
そして、最後の力を振り絞り、自らの魂を新たな肉体へ移す魔法を発動した
さらに、私が魔法を発動した痕跡を隠すための爆薬の準備も済ませてある
追い詰められた私が、アジトで自爆したと見せかけるのだ
さあ、新たな肉体へ……
新たな肉体へ無事、移ることができた私だが、私の能力で構築できる肉体は子供が限界だった
しかしそのほうが好都合かもしれない
子供ならば、身元を深く探られることもなく、どこかに身を寄せられるだろう
記憶喪失とか、適当にでっち上げよう
私は爆薬に点火し、急いでアジトを出た
これから新たな人生が始まるわけだが、今度は犯罪をしないような生活を目指す
盗みも飽きたことだし、何か楽しいことを見つけることにする
せっかく、未来ある子供に生まれ変わったわけだし
冒険者ってのはね、冒険するから冒険者なんだよ
ダンジョンと呼ばれる、普通の人が探索できない領域へ危険を承知で入っていく
そして、新たな発見をしたり、貴重な素材なんかを手に入れて人々の役に立ったり
まあ、ロマンあふれる職業だな
そう、冒険者とは、危険と引き換えにロマンを追求する、厳しくも夢のある熱い連中なんだ
そのはずなんだが……
なんか、便利屋みたいになってないか?
商人の護衛
盗賊の討伐
力仕事の手伝い
人探し
ひどい時には失せ物探し
これらは冒険者の本来の仕事ではない
確かに戦闘能力はある
危険生物との交があるからな
研究者なんかをダンジョンの奥地へ護衛しながら連れて行くこともある
当然筋力はみんな強い
何かの痕跡を探すのも得意分野だ
だが、さっき挙げた仕事は冒険者ではなく、騎士や傭兵など、その道のプロがやるべきことだ
冒険者は比較的安く済むからといって、何でもかんでも頼り過ぎだと思う
しかも、騎士もできるだけ動きたくないのか、自分たちの仕事を冒険者に積極的に回してくる
傭兵は、安い仕事は無視し、より稼げる仕事に殺到だ
力仕事も、継続して雇うより、都合よく冒険者をその都度使いたがる
で、歪んだ形で、冒険者は依頼しやすいよ、なんて噂が広まり、いちいち冒険者に依頼するなというようなものまで仕事として舞い込んでくる始末
冒険者の地位は下がる一方だ
我々冒険者は、冒険がしたいのだ
いつか、冒険者に冒険の依頼が来るその日まで、我々は冒険者としての活動をアピールし続ける
そう思っていた
時代は変わるものだ
ダンジョンが冒険者でなければ行かれないレベルで危険な地、ではなくなった
ダンジョンに生息していた危険生物
実はあれは、ボスと呼ばれる強い怪物から生み出されていたのだ
ある時、ダンジョンの奥深くにいるボスを発見した冒険者たちがいた
彼らが苦戦しながらもなんとかボスを倒すと、危険生物はそれ以降、ダンジョンから姿を消した
ボス討伐ブームの始まりである
そして、あらゆるダンジョンのボスは、冒険者たちによって狩りつくされ、危険生物は全滅
ダンジョンの危険性は自然環境だけになり、その程度だったらアクティブな研究者くらいなら充分活動できる、という状態になった
冒険者は冒険を廃業せざるを得なくなった
これを見越していた冒険者たちは、危険生物が全滅するまでの間に、新たなスキルを勉強、身につけ、のちに転職
冒険者を名乗る人間はごっそりといなくなった
皆、それぞれの新たな道を見つけたのだ
そして私は……
こんなことになるとか、一切考えていなかったので、新たな道が見つからず、今、必死こいて職探しをしている
都合よく使われていた冒険者たちは、その時の経験を活かして本業になってしまったため、数少ない私のような転職できなかった冒険者は、もはや都合良く使われることすら無く、生活は厳しい
なんでこんなことになったんだ
わかってたなら、誰か教えてくれてもいいじゃないか
私は何に向いているんだ
私はちゃんとした冒険者であり続けたいと思い、冒険以外の仕事はあまりしてこなかったんだ
あぁ、自分は都合良く使われないぞ、なんて誇りは捨てて、冒険者で食っていけてた時代に、色々な仕事を経験しておくんだった……!
あいつは俺たちの仲間で、ずっと一緒に戦ってきた
そして、仲間内では俺が一番あいつと組んで活動していただろう
そんなあいつが闇の力に取り込まれて、暴走状態になっている
闇の力から解放する方法はふたつ
ひとつは殺すこと
もうひとつは、あいつの心に呼びかけ、闇に覆われた心を表へ引っ張りだすこと
ふたつめの方は、絆や相手を思う気持ちが成功の鍵となる
まあ、この手の話によくある解決法だ
そして仲間たちはその役目を、一番付き合いの長い俺に託した
普通に考えれば当然の人選だろう
だが実は、この人選には俺にしかわからない致命的な欠陥があった
非常に言いにくいことだが、照れ隠しとかそういうのではなく、俺はあいつのことが大嫌いなのだ
独断専行するし、俺に一方的に命令してくるし、俺に諸々の尻拭いを丸投げするし
さらに向こうも俺を嫌っている
いや、嫌っているからこそ、俺を都合よく使って嫌がらせをしてくるのだ
あいつが俺を嫌いな理由?
モテるのが鼻につくんだと
くっだらね
モテてねーよ
なぜか同性よりも異性からの方がよく頼られるだけだ
それはともかく、周りは俺とあいつが名コンビだと思い込んでいる
勘弁してくれ
しかしいまさら仲悪いとも言いづらいし、やってダメなら他の仲間に任せりゃいいか
で、今俺はあいつと交戦中
あいつは苦しそうにうめきながら、紫色のオーラを出して攻撃してくる
俺は少し距離を取り呼びかける
「みんなお前のことを心配してるぞー
みんなを心配させて平気なのかー?
俺もお前のことがとても心配だー
戻ってこーい」
俺の熱い思いがあいつの心に届いて……ない
より攻撃が激しくなった
心なしかキレているような気がする
俺の本心からの言葉ではないことがバレているな
なんか、自分で棒読みだった感覚があるし
やっぱり心底嫌いなやつに心からの励ましなんてできない
俺は方針転換した
この際あいつをこれでもかというくらいバカにしてやろう
ストレス解消の場だ
「闇の力に操られるとか、ダセえ!
お前本当、いつも俺に迷惑かけて、今度は他の仲間にまで迷惑かけやがってバーカ!
お前マジでいいとこねえな!
なんのためにチーム入ったの?
よく恥ずかしくなく在籍できるよなぁ?
お前なんて俺がいなきゃなんにもできぶべっ」
思いっきり殴られた
闇の力ではなく、普通に拳で
ということは俺の悪口は届いて……る!
闇の力は消え去っているな
やはり中途半端な怒りでなく、高純度な俺への怒りを表出させることで自分の心を取り戻すことができたか
俺に感謝してこの先、敬ってほしい
とか考えていたらすねを思いっきり蹴られた
痛い
間違いなく正気だ
手間かけさせやがる
だが、仕事は大成功だ
俺たちは険悪な感じで喋りもせず、ともに帰還したあと、仲間から喜びをもって迎えられた
俺は嫌いだが、あいつは他の仲間からはけっこう慕われているのだ
仲間を悲しませたくないからこそ、俺は頑張ったのだ
けっしてあいつのためではない
だが、いつかあいつが俺に歩み寄ってくることがあれば、俺はあいつのために体を張るのもやぶさかではない
俺は悪くないので、俺からは絶対に歩み寄らないけどな
僕が仲間たちとともに、世界を危機に陥らせた敵を倒したあとに見た、あの日の景色
騎士団の人たちが歓声を上げながら迎えてくれたあの壮観な景色を、僕は忘れない
僕は自分たちが世界を救ったのだという事実に、誇らしさと、重さを同時に感じた
あの時の気持ちも、忘れることはないだろう
そしてその後、僕たちの中で中心人物だったあいつは、英雄としての腕を見込まれ騎士団長となった
魔道士の彼女は、旅の中で様々な魔法を開発した功績を称えられ、研究者として大活躍だ
最年少ながら、拳ひとつで敵を粉砕したあの子は、道場を開き、自分の腕を磨きながら弟子に技を伝えている
みんな、それぞれの新しい人生を歩んでおり、その中で僕は
ヒーラーの僕は
ある町で薬屋の店員をしている
店長じゃなくて店員だ
さらに、主な仕事は店の掃除
ヒーラーで薬の知識もあるのに、だ
……どうしてこうなったのか
あのあと、僕は歴史ある回復魔法院からスカウトされた
怪我や病気の人を魔法や薬で治療する場所だ
喜んで承り、さあ苦しむ人々の役に立つぞと思ったのだが、そこで僕は仲間以外への超人見知りが発動
まともに会話、連携ができず足を引っ張りまくりクビ
その話が色々な場所に広まり、各地の院の、こいつは雇うなというリストに名前が入ってしまった
人見知りゆえに他の職にも就けず、ようやく雇ってもらえたのがこの薬屋
会話しなくていい掃除などの雑用係
なんで僕だけこんななんだろう
僕も英雄なのに
壮観だったあの日の景色が僕を苦しめる
みんなが僕らを称えてくれて、喜んでくれて……
今となってはただの取替えのきく店員に過ぎない僕
こんなに自分が使い物にならないとは思わなかった
けれど、普通に生活はできてるし、店長もいい人だ
仲間たちがすごいからといって、僕まですごくならなければいけないわけじゃない
過去の栄光にすがったり、周りと比較するのはやめよう
そう気持ちを誤魔化して仕事をしていた
そんなある日、かつての旅で僕たちが助けた大道芸人が僕の前に現れた
彼は僕を探していたらしい
聞けば、僕が人見知りのせいで実力を発揮できていないとの噂を聞き、僕のコミュニケーション能力を高める手伝いをしに来てくれたのだという
彼は大道芸人
そういうのは大得意で、今までも弟子に会話のコツなどを教えてきたようだ
助けられた恩返しがしたいのだと、彼は語った
僕は彼に、助けてほしいと懇願した
人見知りさえ克服すれば、きっともっと明るい人生になる
あの日の景色で苦しむのではない
再び誇れる自分になれるはず
大道芸人の彼は、僕に対して熱心に教えてくれた
時折実践として、見ず知らずの人に声をかけたりもした
とても大変だったけど、確実に人見知りを克服していく感覚が現れてくる
一年経って、まだまだ人見知りではあるけど、まともに意思疎通はできるレベルにまでなった
ここからは自分の力でやっていかなければならない
この調子で頑張れば、もっと社交的になれる
そう言って彼はまた旅に出た
僕は、薬屋の店長の応援を背に、かつて僕をスカウトした回復魔法院へ行き、雇ってほしいと頼んだ
最初、院長は渋い顔をしていたが、僕と話をするうちに、前とは違うことに気づいてくれたようだ
いくつか軽い対人能力のテストをしたり、お試しで他の人たちと仕事の連携をさせてくれて、問題ないと判断したのだろう
雇ってもらえることになった
ようやく、努力が実を結んだ
せっかくチャンスを掴んだのだから、これからさらに頑張って人の役に立っていこう
僕はそう誓った
僕を英雄と呼んでくれた人たちに、また希望を届けられるように
僕は英雄だった
以前は、周囲から称えられていたのど
でも、僕の存在は忘れられてしまった
だけど、かつて旅で出会った大道芸人が、僕に再び英雄の心を蘇らせてくれた
僕にとって、彼は英雄だった
いつか、僕のこの姿を見せられる日が来るだろうか?
いや、きっと来る
その時を、楽しみに待っていよう
私の妹は不思議な子だ
色々な物語を思いついては、書いていく
その物語というのが、すごく新鮮で、よく思いつくなというものばかり
それに、まるで別の人が考えたみたいに、どれも全然違う内容、作風なのだ
それだけなら、才能があるんだな、と思って終わりだった
妹は物語を作るのが早いし、同時にいくつかの物語を並行して考えている
考える時は、集中したいのか、部屋に入ってこないでほしい、と言って閉じこもったまましばらく出てこない
不思議なのはここから
ある日、部屋から独り言が聞こえてきた
聞く気はなかったのだけど、最初の一言が気になって、つい、盗み聞きしてしまったのだ
「この次は、そうそう、このセリフだった」
考えていたセリフを忘れたのかと思ったけど、なにか違う気がした
それで魔が差して、聞き耳を立てたのだ
次に妹はこう言った
「このあとの展開は最高だったなぁ
ツツムラ ユタカ先生の本気って感じで」
誰かの作品でも読んでいるのか
でも、何か作業をしている感じがする
読みながら、作業をしている?
もしかして、妹は誰かの作品を書き直しているのでは?
そんな嫌な考えが浮かんだ
なにしろ、あれだけの物語を同時に作っているのだから
でも、仮にそうだとして、ひとつも有名でないはずはない
妹の作品は、それだけレベルの高いものだったから
私はそれなりに漫画も小説も読むけれど、妹の作品はどれも他で見聞きしたことはなかった
今言ったツツムラ ユタカ、という名前も、あとで調べたけどそれらしい人は一切出てこなかった
本当に、不思議だ
私は、妹になにか秘密があるような気がした
とはいえ、なんとなくそれを詮索するのは躊躇われた
言いたくなったら、言ってくれるかもしれないし、打ち明けることがなくても、それは別に構わない
ただ、あの子が好きなことを好きなだけできれば、それでいいと思う
そういえば、今日は七夕だ
妹の誕生日でもあるから忘れてた
いつもは七夕なんて、誕生日のおまけ程度で、特に何もしてこなかったけど、なぜか今年は願い事をしたくなった
願い事は、妹が幸せでいられますように
私は自分が書いた物語を、姉に読んでもらうのが好きだ
自分の作品を褒められたいのではなく、面白いものを誰かと共有したい、という思いからだ
私の書く物語は私の考えたものじゃない
けど、この世のどこを探しても、この作品の元となるものは見つからない
あれは七夕で、私の誕生日だった
世界はひどい有様だった
あちこちで災害や争いが起き、私の国も大変なことになって……
そんな中で私はひととき、現実逃避していた
ストレスが溜まっていたのだと思う
私の家では誕生日の陰に隠れてしまう七夕
それをちょっとやってみようと思った
笹は手に入らないから紙で作り、短冊も何枚も作った
さっき言った通り、本当にただの現実逃避だったのだ
こんなふうになったらいいな、という
私がとりあえずした願い事は……
このひどい世界が、幸せな世界に生まれ変わりますように
私の好きな作品を、次の世界でも見られますように
生まれ変わった世界でも、家族や友達と一緒にいられますように
私のやりたいことを好きなだけできますように
少し欲張り過ぎかも、と思った
でも、どうせ叶わない現実逃避だ
他にも好きに書いてやれ
そう思ったて書いていたら、短冊が輝いた
同時に、なぜか誕生日の曲が頭の中に響く
そして、気づいたら、とても平和な世界にいた
家族や友人もいたけど、私とは別の記憶を持っていた
前の世界の記憶を私だけが持った状態で、世界は生まれ変わったのだ
けど、そこに私の好きな作品たちはなく、少し落ち込んだ
ただ、作品は全て完璧に、私だけが読める形で頭の中に残っていたことに気づく
ホッとしたと同時に、私はそれを使ってやりたいことができた
私自身がその作品を書いて、みんなに広める
四つ目の願いの効果か、私はありえない速度で複数の物語を書いていった
今は姉にしか見せてないけど、そのうち、色々な人に私の好きな作品たちの面白さを伝えていければと思う
あの時、どうして私の願いは叶ったのだろう
叶ったのだから、理由を考えても仕方ないけど
もしかしたら、織姫と彦星が、誕生日プレゼントとして、短冊の願いを叶えてくれたのかな?
そういえば、私は最後にやけくそで、織姫と彦星がまたずっと一緒にいられますように、とか書いた気がする
そのおかげだったりして……