10年前、未来の自分に宛てた手紙を誰かに預け、時が来たら持ってきてほしい、と頼んだことを思い出した
預けた相手が覚えていれば、今年来るはずだ
けど、誰に預けたのかを覚えていない
同級生の誰かだったはずだが、すごく仲のいい相手ではなかったと思う
なので、今の所は手紙の行方はわからない
相手が覚えていなかったら、もう届くことはないだろう
その時はもうしょうがない
そんなに仲がいいわけではない相手に預けた私が悪いのだ
そんなことを考えていたら、見知らぬ番号から電話がかかってきた
電話を取ると、中学時代の同級生だった
卒業以来、連絡なんて取ってなかった相手だ
もしや、と私は思ったが、やはり思った通り、手紙を預けた相手だった
約束を守ってくれた上に、私の連絡先を調べてくれたようだ
覚えてくれていたのか
後日、同級生が手紙を持って私の自宅へ来てくれたので、一緒に読むこととなった
内容はベタなもので、今、何をしているかとか、幸せかとか、夢はかなったかとか、結婚したかとか、そんなことが書いてある
そしてその中で、なぜそこまで仲のよくない同級生に手紙を預けたかも書いてあった
中学時代、あまり接点のなかった同級生と、これをきっかけに友人関係を築いてみないか、面白いことになりそうだし、という内容
全然覚えていなかったが、そういうことらしい
同級生はせっかくだし、友人になってみるか?と聞いてきた
私は、そうだな、せっかくだしと返答
さっそく、都合のいい日に遊びに行くこととなった
少し話して、たまたま同じ趣味を持っていることがわかったのだ
新しく友人ができたのは、いつ以来だろう
10年前の自分に感謝したい
深夜、空が輝きを放ち、まるで昼間のように明るくなった
空の色は金色で、神々しい
さらに大きな鐘の音が聞こえる
何が起きているのだろう?
しばらくすると、厳かな空気感の中、豪奢な衣装に身を包んだ女性が降りてくる
いや、降臨したと言うべきか
ひと目で理解した
女神だ
女神が地上に降臨したのだ
「我はメウファレニエ
幸福を司る女神である
これより、そなたたちの日々の努力を称え、強大な加護を与えよう」
加護か
どんな加護をもらえるのだろう
そんなことを考えていると、女神が力を発揮したのか、鐘の音がだんだんと大きくなっていく
なんか、空の輝きも増してきたような
うーん、正直けっこううるさいし、目を細めたくなるくらいには眩しいな
そんなことを考えていると、近くの家からひとりの男性が現れた
「女神様、加護を与えてくださるのは、本当に身に余る光栄なのですが、少し言わせていただきたいことが……」
申し訳なさそうに男性が女神へ言う
それに対して女神は優しく微笑んだ
「許そう、遠慮せず申してみよ」
「では」
男性は目を閉じてスゥー、と息を吸い込むと、カッと目を見開く
「今、何時だと思ってるんですか!
深夜の2時ですよ!?
みんなが寝静まってる時間になんでわざわざ降臨してるんですか!
空は明るすぎるし、鐘はうるさいんですよ!
加護を与えてくださるのはありがたいですけど、時間を考えてくださいよ!
明日、私も妻も仕事があるんです!
そして何より、子供が起きちゃったじゃないですか!
怖がって泣いてましたよ!
どうしてくれるんですか!
今やるべきことですか!?
事前に告知して、休日の昼間とかにやってくださいよ!」
そのマシンガン並みの説教に、女神メウファレニエは涙目になって、申し訳なさそうにしている
すげえ、この人神を泣かせたぞ
空の輝きと鐘の音が収まっていく
「ええと、すまなかった
そのあたりのこと、あまり考えてなくて、みんな頑張ってるから、つい勢いで加護与えようと思っちゃって
あの、迷惑かけてごめんなさい
出直してきます
演出も控えめにやります」
女神メウファレニエはしょんぼりしながら帰っていた
うん、なんか女神が可哀想だったけど、あの人の説教の内容は至極まっとうだったな
それにしても神に説教とは、勇気ある人だな
ヤバい、寝坊した
遅刻する可能性が高い
チーズトーストを食べながら走っているけど、別に角で誰かとぶつかることを期待しているわけではないことは、先に言っておく
だいたい、私は爽快バトル系漫画一本で来ているので、その手の漫画は読んだことないし、本当にそんなお約束があるのかも知らない
それはともかく、足が疲れる
運動は苦手なんだって
体育よ滅べと毎回願うほどにはね
さらにマスクをしてるからメガネも曇る
もうマスクを外してしまおうか
いや、花粉症が怖いから無理
ってそんなことはどうでもいい
急がないと!
遅刻すると面倒なことになる!
いつも寝坊なんてしないのに、どうして!
昨日の夜だって、やたら眠かったから9時半には寝たんですけど?
あーもう、時間よ止まれ!
念じた瞬間、世界が静止した
車も人も、何もかも、その場から微動だにしない
え?え、え?えっ?
私、時間停止能力得た?
呆然としながら、立ち尽くす
「あれ?動いてる?」
後ろから声が聞こえた
振り向くと、普通に歩く人が一人
この人は、あまり話したことのないクラスメイトの男子だ
「俺の能力を発動して動ける人は初めて見たな」
どうやら、彼が時間を止めたらしい
ちょうど私が念じた瞬間に止めるとは、なんてタイミングか
じゃあ私が能力に覚醒したわけじゃないのか
「遅刻しそうだから時間止めたけど、動けるなんてびっくりだよ
せっかくだし、一緒に学校行く?」
時間が止まっててこっちがびっくりだよ
しかも軽い調子で誘ってくるし
「いいけど、色々詳しく教えてくれる?
能力のこととか」
びっくりしてるわりに、こんな落ち着いた返事をする私もおかしい気がする
「いいよ」
ああ、いいんだ
秘密にされると思ったけど
なんか奇妙な景色だな、と思いつつ、私はこの対して接点のないクラスメイトと、現実離れした世界でのんきに、時間が止まっているのをいいことにのんびり会話しながら登校するのだった
昼寝から中途半端に目覚め、寝ぼけていると、なにやらありえない音が耳に入った
君の声がする
どうやら、まだ半分夢を見ているようだ
君はもうどこにもいないというのに
いや、君なんて存在は初めからいなかったのだが
よく覚えていないが、僕は昔、ある施設の非人道的な実験の被験者だったらしい
救い出されたはいいものの、実験のせいで存在しない子が見えるようになっていた
僕はその子がいると思っていたので、一緒に遊んでいたのだが、周りにはもちろん見えない
結局、僕を心配した人たちは、僕の幻覚を治してしまったのだ
最初のうちは泣いていた僕だったが、なんとか現実を受け入れ、前を向いて今に至る
だから君がいるはずがない
それとも、吹っ切れたはずだが、僕の懐かしく思う心が、再び幻を出現させたのだろうか?
頭がはっきりしてくる
それでも君の声はやまない
ゆっくりと目を開ける
あの頃より、少し成長した君がいた
やはり幻覚が復活してしまったようだ
「おはよう」
とりあえず、挨拶をしておこう
少し、会話を楽しむのも悪くない
「久しぶりだね」
正直、嬉しい気持ちが強い
また君に会えるとは思わなかったから
この幻覚がいつまで続くかわからないけど
「私は幻じゃないよ?
三年前までは、幻だったけど」
だったらいいんだけど、現実は非情なんだよね
君は僕の幻覚上の存在だよ
「なんで、また僕の前に現れてくれたのかな?
そのあたりを教えてほしいな」
これは自分で自分に聞くようなものなので、まともな答えが返ってくるとは思えない
とはいえ、一応気になったので聞いてみた
「私もよくわかってないんだ
私がわかっていることを話すと、実験であなたの幻覚症状が始まったけど、それが実験の目的じゃなくてね
その先があったみたい」
どんな効果を期待したのだろう?
「自分が見た幻覚に強い愛着を持った人が、その存在を現実のものにする能力の獲得、だよ」
聞いた瞬間、世界がひっくり返ったような、奇妙な感覚になった
その話が本当なら、まさか君は
「本当に、存在しているのか?」
「うん、そう言ってるでしょ?」
にこやかに、軽く、重大なことを言っている
だが、疑念は拭えていない
それも含めて、僕の願望が生み出した幻覚かもしれない
だが直後の出来事で、僕の疑念は確信によってとどめを刺される
「誰だ、君は?」
僕が現在、世話になっている施設の職員の人が、幻覚を視認した
僕以外に見えるということは……
自分の顔は見えないが、僕はたぶん今、目を見開いて笑っている
「君は、現実の存在になったのか」
「うん!」
施設の人たちは、僕の説明に納得してくれて、一緒に施設に住めることになった
それにしても、現実の存在としての君に会えるとは思っていなかった
でも、僕を使って実験した人たちは、何を目指していたのだろう?
少しだけ気にはなるけど、そんなことはどうでもいいか
僕にとって大事なのは、君という友達と再会できて、また一緒に話したり、遊べるという事実なのだから
少年レイは、その時ほんの軽い気持ちだったのだ
友人と遊んでいて、テンションの上がった彼は、冗談で岩に刺さった聖剣を握った
勇者以外には抜けないので、ちょっとしたおふざけで勇者ごっこでもするつもりだったのだ
しかしレイに握られた聖剣は、あっけなく、岩に別れを告げることとなった
レイはヤバいと思い、すぐに聖剣を戻そうとしたが、友人たちが騒ぎ始める
あれよあれよと言う間に、話は広まり、王様の耳にも入った
レイは勇者として魔王と戦うことを運命づけられたのだった
期待の眼差しによりレイは断りきれず、好きでもない、むしろ邪魔とさえ思う、自分をやたらヨイショする仲間たちとの旅を強いられてしまう
魔族マリウスは日々の仕事に追われつつも、充実した毎日を送っていた
同僚や上司にも恵まれ、なんだかんだ仕事には楽しく従事できていた
ちょっとでも魔王様の役に立てれば満足だったのだ
ある日、現魔王の引退に際し、次期魔王を決める儀式が始まった
水晶が魔王としての才覚に溢れる魔族を選び、魔王に選出するのだ
マリウスはワクワクしながら儀式を見ていたのだが、水晶はなぜか実戦経験がないどころか、戦闘要員でないマリウスを選んだ
マリウスは我が目と水晶を疑った
しかし、同僚や上司はハイテンションで歓喜の雄叫びをあげ、お祭り騒ぎである
断る道などあるわけもなく、彼は新魔王となった
そして、勇者レイと魔王マリウスの決戦の時が来る
二人は緊張しまくっていた
逃げられるものなら逃げたかった
お互い相手が怖い
恐怖で震えそうだが、威厳を保たなければならないので、必死で抑える
「よくきたな、待っていたぞ勇者よ」
マリウスはとりあえず事前に考えたそれっぽい言葉を口にした
「魔王、今日こそお前を倒し、世界に平和を取り戻す!」
レイもとりあえず事前に考えたそれっぽい言葉を口にした
二人とも心にもないことを言っているが、相手にそれが伝わることはない
二人の心の声はこうだ
「誰か!僕(私)を止めてくれ!なんかいい感じに戦わなくていい方へ話を進めてくれ!」
敵対する二人の気持ちはひとつだった
だが、悲しいことにそんなことをしてくれる者はいない
そんなことは二人ともわかっている
だから二人は、自分でなんとかすることにした
「おりゃあー」
「てりゃあー」
レイとマリウスは、わざと隙をさらしつつ、すぐ防御できる安全な体勢を保って攻撃を繰り出した
お互いの攻撃は相手に当たるも、二人とも防御をしっかり決め、その上で「ぐあー!」と大げさに叫んで、ダメージを受けたように装った
「くっ、さすが魔王、なんて強さだ
ここは一度退いたほうがいいか……!」
「ぬうっ、なかなかやるではないか
その強さに免じて、ここまでにしておいてやろう」
わざとらしいことを言う二人
そして、二人は思う
「あれ、もしかして、奇跡的にダメージ受けてくれた?」
と
これなら相手が自分を追撃することもないだろう
そう安堵した二人は心の底から、ダメージを負ってくれた(実際は無傷だが)相手に対し、「ありがとう!」と、人生で一番の感謝の気持ちを送った
結局、お互いの本心に気づかぬまま、戦いはいったん幕を閉じる
だが、いずれまた戦わなければならない二人の心には、不安が残り続けるのだった
悲しき宿命を背負う彼らに、幸あれ