ストック1

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少年レイは、その時ほんの軽い気持ちだったのだ
友人と遊んでいて、テンションの上がった彼は、冗談で岩に刺さった聖剣を握った
勇者以外には抜けないので、ちょっとしたおふざけで勇者ごっこでもするつもりだったのだ
しかしレイに握られた聖剣は、あっけなく、岩に別れを告げることとなった
レイはヤバいと思い、すぐに聖剣を戻そうとしたが、友人たちが騒ぎ始める
あれよあれよと言う間に、話は広まり、王様の耳にも入った
レイは勇者として魔王と戦うことを運命づけられたのだった
期待の眼差しによりレイは断りきれず、好きでもない、むしろ邪魔とさえ思う、自分をやたらヨイショする仲間たちとの旅を強いられてしまう


魔族マリウスは日々の仕事に追われつつも、充実した毎日を送っていた
同僚や上司にも恵まれ、なんだかんだ仕事には楽しく従事できていた
ちょっとでも魔王様の役に立てれば満足だったのだ
ある日、現魔王の引退に際し、次期魔王を決める儀式が始まった
水晶が魔王としての才覚に溢れる魔族を選び、魔王に選出するのだ
マリウスはワクワクしながら儀式を見ていたのだが、水晶はなぜか実戦経験がないどころか、戦闘要員でないマリウスを選んだ
マリウスは我が目と水晶を疑った
しかし、同僚や上司はハイテンションで歓喜の雄叫びをあげ、お祭り騒ぎである
断る道などあるわけもなく、彼は新魔王となった


そして、勇者レイと魔王マリウスの決戦の時が来る
二人は緊張しまくっていた
逃げられるものなら逃げたかった
お互い相手が怖い
恐怖で震えそうだが、威厳を保たなければならないので、必死で抑える

「よくきたな、待っていたぞ勇者よ」

マリウスはとりあえず事前に考えたそれっぽい言葉を口にした

「魔王、今日こそお前を倒し、世界に平和を取り戻す!」

レイもとりあえず事前に考えたそれっぽい言葉を口にした
二人とも心にもないことを言っているが、相手にそれが伝わることはない
二人の心の声はこうだ

「誰か!僕(私)を止めてくれ!なんかいい感じに戦わなくていい方へ話を進めてくれ!」

敵対する二人の気持ちはひとつだった
だが、悲しいことにそんなことをしてくれる者はいない
そんなことは二人ともわかっている
だから二人は、自分でなんとかすることにした

「おりゃあー」
「てりゃあー」

レイとマリウスは、わざと隙をさらしつつ、すぐ防御できる安全な体勢を保って攻撃を繰り出した
お互いの攻撃は相手に当たるも、二人とも防御をしっかり決め、その上で「ぐあー!」と大げさに叫んで、ダメージを受けたように装った

「くっ、さすが魔王、なんて強さだ
ここは一度退いたほうがいいか……!」

「ぬうっ、なかなかやるではないか
その強さに免じて、ここまでにしておいてやろう」

わざとらしいことを言う二人
そして、二人は思う

「あれ、もしかして、奇跡的にダメージ受けてくれた?」


これなら相手が自分を追撃することもないだろう
そう安堵した二人は心の底から、ダメージを負ってくれた(実際は無傷だが)相手に対し、「ありがとう!」と、人生で一番の感謝の気持ちを送った
結局、お互いの本心に気づかぬまま、戦いはいったん幕を閉じる
だが、いずれまた戦わなければならない二人の心には、不安が残り続けるのだった
悲しき宿命を背負う彼らに、幸あれ

2/14/2025, 11:26:25 AM