俺は日陰の身
決して注目されることはなく、誰に称えられることもない
しかし、確かに俺の行動は誰かを助けている
それが俺の誇りだ
日陰こそが俺の居場所なのだ
人が輝くほど陰は濃くなり、俺の存在は認識されなくなるだろう
それでいい
俺は目立つことが嫌いだ
それでも誰かの役には立ちたい
そんな願望は持っているから、俺は日陰で働き続けることができるのだろう
極端な話、感謝なんてされなくても、相手の力になれたのなら、それだけで満足できる
欲が無さすぎる、などと言われたこともあるが、逆に言えば欲が浅い分幸せになるハードルは低いわけで
そこは自分の長所だと思う
俺は輝く人や、輝きたい人のために、日陰で協力をする時が一番幸せなんだ
ある日、いつものように仕事をこなしていると、高い実力を持ち、皆から頼られるが、別の道へ進むために今日でやめる人が、俺の元へ小走りで来た
何かと思って相手を見ると、その人は笑って言った
「君が人知れず頑張ってくれたおかげで、働いてる間、ずっと仕事がやりやすかったよ
こんなことを言うのは君が嫌がるかもしれないけど、君の活躍、見てる人は見てるよ
これからも陰から皆を支えてあげてくれ」
俺は動揺しながら変な声で感謝の言葉を言い、「じゃ」と手を振る彼の背中を見送った
たまには、褒められるのも悪くない、かな
これからも変わらず頑張ろうと、俺は改めて思うのだった
「帽子かぶってるとよぉ、テンション上がるんだよな」
暇だったのか、白石さんが突然そんなことを言った
「そうなんですか?」
「おう、俺は帽子が好きなんだよ」
そのわりにこの人が帽子をかぶってる姿を見たことがないな
私は白石さんの頭をチラ見しながら、帽子をかぶった姿が想像できずにいた
「俺はさ、特に野球帽をかぶるのがが好きでね、かぶってかっこつけたいわけだ
でもな、俺の普段の姿知ってるだろ?」
あー、なるほど
いつもサングラスかけて、黒いマスクをつけてるなこの人
「確かに、それで野球帽なんてかぶったら、コンビニ強盗みたいですね」
「だろ?
この姿で帽子かぶっても、かっこつくどころか警戒されるぜ
グラサンと黒マスクだけでも、場合によっては厳しいしな」
じゃあサングラスやめればいいのに
と、言いたいところだけど
「サングラスは外したくないんですよね?」
「グラサンは俺の魂を表現する重要なアイテムだからな」
意味不明だけど、まあ、こだわりがあるのだろう
あと、頑なにグラサン呼びをしたがる
「マスクだけでもやめたらどうですか?」
黒いマスクを取るだけでも、だいぶ印象が変わるような
「黒マスク取るとなあ、俺の傷つきやすいガラスのハートをさらけ出してるような気分になってな」
意味不明だけど、なにか安心感があるのだろう
あと、ガラスのハートって、嘘でしょ?
いや、マスクをしているからこそ、いつも豪快で快活なのかな?
でも、好きなもののために別の好きなものが楽しめないのは可哀想だな
「外出した時に帽子がかぶれないなら、自宅の中で楽しむのはどうですか?
鏡の前で写真撮ったりして
理想とは違うかもしれないけど、みんなに見せれば、かっこつけるっていうのも一応達成できると思いますけど」
白石さんは目を見開いた
なんか、電撃走ってそうな顔をしてる
目からウロコだったようだ
「その手があったか!
なにも外でやる必要はなかったんだよ!
その発想はなかった、ありがとう、今度試してみるよ!
よっしゃあ!」
わりと適当に言ったことだけど、喜んでもらえてなにより
後日、SNSを適当に見ていたら、見たことのあるサングラスと黒いマスクの人物が、野球帽をかぶってポーズを決めている写真が出てきた
エンジョイしてるなあ
フォローは……気まずいからやめとこ
IDとユーザー名はメモるけど
私は魔王だ
勇者と長く争っている
最初は世界を支配しようなどと息巻いていたのだが、戦い続けるのは疲れるし、命令を聞く部下は増えるが何でも分かち合える友人などはできない
そのため、最近、戦いに嫌気が差してきている
一度、偵察で勇者パーティを見に行ってみたが、大変なはずなのにとても楽しそうだった
命がけの旅とは思えないほどに
私はそれを見て羨ましさと寂しさを覚えた
なぜ私はこんな人間に嫌われるような真似を始めたのだろう
部下も全く楽しそうじゃない
むしろ、私の顔色をうかがい、ビクビクしている気がする
心を許せる友だっていない
もう戦いをやめたい
しかし戦いを終わらせるなどと言って、今まで必死に戦ってきた部下や、人々を守るため、命がけで私を討とうとしてきた勇者たち、人間たちは受け入れてくれるだろうか
私は恐怖心に押しつぶされそうになった
どうすればいいんだ
考えるだけで体が震える
ふと、勇者の顔が浮かんだ
勇気ある者、勇者か
彼も、最初は恐怖心があったはずだ
それでも、頑張って恐怖を克服し、私と戦おうとしているのだな
私は、彼ほど心を強く持てない
だが、彼の勇気には及ばないかもしれないが、小さな勇気を出し、腹を割って部下、勇者、人間たちと対話しようと思った
私の心配がくだらなく思えるほど、部下たちは喜んだ
彼らも疲弊していたのだ
心の中では戦いたくなかったのに、私が恐くて命令に従うしかなかったのだろう
そして私に対し、怒りや恨みを抱いている者がいなかったのはありがたかった
なんだかんだで、部下たちは私を慕ってくれていたようだ
次に、勇者のもとへ単身で訪れた
部下たちは心配していたが、心の内をわかってもらうには、一人で行くしかない
当然、勇者一行は最初は警戒していた
しかし、私が本音で全てを話すと、信じると言ってくれた
だが一方で、人々は私を許さないだろうと告げる
そこで勇者は、私を討ち取ったことにし、部下たちも、私が恐怖で縛り、仕方なく戦わされていたことにしようと提案してきた
我々が怒りを受けないようにと、配慮してくれたのだ
断る理由はない
私は感謝し、提案を承諾した
それから月日が経ち
私は元部下たちとともに、名も無きただの魔族の一人として、人々とともに平和へ歩むこととなった
まだ完全に人々の怒りが消えたわけではない
だが、我々が真面目に、友好的に接していけば、いつかきっと受け入れられる時が来る
私はそう信じている
先日、孫が家に来た時、
「じいじ、わぁ!おどってー」
とせがんできたのだが、「わぁ!」とはなんだろう?
とりあえず娘に聞いてみた
どうやら幼児向け番組に出てくる歌らしい
なるほど、他ならぬあの子の頼みだ
ここはひとつ、覚えて一緒に踊ろうじゃないか
仕事から帰ったあとにやっているその番組を見ながら練習を開始する
おや、意外と難しいぞ?
幼児向けだからすぐ踊れるだろうと侮っていたが、そもそも僕はこういう踊りや運動が苦手だった
ラジオ体操第一ですら、頑張って頑張ってやっとできるようになったくらいだ
後日、仕上がっていない状態で孫が来て、とりあえず一緒に踊ったのだが、
「じいじちがうよー」
と笑われてしまった
それはもういい笑顔だった
孫の笑顔は可愛いが、満足に踊れなかったことはちょっと悔しい
僕は番組を録画して、「わぁ!」の歌詞と踊りを覚えるべく、毎日何度も練習することにした
妻はその姿を静かに見守ってくれて、終わるとねぎらいの言葉をかけてくれたので、それが励みになり、続ける活力がみなぎっていく
何度も練習をした結果、ようやく仕上がり、そして万全の態勢の中、孫が来た
やはり「わぁ!」を一緒に踊ることをせがんで来る
この時を待っていた!
「じいじじょうずになったね!」
やったぞ!
孫からお褒めの言葉を頂いた!
微笑みながら「ありがとうね」と言い、頭をなでているが、内心では舞い上がっている
練習の日々が報われたのだ
そしてまたしばらくたった別の日
孫が来てこんなことを言った
「ゴシゴシおどり、おどってー!」
愛する孫のため、僕の練習の日々が再び幕を開けた
やっと、お前を特定できた
この物語は終わらせて、次へ進めなければならない
こんな終わらない物語など、認めるわけにはいかない
お前は何十回も時を巻き戻し、同じ時間を繰り返しているが、私はそれに気づいているぞ
私の記憶は絶対に失われることはないのだ
おかげで、忘れたいことも忘れられないがね
何度も時を繰り返し、自分が満足する完璧な世界を作ろうとしているようだが、不満なんてものは必ずどこかで出る
お前の理想郷など、何百、何千回、いや、何万回やり直しても、創れはしない
それに、幸福なのはいいことだが、なんの苦もない世界など、虚しいだけだぞ
人は幸と不幸を経験し、比較することでより幸せを感じられ、よりよくする努力ができるのだ
仮にお前が理想郷を創れたとしても、すぐに飽きるだろう
それに、私はお前のような能力を持った者をたくさん知っている
そして、その能力のおかげで幸せになれた者はただの一人もいない
いいか、私の一万二千年間の記憶の中で一人も、だぞ?
私は記憶が失われないのだ
死してもなお、な
つまり、転生しても能力を得た人生からの記憶は消えない
その私が言おう
もう、この物語は終わらせるべきだ
現実が苦しいのなら、私が改善する手伝いをしよう
こうして出会ったのも何かの縁だからな
お前のような者たちに協力するのも、初めてではないのだ
さあ、再演は終わりだ
物語を、未来へ向けて動かそう