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1/10/2023, 11:45:16 AM

その頃のことで覚えているのは、
毎日何かに腹を立てていたことだ。

「何だ、あの視線は、
馬鹿にしてんじゃねぇぞ」
「こんなことやらせてどういうつもりだ
許さねぇ」
「こんなことになったのは、
そもそもあいつらのせいだ。
いつか絶対…」

寝ても覚めても、怒りをぐつぐつ沸かせながら
生きていた。
何より、1番腹を立てていたのは
自分に対してだ。

わずかばかりの不満の声も挙げられず
大したことはできず、
賢くも
美しくも
強くもない。

腹を立てても喧嘩をする度胸はなかった。
この社会に不満を持っても、海外へ出るわけでもなかった。
そういう自分にうんざりしていた。
戻りたいとはあまり思わない。

もしあの頃の自分に言えることがあるとしたら、
目の前にあって
お前の頭や体で
何とか、やれていることを
続けてやるようにということだけだ。

憧れだけの夢とか
他人が憧れる美しい未来とか環境、
そういうものに騙されてはいけない。
そういうお綺麗なふわふわしたものは
経年劣化する。

幾千万もあった怒りも
嘆きも悲しみも飲み込んで
それでも現実にできる行動だけが
年月を味方にする。

今、出来ていることをやれ。

それが読書ならそれでいい
それが料理ならそれでいい。
それが落書きならそれでいい。
それが友達との会話ならそれでもいい。
それが文章を書くことならもっとやれ。
それがゲームでも、
それが恋愛でも、
ネットに向かって呟いて、
やった気になりながら、
何もやらないよりはそれをやった方がいいだろう。

口だけになるな。
頭で考えて、やった気になるな。
そんなことは、もっと後でもできる。

今できる、現実の行動をひたすらやるのがいい。

君が20才なら、
まずは、動け。

1/9/2023, 1:33:25 PM

ぱちんぱちんと音がした。
硬いものを切っている音だった。
そっと覗くと、父が座り込んで、新聞紙の上で、足の爪を切っている。
襟口が緩んだTシャツと毛玉がついた短パンに、たるんだ腹のだらしない姿が見えて、ため息が出た。

友達のお父さんたちはあんな様子ではない。
皆、若くて、細身で、ちゃんとしている。
髪も黒々としているし、皺もない。
何かといえば、送迎をしてくれようとするが、できるだけ断っていた。
正直なところ、誰にも見られたくない。特に口が軽くて噂好きの子とか、SNSに豪華な旅行を載せている子には絶対、見られたくない。

敷いている新聞紙から、切った爪が飛び、床に落ちるのが見えた。
ゾッとする。
気持ち悪い。


行ってきます、の挨拶もせずに家を出た。

帰ってきたのは夕食の時間を過ぎた頃だった。
家の鍵が空いている。
怒られるかと思ったが、家の中はがらんとしていた。
不審に思って、母に連絡をすると、繋がらない。
リビングのテーブルの上には、食事の準備がしてあった。食べ始めた様子はない。
なんとなく落ち着かず、麦茶を冷蔵庫から出してグラスに注ぎ、口をつけたが飲み切らずにシンクにおいた。

母からの着信だ。
電話をとってすぐ
「どうして家にいないわけ?…なんなのよこれ」
とつっけんどんに口火を切った。

「…あのね…お父さん、急に倒れたのよ。あんたを迎えに行こうかなと言ってたんだけどね、そのあと急にね」
声が出ない。
母は続けて喋っていたが、内容がよくわからなかった。

ただ、部屋の床に、父の爪が落ちていた。
白く濁ったような色で、
三日月のような形をしている。
朝感じたような嫌悪感は感じない。
今はただ、「三日月だ」と思った。

1/9/2023, 6:52:05 AM

あまり色のない世界に生きている気がする。
色はついているがのっぺりとしていて
すべてが少し遠い。

仕事に行くために朝起きる。
顔を洗って髭を剃り、買い置きの缶コーヒーを飲む。
しばらくクリーニングに出していないスーツに袖を通し、
くたびれた靴を履く。
コンビニの横を通って最寄駅から、
電車に乗り、
パソコンに向かって仕事をして、
社食で昼食を取る。
昼休憩に、スマホのゲームをぽちぽちやって、
また仕事に戻る。
残業があることもあるが、
それがどうとか、あまり考えない。
ともかくもやるべきと思われることをやって、
人がまばらになると
暗がりのなか、会社を出て、また電車に乗り
家に1番近いコンビニによる。

コンビニは明るい。
暗い夜道でもそこだけ眩しい。
目をまたたいて、眩しさに毎度驚く。

並んでいる商品のパッケージ、
ポスター、
白い床、
店員の制服。

これだけが、色とりどりの、世界。

1/7/2023, 10:38:19 AM

ひとひらの白いものが掌に落ちた。
手の温かさですぐに溶けてしまう。

暖かい土地で育ったので、雪を見るのはいつも楽しい。

しんしんと、雪が降る様子はなんとも不思議だ。

空の一角から、誰かが雪を撒いているように思える。

そこから、こちらを見るとどんなふうに見えるだろうか。

1/7/2023, 7:53:18 AM

いつも1人でいるような気がした。
それは多分、思い込みで、周りからはそうは思われていないというのはわかっている。
クラスで一人ぼっちというタイプではなかった。
良くも悪くも、誰とでも話すことができたし、誰のことも避けたりはしなかった。
大人と会話するのも得意だ。
テストの点も、平均点かその下を取れる。
中肉中背で、髪の色は黒で、癖毛でもない。

でも、『皆』と同じ側、『皆』の中に入れている気はしない。
それは今だってそうだ。

『皆』の側というのは、屈託なくハロウィンを楽しめる側であり、
結婚とか恋愛について、根拠なく『幸せなもの』と考えている側であり、
国際スポーツ大会を見ながらビール片手に騒ぐことになんの葛藤も覚えない側だ。

そちら側ではないという強い確信。

何度か『皆』の側に行こうとしたが、その都度、
寝込んでしまうか
吐いてしまうのだった。

いつも、1人でいるような気がする。
それは今も変わらない。
ただ、こちらを覗き込んで尻尾を振る君がいる。

君は『皆』なんて気にしない。
美味しいご飯を勢い込んで食べる。
投げたボールを追いかけて
風の匂いを嗅ぐ。
雨の音に耳を傾けつつ、昼寝をし
雪の動画を不思議そうに眺める。

今この瞬間に全力で取り組む。
1人かどうか、『皆』の側かどうかなんて頭にないだろう。

だからいい。
どうか少しでも長く、
君と一緒に。

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