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ぱちんぱちんと音がした。
硬いものを切っている音だった。
そっと覗くと、父が座り込んで、新聞紙の上で、足の爪を切っている。
襟口が緩んだTシャツと毛玉がついた短パンに、たるんだ腹のだらしない姿が見えて、ため息が出た。

友達のお父さんたちはあんな様子ではない。
皆、若くて、細身で、ちゃんとしている。
髪も黒々としているし、皺もない。
何かといえば、送迎をしてくれようとするが、できるだけ断っていた。
正直なところ、誰にも見られたくない。特に口が軽くて噂好きの子とか、SNSに豪華な旅行を載せている子には絶対、見られたくない。

敷いている新聞紙から、切った爪が飛び、床に落ちるのが見えた。
ゾッとする。
気持ち悪い。


行ってきます、の挨拶もせずに家を出た。

帰ってきたのは夕食の時間を過ぎた頃だった。
家の鍵が空いている。
怒られるかと思ったが、家の中はがらんとしていた。
不審に思って、母に連絡をすると、繋がらない。
リビングのテーブルの上には、食事の準備がしてあった。食べ始めた様子はない。
なんとなく落ち着かず、麦茶を冷蔵庫から出してグラスに注ぎ、口をつけたが飲み切らずにシンクにおいた。

母からの着信だ。
電話をとってすぐ
「どうして家にいないわけ?…なんなのよこれ」
とつっけんどんに口火を切った。

「…あのね…お父さん、急に倒れたのよ。あんたを迎えに行こうかなと言ってたんだけどね、そのあと急にね」
声が出ない。
母は続けて喋っていたが、内容がよくわからなかった。

ただ、部屋の床に、父の爪が落ちていた。
白く濁ったような色で、
三日月のような形をしている。
朝感じたような嫌悪感は感じない。
今はただ、「三日月だ」と思った。

1/9/2023, 1:33:25 PM