ただじっと見ている。
少しずつ動いていく、長い棒と短い棒と細い棒を。
あれはぐるぐる回る。
じっと見ているのは他に見て良さそうなものがないから。
この部屋には他に動くものがないから。
あれがぐるぐる動いて、今と違うところに行けば、多分このドアは開く。
そしてあの人も帰ってくる。
しばらく見ていたけど、細いのは動くけど、長いのと短いのはあんまり動かない。
少し大きい声で動くように言ってみたけど、声は出なくて、空気を噛んだ。
ここは、体を思い切りたてにすることもできない。
小さい頃は、そんなことはなかった気がする。
小さい頃は、あの人以外にも誰かがいた気がする。
もっと小さい頃は…。
やることがないので、手を舐めている。どんどん舐めていると少しは何かが動きそうな気がする。
まわりのものをつついたり、かんでみたりする。
長いのと短いのは少し動いたかなと眺めてみるけど
何が何だかわからなくなってしまった。
目を閉じてあけて、目を閉じて開けて。
何にもすることがない。
お腹も空いたし、喉も乾いた。
「あーもう、何これ…何でペットシーツボロボロにするのよ…」
「散歩もしなくていいし、大きくならないって言われて飼ったけど、どんどん大きくなるし…。はー失敗した」
1000年先も
このまま生きてる気がする。
死んでる気がしない。
土に埋もれたり、分解されてたりするとは思えない。
1000年先も恋をしている気がする。
今ある記憶を全て忘れて、いちから新しい恋、
純真無垢な恋をしている気がする。
1000年先にLINEはないだろうし
Instagramも
Twitterも
TikTokも
ないだろうから、
連絡は何でするのだろう。
1000年先のあたしは。
やっぱり
誰かと繋がろうとしてる。
「それは、何と言う花ですか?」
と聞かれることはよくある。
「〇〇という花はありますか?」と聞かれることもわりとある。
「花言葉が「私を忘れないでください」の花はありますか?」は珍しい。
子どもを保育園に送って行って、泣いている子どもを引き渡し、
ママチャリを飛ばして、
パート先のホームセンターに急ぐ。
最近、店内のDIY売り場から、園芸商品売り場に異動になった。園芸商品の半分は、外にあるので、パート仲間の間ではとても評判が悪い。
暑さ、寒さが堪えると言うわけだ。
それでも、橙子は異動になってホッとしていた。
DIY売り場は埃っぽいし、みっちりと商品が詰まった棚の向こうから誰かの噂が聞こえてくるのに飽き飽きしていたからだ。
パート勤めは、お金を稼ぐ仕事であって、学校生活みたいに馴れ合うものではないと橙子は考えていたが、そうは思わないパートの人間も結構いるのだ。誰かと仲良くしたり、詮索したり、足を引っ張ったり、そう言うことをパート先でやりたい気持ちが橙子にはわからない。
生活のためにお金をわずかでも稼ぐこと、そして家族以外の大人と少し関わること、それ以外は求めるつもりはなかった。
朝礼が終わって、園芸商品も担当している社員を探すと、春に向けての花の苗が大量入荷したので、値札を立てて並べて欲しいとのことだった。
「どう並べましょう」と尋ねると「まあ、任せるよ。球根の時みたいにやってくれたらいいよ」と軽く答える。
この社員は、うるさいことは言ってこないのでありがたい。
花の苗のポッドが入ったカゴをどう並べようかとワクワク考える。
ある程度並べたところで、開店の音楽がなった。人の入りは普通。横目で見ながら値札をつける仕事とカゴの並び替えを続行する。
そこで、最初の質問をされたのだ。
中学校の制服に身を包んだ二つくくりの髪型の女の子だった。
「花言葉…」
「はい。私を忘れないでくださいが花言葉なんです」
「花の名前はわからない?」
「ええとわかるんですけれど、読めないというか…」
とスマホをずいと突き出す。
そこには「勿忘草」と書かれている。
「ああ、わすれなぐさ…ですね」
「これ、わすれなぐさって読むんでんすね!」
心底驚いたような声が微笑ましい。
勿忘草は青い花弁に黄色い花芯の小さい花が咲く植物だ。
ちょうどさっき整理していた苗の中にあったはずだ。
「…もしかしてプレゼントですか?」
「はい。友達が遠い寮のある高校行ってしまうので。何か送りたいなと思って」
「勿忘草の花言葉には「真実の友情」っていう意味も確かあったので、ぴったりかもしれません」
顔がぱっと明るくなる。友達を大切にしているのだろう。苗の場所に案内し、軽くて壊れにくい鉢に植え替えることを提案した。彼女のお財布の中身で払える金額にどうにか収まった。家に帰ったら早速植え替えをしてみると言う。
丁寧なお礼と共に彼女はさって行った。
「私を忘れないでください」
花言葉そのままの女の子だった。
私も今日のこのことをしばらく忘れないもの。
忙しい日々での、ほんの少しの良いこと。
足裏で、思い切り地面を蹴って
後ろに引く。
すると身体がぐんと後ろに下がって、
前にある空へ飛び出しそうになる。
体をゆすって、さらに勢いをつける。
子供の頃は、もっともっと高くこいで、
1番高く上がったところから飛び降りた。
今そんなことをしたら、きっと骨折するだろう。
少し高さが出てきたところで
足を地面につけ、
速度を削いだ。
砂埃が上がるのが薄暗い中でも見えた。
日差しの元ならもっと良く見えただろう。
ブランコの椅子は昔より小さく、低い位置にあり、
お尻と脚は窮屈だ。
私は振られて、
一緒に住んでいた家から追い出されて、
ななめがけしたサコッシュに入ったスマホと財布しか
持っているものはない。
ブランコを毎日こいでたころ、こんな未来が来るなんて思わなかった。
家がないとか
好きな人にてひどい裏切りを受けるとか
そんなことがあるなんてことを知らなかった。
そういう意味で言うと、私は大人になったのかもしれない。
大人って面倒くさいなぁ。
涙は出ない。
今夜の宿が見つかるまでは。
ブランコがきいきい揺れていた。
ブランコから降りると
私は姉に電話をかけることにした。
さすがに、
恥ずかしくて、言葉にできない。
それが
「I LOVE」