『20歳』
20歳といえば、私は彼氏に振られて、新しい彼氏も出来なくて、落ち込んでた。
友達とお酒飲むのは楽しかったけど、でも泣いてばかりいたなぁ……。
そんなことを、家でお酒を飲みながら、今の彼氏と話す。今じゃ笑い話だけど、当時はすごく落ち込んでたなぁって思い出す。
話を聴いてくれてた彼がポツリと溢す。
「俺にとっては、よかったな。」
微笑みながら、グラスに口をつける。
「え、なんで?」
ちょっと酔いが回って、ふわふわした気持ちで彼の表情を見つめる。優しい眼差しで私へ視線を送った。
「だって、その時別れてくれたから、今があるんだろ?俺は嬉しいよ。」
「……」
あの時は本当に辛かったけど、私は今、報われてるんだ。
ぼうっと、彼の瞳を見つめる。
「君に会えてよかった。」
彼は笑って、グラスをカチンとぶつけた。
私はそのグラスを見つめて微笑んで、頬杖をついた。
「私も、会えてよかったよ。」
20歳の時のつらさの分だけ、今しあわせになってるのかな。
お酒の味が妙に染みて、大人になったんだなと、今更ながら実感していたりする。
『三日月』
「すごい。あの三日月、燃えてるみたい。」
見上げた空に沈みゆく三日月が、オレンジ色に暗く染まっている。
「大気圏突入してるみたいだな。」
昔見たSFアニメを思い出し、ちょっと高揚感を覚える。
「月っていろんな顔があるから、毎日一緒に生きてる気がする。」
月の満ち欠けに、生きてることを重ねる彼女の眼差しは、生き生きと輝いている。
「女性の心変わりと一緒かな。」
なんとなく口をついた言葉に、彼女は途端にムッとする。
「私は心変わりしないもん!」
子供っぽい拗ね方が可愛い。クスッと笑いを溢して、彼女の頭を撫でた。
「コロコロ変わる表情は可愛い。」
「もー!馬鹿にしてるでしょ!」
クスクス笑って、そんなことないよと取り繕う。
「光が当たる角度によって、いろんな表情が見れるのは楽しいよ。」
まだへの字口をしながら、ちょっとだけ納得したように押し黙って、
「……でも、私の気持ちは変わらないんだからね!」
俺に向き直って、じっと俺の目を見つめる。真面目なところは変わらないな。
「うん。ずっと、そうだといいな。」
あの月がたとえ燃え尽きてしまったとしても、ずっと、地球の傍に在って欲しい。
「君の満ち欠けをずっと見守っていたいよ。」
彼女はやっと満足したように、フフッと笑って、笑顔を綻ばせた。
三日月のような目をして。
『色とりどり』
「私って地味かなぁ。」
セール品目当てで寄ったショップで服を選んでいて、ふと口をつく。
ピンクもブルーもグリーンも可愛いけど、私はいつももっと落ち着いた色柄を選んでしまう。ブラウンにグレーに白と黒。主張の強い色より、控え目でくすんだ色の方が私に似合う気がしている。
結局、今日もいつもと似たような色を選んでしまった。
「決まった?」
他のお店で買い物を終えた彼が合流する。
「うん……」
決めた服を抱えて、彼に冴えない顔を向ける。
「どしたの?」
「……ピンクとか似合うと思う?」
おずおずと言う私に、彼が不思議そうな顔で答える。
「ピンクもいいと思うけど、自分の好きなの選んだらいいんじゃない?」
「うん……」
「何、迷ってるの?」
彼がきょとんとした顔を向ける。
「このピンク、服としては可愛いけど、私には似合わないと思うの。」
彼が服を手に取って、私に当てがった。
「試しに試着してみたら?」
試着室に入って、さっきのピンクの服を試着してみる。
カーテンを開けて、彼に見せてみた。
「おお。いいじゃない。」
そう言われて、私は必死に否定する。
「やっぱダメだよ。こんな派手なの私には似合わない。」
「そうかな。恥ずかしいの?」
「うん……」
自信なく私は俯く。
「じゃあさ、俺の前でだけ着て見せてよ。そういう可愛い君も見てみたい。」
「え……」
(可愛い……)
そんな言葉、久しぶりに言われた気がする。
「今度のデートで着てみて。それで嫌だったらやめよう。」
「……」
私にとってはとても突飛な色だけど、彼が気に入ってくれるならイメチェンするのも有りかなと思った。
「ホントに似合うと思う?」
胸を張って彼に見せた。
「うん、似合う。可愛いよ。」
ついじんわりと顔が綻ぶ。
そんな私を見て、彼も目を細めて笑ってくれた。
彼が褒めてくれるなら、そんな冒険もしてもいいかなと思った。
『雪』
「え、うそ。雨が雪になってる!」
少しの残業を終え、窓の外を見上げる彼女。
「傘持ってきた?」
俺が声を掛けると、彼女は笑顔で返答する。
「うん!」
「俺、折り畳みしかないや。折り畳みって後が面倒なんだよな。」
「じゃあ、傘入れてあげる。」
嬉しそうに笑う彼女は、この雪になんだか機嫌が良さそうだ。
雪といえば、明日の交通機関に影響が……とか心配してしまうが、そんなことどこ吹く風。小さな子供のようにワクワクした目をしていた。
そういう俺も、雪は嫌いじゃない。久しぶりの雪に、どことなくロマンチックな気分になる。
「もう積もってきてるね。」
「そうだなぁ。これは明日積もるぞ。これから気温下がるから、朝になったら凍ってるかもな。」
明日の心配をしてる余所で、彼女は新雪を踏んで蹴って遊んでいる。子供っぽいのはどっちだよ、と思いながら、俺も積もりゆく雪を蹴散らした。
傘からはみ出たコートの肩にも雪が乗っている。彼女の肩に腕を回して雪を払うと、彼女は俺の顔を見上げ、顔を綻ばせた。
「ありがとう。」
そう言って、俺の肩の雪も払ってくれた。
「……え?」
そんな彼女をじっと見つめる俺に問う。
「なんか、こういう雰囲気っていいよな。」
チラチラ舞う大粒の雪に視界を遮られて、まるで二人きりの世界に居るようで。
「うん、いいね。」
嬉しそうに笑う彼女を舗道の脇に誘導して、傘で隠して俺は彼女に口唇を寄せた。
目を閉じる彼女の綺麗な睫毛が印象的だった。
雪の冷たさの中で感じる温かい体温。
今感じた熱が、離れると雪のように消えてゆく。
額を寄せて微笑み合って、口唇に残る淡い微熱をほんのひととき噛み締めたのだった。
『君と一緒に』
君に初めて声を掛けた少し前。
君は体調を崩し、数日会社を欠勤した。
俺は気が気じゃなくて連絡を取りたかったけど、知ってるのは会社のメアドだけで、直接の連絡先を知らなかった。
遠回しに近しい女の子に様子を窺ってはみたけど、あまり深い情報は得られず、気になって仕事が手につかない程だった。
一人暮らしらしい彼女は、今頃一人で苦しんでいるんじゃないのか、ちゃんとご飯は食べられているんだろうかと、数日そればかり考えていて、ふと……こんな時に傍に居られる存在になりたいと、強く自覚したのだった。
彼女が出勤してきた日、それでも他愛もない会話しか出来ない自分に、もどかしさを感じていて。
(何かきっかけが欲しい。)
そう望みながらズルズルと日々は過ぎ、気付けば忘年会シーズン。
(君と一緒に美味しいご飯が食べたい。)
最初の一歩は、その揺るがぬ強い希望に動かされたのだった。
(君と一緒にすべてを感じたい。)
勇気を持てて本当によかった。
「ねぇ、今日は何食べたい?」
彼女の笑顔を今は当たり前に独占出来ている。
「君の好きなものがいいな。」
あの頃と変わらぬ気持ちで、今日も君と一緒に居られる幸せに感謝している。