『バレンタイン』
今日はいわゆるバレンタイン。
『明日、一緒にチョコ買いに行こう!』と昨日彼と約束してたので、仕事を定時で切り上げ駅前で待つ。
遅れてきた彼と合流し、早速街を練り歩いた。
「やっぱりあそこのデパ地下が良いと思うんだよね!」
と意気揚々と歩く私に彼が付き合ってくれる。
「俺にくれるっていうより、自分が食べたいんだろ?」
「まぁね~♪」
笑って私の頭を指先で小突く彼。私は笑顔全開で彼に寄り添った。
「沢山買っちゃったね~」
外へ出て、バレンタイン限定デザインの可愛いショッパーをたくさん持って、その中からひとつを選んで取り出す。
「はい。これあげるね。」
「ありがと。」
彼は受け取って箱を覗いて眺める。
「中身ちゃんと覚えてるの?」
「うん!もちろん。これが本命だから!」
と、自信満々に答える。
「こんなに沢山食べられるか?」
「うん。日持ちするから大丈夫!」
そんな彼に、はにかんだ笑顔で誘った。
「帰ったら、一緒に食べようね。」
彼は私を見つめて、フッと笑ってそっと髪を撫でた。
「帰る前に、食事行こうか。」
「うん。」
荷物を持ち替えて手を繋いで、しばらく華やぐ街をゆっくり歩いた。
『花束』
バレンタインデートをした翌日、一人で家に居たらインターホンが鳴った。
(なんだろう?)
通販した覚えはないし、来客の予定もないし、彼はいきなりは来ないだろうし。
何かの勧誘かなぁ?と訝しみながらドアを少しだけ開けると、
「お花の宅配です~」
と、明るいおばさんの声。
「お花?」
ちょっと疑問に思いながらドアの隙間から覗くと、ピンク系でまとめた可愛らしい花束を抱えた配達のおばさんが立っている。
「はい……」
と、やや驚きながらドアを開けてその花束を受け取ると、
「こちらにメッセージカードも添えてありますので。」
と、おばさんはニコニコ笑顔で付け加えると、お礼を言って颯爽と帰っていった。
見ると、カードには彼の名前が。
『バレンタインのお礼に受け取ってください。』と。
(昨日チョコあげたお返しなんだ!)
まじまじとお花を見つめて、思わずぎゅーっと抱きしめる。
「可愛い!お花のプレゼントとか嬉しい!」
つい声に出して、お花を揺らす。
「すごい!こんなこと、昨日一言も言ってなかったのに!」
こんなサプライズして貰えるとは思わなかった。
(こういうの、街中で貰ったとしても、持って帰るまでに傷んじゃったり、困っちゃうんだよね。)
だから家に送ってくれたんだ。
その気遣いにも嬉しくなる。
「嬉しい~♪」
花束を抱き抱えたまま、私は早速彼にお礼のメッセージを送ったのだった。
どこにも書けないことは、ここにも書けない。
考えてみたけど、うまく思い付かなかった。
ただ、セクシーな話とか惚気とか、二人だけの秘密っていうのはあると思う。
でもやっぱり、ここには書けないな。
『どこにも書けないこと』
『時計の針』
待っている。
返信を待っている時間。
とても長い。とてつもなく長い。
つい流れで真面目な話をしてしまって、二人にとっては大事なことだけど、急にこんな話になって、引かれるかもしれない。
そう思うと、怖くて仕方がない。
今まで傍にあったものが、簡単に壊れてしまうかもしれない。失うかもしれない。そう思うと……。
時計の針を見る。まだ10分しか経っていないじゃないか。そうすぐ返信は来ないだろう。
……何をして待とう。
とりあえず、冷蔵庫に何か食べるものを探して、気を紛らわす。時間を潰す。
『もし子供が出来たら、迷わず産んで欲しい。』
「なんか生理が遅いの。妊娠してたらどうしよう。」なんて、昼間、軽い口振りで言ってた彼女。もしそれが現実だったら。
彼女の返信が来るまで、俺はどれだけチーズ鱈を食べたのか。食べた気がしない。落ち着け、落ち着け……
彼女から返信が来た。
『いいよ。』
ごく、簡単な言葉だった。でも、とてつもなく嬉しくて、打ち震えた。
『真面目に考えてくれたんだね、ありがとう。』
彼女は、俺の言葉を真面目に受け止めてくれた。それが何より嬉しかった。
『実は私も内心、怖かったんだ。』
彼女も、本当はここまでの時間、怖さに震えていたのかもしれない。
『検査もしたよ。陰性だった。』
その言葉に、気付かぬ間に緊張していた肩から力が抜けた。
急に現実味を帯びて、あらゆる先々のことを考えたこの短い時間。覚悟を決めるにはあまりにも短すぎて、そして待っている間の長い長い時間。
とにかく、緊張感から解放されて俺はソファに深く座り込んで。はぁっと、息を吐いた。
でも、考える良い機会になった。
そして、彼女から聴けた返事も、嬉しかった。
一歩だけ、前に進めたかもしれない。
『溢れる気持ち』
先輩はけしてイケメンではないけれど、優しくて知的で頼りになって話しやすくて、とても尊敬している。
そんな彼に『大事にしたい』なんて言って貰えるなんて、もう私はどうにかなりそう。
夢なんじゃないかと何度も思った。
でも現実に、彼からスマホに通知が来る。他愛のない会話だけど、それを見るだけで飛び上がるほど嬉しくて、心踊る。
私のこの気持ちを全部ぶつけてしまいたくて、でもきっとビックリさせてしまうから、一生懸命言葉を選んで、メッセージを送る。
返信が来る度に、私はいろんな気持ちが溢れ出し、幸せいっぱいになる。
『ありがとう』なんて言葉では伝えきれないけど、いつも『ありがとう』と送る。私のスタンプは、『おつかれさま』と『ありがとう』ばかり使っていて、そのバリエーションを増やすためにスタンプを買っているようなものだ。
抑えきれないほど、心がいっぱいになってる。
彼もそんな気持ちだったらいいな。