美夜

Open App
12/31/2022, 2:54:32 PM

 『良いお年を』


 テレビなんて何でも良いからと、紅白をつけっぱなしにしながら彼が呟く。
 「いい匂い。」
 年越しそばを夕飯にするために早めに作って、二人分の蕎麦を器に盛っていると、彼が後ろからくっついてきた。
 「何?」
 チラリと横目で見て私は笑う。
 「美味しそう。」
 彼が嬉しそうに横から覗き込む。
 「天ぷらは出来合いものだけど、ここのスーパーの揚げ物、サクサクで美味しいから良いよね!」
 「うん。」
 そう言って笑顔を向ける私を、彼は微笑んだままぎゅっと抱き締めてきた。
 「え、ちょっと!」
 むふふ、と私の肩に顔を埋める。
 「どっちを先に食べようかな~。」
 楽しそうに声が歌っている。
 「ダメ、お蕎麦伸びるでしょ!」
 そんな彼の頭をポンポンと叩く。
 「わかってるって。」
 笑顔全開で体を離して、手を伸ばしてくる彼にお蕎麦の器を渡す。
 「はい。味わって食べてね。」
 「ありがとう。」
 受け取った彼は、そのままじっと私を見つめた。
 「ん?」
 「いや……なんかさ、こういうのが幸せっていうのかなぁと思って。」
 なんだか幸せそうに微笑みながら改めて言われて、私はどうにも照れてしまう。
 「……ん、そうだね。」
 ちょっと笑いながら笑顔を作る。
 「来年も再来年も、ずっと続いていくといいな。」
 「そうだね。」
 傍で笑ってくれる彼の優しさが、今では当たり前にここにある。
 (ずっと憧れてた。)
 今思えば笑っちゃうくらい、ピュアな片想いしてた。壊れるのがイヤでなかなか踏み出せなかった。
 彼が勇気を振り絞ってくれたから、今がある。
 「……ありがとう。」
 「ん?」
 私は精一杯の気持ちを笑顔に込めた。
 「来年も、良い年にしたいね。」
 「うん、いい年を迎えよう!」
 そう言って、口唇が触れた。
 「……まだ早いって。」
 伏し目がちな私に彼が額の傍で告げる。
 「フライング新年。」
 「なにそれ。」
 ぷっと二人して吹き出して笑って、お蕎麦を溢しそうになる。
 「アチッ!」
 「ほら~。」
 しょうがないなぁと笑いながら、見つめ合ってまた笑う。
 こんな風に楽しい時間が、ずっとずっと続いていくといいな。

 世の中は冷たい風が吹いているけれど、ここだけはあったかい場所であって欲しい。
 こんな時代だからこそ、今年は特に切に願う、良いお年を。

12/30/2022, 11:49:02 AM

 『一年間を振り返る』


 「去年の今頃だったね、私に声掛けてくれたの。」
 彼女と年末の買い出しにスーパーに立ち寄って、重い荷物を車に積み込み、帰路につく車中。
 「初めて飲みに誘ってくれて、嬉しかった。」
 彼女の幸せそうに微笑む横顔。俺は見惚れそうになって、慌てて前方へ向いてハンドルを握り直す。
 「あの頃は、緊張してたなぁ。断られるんじゃないかと思って。」
 思い出を懐かしむ。たった一年前のことがやけに遠い出来事のようで。
 「ねぇ、いつから私のこと気に掛けてくれてたの?」
 「え、それは……君が入社してきた頃から?」
 「え、嘘。そんな最初から?」
 「お前は新入社員の中でも一番可愛らしかったから。」
 「え、うそー。」
 「始めは目立たなくて地味な子だなと思ってたけど、控え目で真面目でいい子だなって。」
 「どうせ地味ですけどー。」
 フフッと笑いがこぼれる。
 「でも、付き合ったら全然違ってた。」
 「え、何が?」
 「意外と、積極的だなぁって……」
 「何?何が?なんか変な意味でしょー!」
 ははは、と車内が笑いに包まれる。
 「なぁ、俺のことはどう思ってた?」
 「え、んーと……もっと、大人っぽい人だと思ってた。」
 「思ってた?今は違うの?」
 「違うじゃん!全然子供っぽいじゃん!」
 「えー、俺カッコ良くない?」
 「自分で言う?」
 「お前に惚れられてるって思っただけで、俺自信ついたし。」
 「……自信過剰ー。」
 「過剰でいいじゃん。そう思わせてくれてるの、嬉しいよ。」
 「……」
 沈黙に目を遣ると、少し頬を染めて微笑む彼女の可愛らしい横顔が見てとれて。
 この一年間育んできた関係を大切に思う。

 俺はこの一年、君に救われてきたよ。

 「一年間、ありがとう。これからもよろしく。」



12/29/2022, 4:23:39 PM

 『みかん』


 食事を終えて、洗い物をして、私はダイニングテーブルでうとうとしていた。
 お風呂からあがってきた彼が、眠っている私を見て、頭に何か丸いものを乗せる。
 「……?」
 私が起きると、コロンとみかんが転がった。
 彼はベッドで寝ている。
 私は彼に近づき、額の上にみかんを乗せた。
 フフッと、目を開けずに彼が笑った。
 みかんを持ち上げて見つめる。
 「一緒に食べる?」
 「うん!」
 彼は起き上がって、私を膝の上に乗せた。
 「はい、あーん。」
 「え、あーん。」
 剥いたみかんを一房口に入れる。
 フフッと私も笑って、
 「はい、あーん。」
 彼の口元にもみかんを寄せると、パクッと食べてもぐもぐ。
 「今度は口移しかな。」
 「えー。」
 「えーって。」
 彼がみかんを一房口にくわえて、口唇を寄せる。
 私はパクッとみかんだけ食べた。
 彼は笑って、
 「今度はお前を食べたいな。」
 私に口唇を寄せる。
 「私は食べ物じゃありません!」
 言うと、彼は目を閉じたままフフッと笑った。
 「お前は甘酸っぱいな……」
 口唇を合わせる。

 甘酸っぱい味がした。

12/28/2022, 11:16:38 AM

 『冬休み』


 短い年末年始。
 束の間のお休みに、同じ職場のあの人には会えない。
 毎日、彼の顔を見るのが私のとっておきの楽しみなのに。
 「はぁ。」
 声に出して小さく溜め息をついて、作業を終えた机を片付ける。

 ふと、声を掛けられた。
 「お疲れ様。」
 振り向くと、その彼が傍に立ち、ちょっとそわそわしたように周りをキョロキョロしている。
 「お疲れ様です!もうあがりますか?」
 「あぁ、うん。その……今年もお世話になりました。」
 彼が軽く頭を下げる。
 「あぁ、はい。お世話になりました!」
 私もぺこっとお辞儀をする。
 「来年もよろしくお願いします。」
 「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します。」
 軽く会釈をし、笑顔を向ける。すると彼は、私の顔をじっと見つめて、それからスッと視線を逸らした。
 「あの、この後なんだけど……」
 「はい?」
 私が首を傾げると、彼はまたそわそわしたように視線を泳がす。
 「時間ある?」
 「え、と?」
 きょとんと聞き返す私に、ぎこちなく笑顔を作って見せた。
 「忘年会、しない?……二人で。」
 語尾が小声で聞き逃しそうになって、私は大袈裟に聞き返してしまう。
 「えぇ!?」
 彼はちょっと染めた頬を逸らして、コホンとひとつ咳払いをする。
 「……休み中、会えないからさ。」
 「……」
 同じく頬を染めた私の顔に目を止めて、彼が下を向いて微笑んだ。
 「いいかな。」
 「……はい。」

 そのまま、連れ立って歩くだけで、私はもう酔っ払ったようにふわふわした気分で。
 「年始、初詣行かない?」

 まだ直接好きと言われたわけじゃない。
 でも。
 私の冬休みが、休みではなくなってしまった。


12/27/2022, 11:30:07 AM

 『手ぶくろ』


 「……寒い。」
 私がコートの肩を身震いさせていると、隣の彼がそっと手ぶくろを片方差し出した。
 「手ぶくろ、半分こ?」
 私が笑い掛けると、彼も微笑んでもう片方の手をやさしく握ってポケットに仕舞った。
 「片方で充分だろ?」
 繋いだ手があったかい。
 手ぶくろの温もりと、彼の体温とに包まれて、私の両手がしあわせになった。
 本当は手ぶくろ持ってたけど、今日は忘れたことにする。

Next