『良いお年を』
テレビなんて何でも良いからと、紅白をつけっぱなしにしながら彼が呟く。
「いい匂い。」
年越しそばを夕飯にするために早めに作って、二人分の蕎麦を器に盛っていると、彼が後ろからくっついてきた。
「何?」
チラリと横目で見て私は笑う。
「美味しそう。」
彼が嬉しそうに横から覗き込む。
「天ぷらは出来合いものだけど、ここのスーパーの揚げ物、サクサクで美味しいから良いよね!」
「うん。」
そう言って笑顔を向ける私を、彼は微笑んだままぎゅっと抱き締めてきた。
「え、ちょっと!」
むふふ、と私の肩に顔を埋める。
「どっちを先に食べようかな~。」
楽しそうに声が歌っている。
「ダメ、お蕎麦伸びるでしょ!」
そんな彼の頭をポンポンと叩く。
「わかってるって。」
笑顔全開で体を離して、手を伸ばしてくる彼にお蕎麦の器を渡す。
「はい。味わって食べてね。」
「ありがとう。」
受け取った彼は、そのままじっと私を見つめた。
「ん?」
「いや……なんかさ、こういうのが幸せっていうのかなぁと思って。」
なんだか幸せそうに微笑みながら改めて言われて、私はどうにも照れてしまう。
「……ん、そうだね。」
ちょっと笑いながら笑顔を作る。
「来年も再来年も、ずっと続いていくといいな。」
「そうだね。」
傍で笑ってくれる彼の優しさが、今では当たり前にここにある。
(ずっと憧れてた。)
今思えば笑っちゃうくらい、ピュアな片想いしてた。壊れるのがイヤでなかなか踏み出せなかった。
彼が勇気を振り絞ってくれたから、今がある。
「……ありがとう。」
「ん?」
私は精一杯の気持ちを笑顔に込めた。
「来年も、良い年にしたいね。」
「うん、いい年を迎えよう!」
そう言って、口唇が触れた。
「……まだ早いって。」
伏し目がちな私に彼が額の傍で告げる。
「フライング新年。」
「なにそれ。」
ぷっと二人して吹き出して笑って、お蕎麦を溢しそうになる。
「アチッ!」
「ほら~。」
しょうがないなぁと笑いながら、見つめ合ってまた笑う。
こんな風に楽しい時間が、ずっとずっと続いていくといいな。
世の中は冷たい風が吹いているけれど、ここだけはあったかい場所であって欲しい。
こんな時代だからこそ、今年は特に切に願う、良いお年を。
『一年間を振り返る』
「去年の今頃だったね、私に声掛けてくれたの。」
彼女と年末の買い出しにスーパーに立ち寄って、重い荷物を車に積み込み、帰路につく車中。
「初めて飲みに誘ってくれて、嬉しかった。」
彼女の幸せそうに微笑む横顔。俺は見惚れそうになって、慌てて前方へ向いてハンドルを握り直す。
「あの頃は、緊張してたなぁ。断られるんじゃないかと思って。」
思い出を懐かしむ。たった一年前のことがやけに遠い出来事のようで。
「ねぇ、いつから私のこと気に掛けてくれてたの?」
「え、それは……君が入社してきた頃から?」
「え、嘘。そんな最初から?」
「お前は新入社員の中でも一番可愛らしかったから。」
「え、うそー。」
「始めは目立たなくて地味な子だなと思ってたけど、控え目で真面目でいい子だなって。」
「どうせ地味ですけどー。」
フフッと笑いがこぼれる。
「でも、付き合ったら全然違ってた。」
「え、何が?」
「意外と、積極的だなぁって……」
「何?何が?なんか変な意味でしょー!」
ははは、と車内が笑いに包まれる。
「なぁ、俺のことはどう思ってた?」
「え、んーと……もっと、大人っぽい人だと思ってた。」
「思ってた?今は違うの?」
「違うじゃん!全然子供っぽいじゃん!」
「えー、俺カッコ良くない?」
「自分で言う?」
「お前に惚れられてるって思っただけで、俺自信ついたし。」
「……自信過剰ー。」
「過剰でいいじゃん。そう思わせてくれてるの、嬉しいよ。」
「……」
沈黙に目を遣ると、少し頬を染めて微笑む彼女の可愛らしい横顔が見てとれて。
この一年間育んできた関係を大切に思う。
俺はこの一年、君に救われてきたよ。
「一年間、ありがとう。これからもよろしく。」
『みかん』
食事を終えて、洗い物をして、私はダイニングテーブルでうとうとしていた。
お風呂からあがってきた彼が、眠っている私を見て、頭に何か丸いものを乗せる。
「……?」
私が起きると、コロンとみかんが転がった。
彼はベッドで寝ている。
私は彼に近づき、額の上にみかんを乗せた。
フフッと、目を開けずに彼が笑った。
みかんを持ち上げて見つめる。
「一緒に食べる?」
「うん!」
彼は起き上がって、私を膝の上に乗せた。
「はい、あーん。」
「え、あーん。」
剥いたみかんを一房口に入れる。
フフッと私も笑って、
「はい、あーん。」
彼の口元にもみかんを寄せると、パクッと食べてもぐもぐ。
「今度は口移しかな。」
「えー。」
「えーって。」
彼がみかんを一房口にくわえて、口唇を寄せる。
私はパクッとみかんだけ食べた。
彼は笑って、
「今度はお前を食べたいな。」
私に口唇を寄せる。
「私は食べ物じゃありません!」
言うと、彼は目を閉じたままフフッと笑った。
「お前は甘酸っぱいな……」
口唇を合わせる。
甘酸っぱい味がした。
『冬休み』
短い年末年始。
束の間のお休みに、同じ職場のあの人には会えない。
毎日、彼の顔を見るのが私のとっておきの楽しみなのに。
「はぁ。」
声に出して小さく溜め息をついて、作業を終えた机を片付ける。
ふと、声を掛けられた。
「お疲れ様。」
振り向くと、その彼が傍に立ち、ちょっとそわそわしたように周りをキョロキョロしている。
「お疲れ様です!もうあがりますか?」
「あぁ、うん。その……今年もお世話になりました。」
彼が軽く頭を下げる。
「あぁ、はい。お世話になりました!」
私もぺこっとお辞儀をする。
「来年もよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します。」
軽く会釈をし、笑顔を向ける。すると彼は、私の顔をじっと見つめて、それからスッと視線を逸らした。
「あの、この後なんだけど……」
「はい?」
私が首を傾げると、彼はまたそわそわしたように視線を泳がす。
「時間ある?」
「え、と?」
きょとんと聞き返す私に、ぎこちなく笑顔を作って見せた。
「忘年会、しない?……二人で。」
語尾が小声で聞き逃しそうになって、私は大袈裟に聞き返してしまう。
「えぇ!?」
彼はちょっと染めた頬を逸らして、コホンとひとつ咳払いをする。
「……休み中、会えないからさ。」
「……」
同じく頬を染めた私の顔に目を止めて、彼が下を向いて微笑んだ。
「いいかな。」
「……はい。」
そのまま、連れ立って歩くだけで、私はもう酔っ払ったようにふわふわした気分で。
「年始、初詣行かない?」
まだ直接好きと言われたわけじゃない。
でも。
私の冬休みが、休みではなくなってしまった。
『手ぶくろ』
「……寒い。」
私がコートの肩を身震いさせていると、隣の彼がそっと手ぶくろを片方差し出した。
「手ぶくろ、半分こ?」
私が笑い掛けると、彼も微笑んでもう片方の手をやさしく握ってポケットに仕舞った。
「片方で充分だろ?」
繋いだ手があったかい。
手ぶくろの温もりと、彼の体温とに包まれて、私の両手がしあわせになった。
本当は手ぶくろ持ってたけど、今日は忘れたことにする。