『逆光』
ステージのライトの眩しい光に目を細めれば、ステージには彼女のシルエットが浮かび上がる。
シルエットだけだから何歳なのか、どんな人なのかはわからない。
彼女は最近人気の顔を出していない歌手。
顔なんか出さずとも彼女が出す歌は人々を魅了し、こうしてライブをすれば直ぐにどんな大きな会場だってあっという間にいっぱいにしてしまうんだ。
僕もそのうちの一人。
人生どん底、もう諦めかけてた時。彼女の優しくも芯が強い歌声に出会った。
あの時あの歌に出会わなければ僕は今何をしていただろうか。
生きてはいたかもしれないがこんなに熱中するものも無く、ただ家の中ゴミに囲まれてグダグダしてたかもしれない。
僕は彼女の歌に出会ってからすべてが変わった。
彼女のライブに行くためにバイトもしてるし、情報交換のできる友達も増えた。
人生たった一つの歌で変わるんだ。
彼女は凄い。
少なくとも一人の人生を変える力を持っている
始りはテンポの速いノリのいい歌。
キレのあるダンスをするシルエットに今日も僕は感謝を込めながら声援とペンライトを振る。
『こんな夢を見た』
空を飛んでいた。
とっても不思議な空で絵に描いたようなピンクにふわふわの曇が浮かんでる、メルヘンチックな空。
一緒にペガサスも飛んで、下を見ればチョコレートの川に綿あめで出来た色とりどりのお花達が風にゆれてる。
小鳥さん達は皆『こんにちは!』と綺麗な声で挨拶してくるし、誰もかも皆が楽しそうに笑って怒る人なんていない。
そんな世界を当たり前のように飛んでると次第に自分が何者かわからなくなって、いつの間にか綿あめのお花の蜜を食べ歩く小鳥さんになっていた。
赤、黄色、白。
甘い甘いお花の蜜。吸えば吸うほどどうでもよくなっていく世界。
お花があればいい。甘い甘い蜜を吸えるそれが生きがい。
そこで目が覚めた。
心臓は早鐘をうって、あんなメルヘンチックな場所だったのに後味はどんな悪夢よりも最悪だった。
『タイムマシーン』
ある日なんにも出来ない少年の勉強机がタイムマシーンになったように、いつか自分の机にもタイムマシーンが来ないかななんて開けてみる。
当たり前だがそんなはずなんてなくて、開いた引き出しはただ乱雑に文房具が入っているいつも通りの引き出し。
あの少年は本当に優しい少年だと思う。
近くに過去に行き放題なものがあるのに悪い事もせず未来から来たロボットと楽しそうに生活してるのだから。
もし今自分の場所にタイムマシーンが来たら、ロボットなんか無視して無理やり乗り込んで勝手に未来、過去に行く気がする。
こんな自分のところにそんな奇跡がおこるはずなんてない。
平凡に悪いことを考えるひとに来てもなんにもないだろう。
あの心やさしいなんにも出来ない少年だからこそ、手を差し伸べるほどに魅力があったんだなとなんにもない引き出しを戻しながら、ただ勉強から逃避する午後の話。
『特別な夜』
誕生日の夜だけは特別な夜だった。
俺の家は家系的に全員医者になるのが定められていて、兄の二人の出来がいまいちだとわかれば、必然的に俺も医者になって将来病院を継ぐものだと勝手に決めつけられて、勉強、勉強、勉強の毎日。
でも俺の頭は家族が期待する以上には良くなくて、結局兄よりも出来ないとわかれば期待は一気に逆転した。
期待されなくなれば何もしては貰えなくて、家政婦の人が定期的に勉強をしているか見に来るのに耐えながらただひたすらに何かを詰め込むだけ。
楽しそうにあそこに行ったんだ、あんな物を見たんだ。そう語る兄達は自慢話を毎回のように話にきて、買ったばかりのおもちゃを見せに来る以外は誰も俺には話しかけて来ないのに、話して欲しいなんて思ってた俺は必死に足掻いて頑張って結局なんにも与えられなかった。
ただ唯一誕生日の夜だけは見かねた姉がこっそりとケーキを買ってくれて「ナイショだよ!」って部屋の机の上に置いていってくれたんだ。
見つかれば姉さんだって怒られるのに、わざわざ俺のためにお金を溜めてくれて買ってくれたショートケーキは、どんなご馳走よりも美味しくて泣きながら一人でいつもこっそりと食べてた。
今でもケーキ屋のショーケースにショートケーキが並んでると泣きそうになる。
結局医者になれたものの、心がついてけなくて休むはめになってしまったけれど、あんな風に救えるものがあるならまた元に戻りたいって思うんだ。
今日は普通の日だけど、ショートケーキ買って食べよう。
ショートケーキは特別な食べ物。
あの夜確かに俺は救われたんだから
『海の底』
眼の前に青い光を見ながら、暗闇へと落ちて行く。
唯一わかるのは光が見えるほうが上だと言うだけで、体にまとわりつく水が自分の体の全てを奪ってもう指一本動かせない。
嵐の中、家臣たちにも止められていたにも関わらず航海に出たのは遠くの国で王と王妃が行方不明になったと聞いたから。
どんなに厳しく育てられたって自分の父と母。
いてもたってもいられなくて航海に出た先。船は難破し皆海へと落とされた。
このまま海の底へと沈むのだろう。
父様と母様を探せないまま、馬鹿な息子は海の中に沈んでいくんだ。
もう目も開くのが意味もない暗闇に差し掛かろうとした時。
とても綺麗な青を見た。
微かな光にキラキラと輝いてまるで泳いでるようなその青は、沈んでいく自分の周りを心配そうに回ってそして自分を包みこんだ。
このまま海の底へと連れていく化身なのだろうか。
ならばこんなに綺麗ならそれでもいいかもしれない。
無音の海の中そんな風に思えば自然と力が抜けて、意識も遠くへと向かう。
父様、母様。
馬鹿な息子でごめんなさい。
そう思って次に目を開いたのは、あの日家臣に止められた港側の浜辺。
水浸しの自分を
眩しい光の向こう心配そうに覗く少女の顔が見えた。