『雪』
空から、ちらちらと舞う雪を見ると日本の工房を思い出す。
今はあの寂しがりやなくせして、誰にも頼ろうとしない弟子が私の代わりに使っている。
日本には少し似つかわしくない見た目の建物で売っている物も人形とくれば、来るお客はだいたい私の古くからの顧客のみ。
でも私は中の窓から見る雪景色が好きだった。
異国にいながらも祖国を思い出して感傷に浸れるから。
今日本では雪が降っているだろうか。
降っていたらあの弟子はどう雪をみているだろうか。
本当は弟子なんて取るつもりは無かったのに、あの日ショーウィンドウ越しに見た彼の表情があまりにも輝いていている癖して、目だけは絶望をまとわりつかせていて思わず声をかけてしまっていた。
マナーも何もなってない彼に呆れながらも、作らせてくれという真剣な表情に絆されてついいいですよなんて返して、面倒を見て…でも。あの弟子は決して私を頼ろうとしなかった。
口が悪く噛みついて来たとしてもただのじゃれ合い。
人形制作に没頭して、没頭して。
魂を人形に移して消えたがっているのだと気づいたのはフランスに誘って5年目の冬。
怖い程の集中力に声すら届かず、恐怖を覚えた。
だから、一旦彼が生まれた日本に返すことにしたのだ。
『恋とか関係無しに愛せる人を探しなさい。
まずは日本に行き、頼れる人を探しなさい』
このままでは彼はただのショーケースに入った人形になってしまう。
私では世界を見せることができなさそうだから。
突き放す事は最良だったかはわからない。
けれど少しでも彼が変わればいい。
「あのバカ弟子の為に頑張りましょうか」
彼が変われれば、変わった先はいくらでも用意してやれる。彼の人形の作る才能は凄いのだから。
いくらでも売り手を見つけてやろう。
雪は好きだ。
またあの工房の景色がまた見れるように
自分も、弟子も変化があるように私は頑張らないといけない。
雪に付く足跡は前に前に増えていった
これはある男の手紙です。
大切な君へ。
今何をしていますか?
俺は急に消えた君を思いながら手紙をかいています。
未練がましくこんな手紙を書くなんて男らしくないけど、どうしても君に手紙を書いとかないとこの心が収まらないから、誰も読むことはないかもしれないこの手紙を書かせてください。
実は君が消えたあの日。
君の誕生日の為に旅行券を用意してたんだ。
オーロラが見たいね。なんて言っていたからオーロラを君と一緒に見に行くための旅行券。
旅行代理店で緊張しながら手続きしてたら受付のお姉さんに笑われたけど君の笑顔が見れる楽しみで、全部どうでも良かった。
帰ったらどんな顔をして君はこの旅行券を見てくれるのか気になってワクワクとしながら玄関を開けたら…君はもういなかった。
がらんとした部屋のテーブルの上一枚の紙には
『貴方といるのはつかれました。
もう会いたくない
探さないでください』
とたった三行君の文字で綴れていた。
俺の何かが限界だったのだろうか。
好きな人ができたのだろうか。
答えを聞きたくてももういない部屋で俺は泣いたんだ。
今日、君の誕生日です。
あのチケットは結局使われないまま終わったよ。
君は元気にしてますか?
元気ならもう俺の側に居なくてもいい。
どうかいつか、君がオーロラを見れますように。
君が居てくれた日々はずっと暖かく俺の中に残るから
好きになってくれてありがとう。
俺もこれから頑張ります
どうかお元気で。
情けない男より
『君と一緒に』
寒さが厳しい1月の皆は今日からお仕事だと言う今日。人形しかいない自分の工房を飛び出して、自分がはじめて作った人形と一緒に行きつけの喫茶店までの道を歩く。
今日も寒いのかと思ったけど、外は思ったよりも暖かくて、歩き慣れた道も歩き安くてとても助かる。
お客の来ない工房に居続けると時々自分が何者なのかわからなくなる時が有って虚しくて、悲しくて誰かに話しに行きたいのに周囲には頼れない。
親友は自分が好きな人と結婚した。
妹には婚約者が見つかった。
師匠には頼れる人を探して来なさいと放り出された。
本当は誰にでも頼っていいんだってわかってるのに、誰にも頼ったらいけないって勝手に決めてるのは俺の心。
自分のした選択でひどく妹を傷つけたあの日から、俺は自分の心を殺してしまってどうにもうまく出せない。
「晴れててくれて良かった。
今日こそ誰かとお話出来ればいいんですが。」
恋人が欲しいわけではない。
ただ、俺が俺らしく居てもいいって言ってくれる誰かが欲しいだけ。
そんな構って思考な俺を受け入れてくれる人をさがすのは難しい。
少しだけ寄りかからせてくれる人はいないのか…。
そんな風に考えていつもいつもフラフラしてしまう。
通りすぎて行く人が楽しそうに笑うのをどこかぼやけたような視界で眺めながら、小さくため息をつく。
「せっかく暖かいいい日なんです!
気分を明るく行きましょうか。」
肩にのせた人形の頭を撫でると、無理やり自分の気持ちを上げ空を見上げる。
こんなにいい天気なのだからきっといいこともある。
まだまだ厳しい寒さが続くかもしれないが、いつか春がくるように辛いことばかりでもないだろう。
珍しい冬晴れの中、新たな世界をひろげるため目的地に向かうのだった。
『冬晴れ』s,t
『幸せとは』
幸せとはなにかしら
誰かと恋をすること?
美味しい物を食べること?
いつも笑っていること?
自分を犠牲にして、他人を幸せにすること?
確かにどれも幸せで、ある人にとっては不幸せだわ。
幸せに答えなんて無いんじゃないかしら?
今からお話するのはそんな幸せを分けて貰ったのに、物足りなくて、探していたお客様のお話よ。
「私の才能を開花させてください!」
ある日赤い扉から入ってきたのは、ボロボロの服を着たまだ年若い女性だった。
服のボロボロ具合からみれば、そんなに裕福ではないと安易に想像できるだろう。
想像通り、あまり食べれていないのかこけ落ちた頬にギロリと覗く目をみると痛々しくて、魔女は悲しそうに眉を寄せた。
女はここが願いを叶える場所だと聞けば、身なりに合わない掌サイズのサファイアを取り出し、取り乱しながらテーブルの上に捨てるように石を転がす。
「そのサファイア、大切に持っていれば幸せになる石よ。」
心底要らなそうにサファイアを置く女に、あまり良い感じはしないものの、石をよく見てみれば誰かの強い思いが詰まっていて、石を尊重し持っていれば幸福を招く良いものなのにと思いながら問いかければ、女はバカにするように鼻を鳴らして笑った
「こんなもの有ったってなんになります。
ただの石じゃないですか。
私の国には大きな金の王子の像がありました。幸せの象徴だなんて建ってた像は金や宝石で飾られてて、そんな像の目は優しい王子からの贈り物。
大切にすればするほど幸せになるよなんて周囲は言ってましたが、そんな目を貰ったって全く効果なんてありませんでしたよ。
何が選ばれて凄い!ですか。もっと目に見えて幸せが欲しかった私は劇作家を目指しています。
あなたが魔女なんて言うなら私を劇作家として開花させてください。」
せっかく頂いた幸運を蹴り飛ばして、もっともっとと浅ましくも自分の幸せを望む女の姿に今までは悲しみの表情で見ていた魔女も、憐れみの表情を浮かべ、優しい王子が差し出した手を弾いてまで、そんなに自分の才能を開花させたいならと妖艶な笑みを浮かべ薬瓶を一つ取り出す。
「ええ。才能を開花させるくらい簡単に私は出来るわ。
これを飲んでさっき入って来た赤い扉から出れば、貴女は一躍有名人よ。
ただ、一つ貴女から感情が一つ抜け落ちてしまうわ
とても大事な感情よ。それでも飲みたいかしら?」
何かを叶えるにはそれなりの対価を払うのが世の常。
苦労しなければ手に入らない物を簡単に手に入れたいと思えば、対価が重くなるのも当然の事で。
魔女が彼女に望んだ対価は
"慈悲の心"
誰かを思いやる優しい心。
対価の説明を詳しくしようと口を開きかければ、なんでも構いませんと女は薬瓶の中身を飲み干してしまった。
「これで、私も有名人…ふふっ
出て有名人になって無かったらまた文句を言いに来ます」
どこまでも貪欲な女は飲み干した瓶もテーブルに置き満足げに笑って上機嫌で元来た赤い扉から出ていってしまった。
魔女の力は本物。
女は外に出れば劇作家として有名になっているだろう。
けれど、思いやる心無くして女はうまくやれるのだろうか。
「せっかく安泰な幸せを貴方に頂いたのに、貴方を大切にしないからこんな場所に来てしまったのね。」
もう出ていった女の事なんて気にしない魔女は、残された石を持ち、女の慈悲の心をポケットに入れると、泣いているように冷たいサファイアを撫でながら身勝手に幸せを願う2つの心に
「幸せとは難しいものね」
と小さく呟いた。
『日の出』
日が昇る。
水平線を真っ直ぐオレンジの光で包んでゆっくり、ゆっくり揺らぎながら上へと昇って行く。
御来光を見に行こう!って召集がかかったのは昨夜の23時。
皆彼女がいないから集まれたものの、うちのリーダーさんは相変わらずノリで生きてる気がする。
この前だって狭い俺んちに炬燵が有るからなんて理由で居座って結局泊まってまで行った。
「わーすげーっ!やっぱ今しか見れないの見とかないとなー!」
「はしゃぎすぎ。寒い。」
「日の出尊い。」
「いやー僕はわかるー!」
俺も、綺麗だなと、メンバー個々に日の出の感想を言う姿を一歩引いてみれば必ず見てるかー?って来るのはリーダーのあいつで、最近少しこいつはわざとチャラくしてるんじゃないかって思うときがある。
赤いハーフテールに派手な髪で雰囲気も派手なのに、人懐っこい顔でテンション高く近づいていつのまにか誰かの懐に入ってるこいつは自分じゃ何にも出来ないなんていうけれど、立派な才能だと思う。
俺は自分って表現を物語だけでしか表せない。
あんまり口も上手くないし、何よりいいよって言いすぎていつの間にか頼まれ事でいっぱいいっぱいになってる。
そんな俺が最近自分の書きたいように書けてるのは全部こいつが勘弁してくださいよーって、止めに入ってくれてるから。
「うん、みてる。せっかく見れたんだしどういう風に言葉に表そうかなって考えてた。」
多分他のメンバーも同じ事を考えてるんじゃないかな?
ほら、写真とったり、リズム口ずさんだり、すでに何かを描いてる
リーダー何にもしてませんよー!なんて配信中に言ってるのを聞くけど、俺たちメンバーはリーダーがいなければ何にも出来ないし、一番のファンでいてくれてるのも知ってる。
出来ればこのままずっと続けたいんだけど、自分をやたら隠したがるリーダーに大きな秘密がありそうで、言い出せない。
俺たちリーダー大好きだからな。そう伝えるには口下手だから、光に照らされた姿を物語にしよう。
俺たちだって親友だから、って伝えたい。
お前だって凄い奴なんだって伝えたい。
「ん?俺の顔なにかついてる!?」
ジーっと見すぎたのか、視線に気付かれてどぎまぎしてるのを横目に
「なんでもないよ」
とどんな話しにしたら気付くかなと考えながらだいぶ昇った朝日を見た。