『幸せとは』
幸せとはなにかしら
誰かと恋をすること?
美味しい物を食べること?
いつも笑っていること?
自分を犠牲にして、他人を幸せにすること?
確かにどれも幸せで、ある人にとっては不幸せだわ。
幸せに答えなんて無いんじゃないかしら?
今からお話するのはそんな幸せを分けて貰ったのに、物足りなくて、探していたお客様のお話よ。
「私の才能を開花させてください!」
ある日赤い扉から入ってきたのは、ボロボロの服を着たまだ年若い女性だった。
服のボロボロ具合からみれば、そんなに裕福ではないと安易に想像できるだろう。
想像通り、あまり食べれていないのかこけ落ちた頬にギロリと覗く目をみると痛々しくて、魔女は悲しそうに眉を寄せた。
女はここが願いを叶える場所だと聞けば、身なりに合わない掌サイズのサファイアを取り出し、取り乱しながらテーブルの上に捨てるように石を転がす。
「そのサファイア、大切に持っていれば幸せになる石よ。」
心底要らなそうにサファイアを置く女に、あまり良い感じはしないものの、石をよく見てみれば誰かの強い思いが詰まっていて、石を尊重し持っていれば幸福を招く良いものなのにと思いながら問いかければ、女はバカにするように鼻を鳴らして笑った
「こんなもの有ったってなんになります。
ただの石じゃないですか。
私の国には大きな金の王子の像がありました。幸せの象徴だなんて建ってた像は金や宝石で飾られてて、そんな像の目は優しい王子からの贈り物。
大切にすればするほど幸せになるよなんて周囲は言ってましたが、そんな目を貰ったって全く効果なんてありませんでしたよ。
何が選ばれて凄い!ですか。もっと目に見えて幸せが欲しかった私は劇作家を目指しています。
あなたが魔女なんて言うなら私を劇作家として開花させてください。」
せっかく頂いた幸運を蹴り飛ばして、もっともっとと浅ましくも自分の幸せを望む女の姿に今までは悲しみの表情で見ていた魔女も、憐れみの表情を浮かべ、優しい王子が差し出した手を弾いてまで、そんなに自分の才能を開花させたいならと妖艶な笑みを浮かべ薬瓶を一つ取り出す。
「ええ。才能を開花させるくらい簡単に私は出来るわ。
これを飲んでさっき入って来た赤い扉から出れば、貴女は一躍有名人よ。
ただ、一つ貴女から感情が一つ抜け落ちてしまうわ
とても大事な感情よ。それでも飲みたいかしら?」
何かを叶えるにはそれなりの対価を払うのが世の常。
苦労しなければ手に入らない物を簡単に手に入れたいと思えば、対価が重くなるのも当然の事で。
魔女が彼女に望んだ対価は
"慈悲の心"
誰かを思いやる優しい心。
対価の説明を詳しくしようと口を開きかければ、なんでも構いませんと女は薬瓶の中身を飲み干してしまった。
「これで、私も有名人…ふふっ
出て有名人になって無かったらまた文句を言いに来ます」
どこまでも貪欲な女は飲み干した瓶もテーブルに置き満足げに笑って上機嫌で元来た赤い扉から出ていってしまった。
魔女の力は本物。
女は外に出れば劇作家として有名になっているだろう。
けれど、思いやる心無くして女はうまくやれるのだろうか。
「せっかく安泰な幸せを貴方に頂いたのに、貴方を大切にしないからこんな場所に来てしまったのね。」
もう出ていった女の事なんて気にしない魔女は、残された石を持ち、女の慈悲の心をポケットに入れると、泣いているように冷たいサファイアを撫でながら身勝手に幸せを願う2つの心に
「幸せとは難しいものね」
と小さく呟いた。
1/4/2024, 11:08:41 AM