夜空は神さまの庭だ。
気に入ったもの、かわいそうなもの。色んなものを、夜空に浮かべて星と成す。
そんな、寓話。
星は星でしかなく、私たちの目に映るソレは、すでに命を燃やし尽くしたものだって、きっとある。それでも手の届かないものに何かを見出すのは、きっと空への憧れ。手に届かぬものは、美しいのだから。
遠いからこそ、わからないからこそ、こんなにも焦がれるのだろう。同じように、遠く、本当に遠くの誰かが地球に神聖な何かを見出したりなんかしているのかもしれない、なんて考えてみる。
たとえば、現代技術では観測できない、遥か遠くの宇宙の惑星の誰かとか。地球と何処かの星を結びつけて、まだ見ぬ不思議な物語が生み出されているのかもしれない。
そんな、もしもの話。
テーマ「星座」
特にやることもなく暇つぶしにテレビをザッピングしていると、目についたのは社交ダンスの番組だった。有名タレント達が何組かコンビを組んで、大会に出場するという趣旨のもの。
別に興味があったわけではないけれど、なんとはなしにリモコンをテーブルに戻してタレント達が舞う様を眺めた。練習なのだろう、汗で前髪を額に張り付けたジャージ姿で、クルクルと舞う姿は不思議と美しくて。照明を反射してキラキラと輝く汗すら綺麗に見えるものだから、思わず感嘆の声が洩れる。
ダンス、と名のつくものは体育祭だとか授業だとかで少ししてみた程度で、本格的なダンスは嗜んだことがない。楽しいのかなあ。楽しいだろうなあ。でも、わたしには無理だなあ。そんな風に思いながらテレビに釘付けになっていると、同居人の彼がいつの間にか傍に来ていたらしい。トントン、と軽く肩を叩かれる。
「何?」
「や、声かけても反応ないから。どうした。珍しくテレビに熱中してるね。こういうの、興味あった?」
彼の質問に、ウーン、と呻る。少しの間、思考する。興味。興味か。
「踊れるとは思わないけど。まあ……あんなふうに真剣に取り組んだら、楽しいかなあって」
「……フーン」
すると今度は彼が考え込むような素振りを見せた。かと思うと、ニコリ、と微笑んだ。
「……じゃあ、やってみる?」
「うん。……えっ?」
「ダンス。別にテレビみたいに難しいのにチャレンジする必要はないし。君がやりたいなら、俺も一緒にやるよ?」
「ええ、急になんで。それに、なんで一緒?」
「だって、テレビを見る目がキラキラしてたから。……というか、他の男と踊るつもり? 俺とにしてよ」
笑っていたのに、突然ちょっぴりムスッとした様子の彼に、申し訳ないけど今度はこちらが笑ってしまった。まだ見ぬ幻想のダンスのパートナーに妬く彼が、あまりにも可愛らしかったので。
「わたしが他に、誰と踊るっていうの? ……踊ってくれるんでしょ?」
おどけたように笑ってから、手の甲を上にして、彼に差し出してみる。びっくりしたように目を丸めた彼は、次第に顔に喜色を乗せながら、そっとわたしの手を取った。
「こういうときは、Shall we dance? って言えばいいのかな」
「ふふ、クサいよ」
今から、主役はわたしたちだ。
テーマ「踊りませんか?」
もしもまた、君に会うことができるのならば。季節限定のドリンクを片手に他愛の無い話に花を咲かせながら、「これ美味しいね、また来年も飲もう」なんて、ささやかな約束を取り付けたりなんかしたいな、と思うんだ。
ううん、それもしたいけれど。本当は、きっと。ただ、もう一度会えるだけでもいいんだ。
君はとてもとても遠いところに行ってしまったから、多分、難しいのだろうけれど。それでもきっとまた出会えるはずと信じている。
百年先だって二百年先だって、此処だろうと虹の先だろうと、構わない。君との運命を信じているから。
テーマ「巡り会えたら」
わたしは無力な人間だ。いつだってそう。自分の力では何も成し遂げられない。偶然が偶然を呼んで、事がうまく運ぶこともあったけれど。努力で手に掴んだものは、なんにも無いのだ。
だから今日もうまくいきますように、と願っている。薄味の奇跡だ。わたしの奇跡には、何も価値がない。
今日もわたしは怠惰に、奇跡を願っている。
テーマ「奇跡をもう一度」
夕暮れ時。空と地がオレンジに染まって、地平線が曖昧になってゆく様をぼんやりと眺める。昼でも夜でもない、刹那の時間。儚くも美しいこの光景を見るのが、私は好きだった。
黄昏、あるいは、逢魔が時。どちらもあまり良い意味で使われる言葉ではないけれど。太古から人々はこの時間に何某かの意味を見出したかったらしい。
そうしてたそがれていると、ぼやけた地平線からポツリと人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。明らかにそれは、私を目的とした足運びで。けれど白金とオレンジの逆光に包まれて影は黒に染まり、容姿の判別がつかない。形からして、多分、男。……彼は誰だろう? なんだか少し怖くなって身構えていると、影は口を開いたらしい。何をそんなに怖い顔をしているんだ、と馴染みのある声が耳に届く。
「……お兄ちゃん?」
「他に誰が……ああ、西日で見えなかったのか」
距離が近付いて、顔も判別する。間違いなく兄で、強張った肩から力が抜けるのを感じた。
「こんな人気のない場所でこんな時間に一人でいたら危ないだろ。人拐いにあっても知らないぞ」
呆れたような、けれど少し心配の色も含んだ兄の声。過保護だな、と今度はこちらが呆れた。
「心配しすぎだよ。まだ暗くないし。だいたい、私を拐う人なんかいないって」
「バカ。さっきオレの顔も見えてなかったくせに。オレが不審者だったらどうするんだ。……『誰そ彼』って言うしな。危ない時間帯なんだ。用心しろ。ああちなみに、誰そ彼って言うのは――」
突然始まる兄の講義に、笑ってしまった。兄妹二人、他愛の無い話をしながらゆったりと家へと足を進める。
彼は誰ぞ――魔が闊歩する、そんな時間。あまり良い意味ではないそれだけど。私にとっては、お節介お兄ちゃんが迎えに来てくれる、そんな時間。
テーマ「たそがれ」